著者
高橋 秀人
出版者
National Institute of Public Health
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.42-49, 2018-02-01 (Released:2018-04-14)
参考文献数
23

福島東京電力原子力発電所事故後,福島県民健康調査(FHMS)がスタートした.この調査は基本調査,甲状腺検査,健康診査,こころの健康度・生活習慣に関する調査,妊産婦に関する調査から構成されている.この論文では,放射線被ばくと甲状腺がんとの関連が存在するかどうかについての検討を先行検査( 1 巡目検査)の結果から簡潔にまとめる.津田らの研究は県内の地域間比較(オッズ比OR=2.6,95% 信頼区間(CI): 0.99-7.0)と日本全体の発生状況との外的比較(罹患率比(IRR) = 50,95% CI : 25-90)を示し,関連性の存在をアピールした.しかし地域間比較については大平らが 2 通りの客観的な分類として, (1) 5 mSvより高い外部線量の割合が 1 %以上である市町村からなるグループ, 1 mSvより低い外部線量の割合が99.9%以上である市町村からなるグループ,その他)と,(2) WHOにもって用いられた地域,をそれぞれ用いた.分類(1)では,外部線量の最も高い群の最も低い群に対するオッズ比OR=1.49(95% CI : 0.36-6.23)を得,これは分類(2)でも同様であった.外的比較については,高橋らが,事故がない仮定のもとで,がんの進展モデルと甲状腺検査の感度を用いて,事故がない状況であっても福島県において116人の患者を検出しうることを示した.片野田らの研究では福島県における事故後の累積罹患率の期待度数(5.2人)と観測度数(160.1人)の比30.8(95%CI: 26.2-35.9)と累積死亡数(40歳以下で0.6人) の大きな乖離から,甲状腺検診の過剰診断の可能性を示唆している.このように,今回の放射線事故に関する放射線被ばくと甲状腺がんとの関連については,はじめに関連が示唆された結果が発表されたものの,それは過剰診断の可能性により生じている可能性が指摘され,その後客観的な分類,比較可能性等を考慮した研究により,これらの関連は否定されている.しかし,県民健康調査の甲状腺検診では事故後 4 か月間の外部被ばく線量の値のみが得られており,そのため事故後 4 か月以降の外部被ばく線量や内部線量はこれらの研究では用いられていない.個人個人の総被ばく線量の推定値を用いて関連の有無を明らかにする研究がさらに必要とされている.
著者
大平 哲也 中野 裕紀 岡崎 可奈子 林 史和 弓屋 結 坂井 晃 福島県県民健康調査グループ
出版者
National Institute of Public Health
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.34-41, 2018-02-01 (Released:2018-04-14)
参考文献数
20

2011年 3 月11日,東日本大震災が発生し,それに引き続き福島第一原子力発電所の放射線事故が起こった.原子力発電所周辺の多くの住民が避難を余儀なくされ,生活習慣に変化が起こってきた.そこで,各市町村で実施している健康診査、及び福島県で実施している県民健康調査のデータを用いて、震災後の避難が循環器疾患危険因子及び生活習慣病に影響する可能性を検討した。本稿では,震災前後における健康診査結果の変化及び県民健康調査の生活習慣病に関する縦断的検討の結果を概説する.震災前後において健康診査データを比較した結果,震災後,避難区域住民においては過体重・肥満の人の割合,及び高血圧,糖尿病,脂質異常,肝機能異常,心房細動,多血症有病率の上昇がみられた.さらに,震災後 1 ~ 2 年間と 3 ~ 4 年間の健診データを比較したところ,糖尿病,脂質異常についてはさらなる増加がみられた.したがって,避難区域住民,特に実際に避難した人においては心筋梗塞や脳卒中などの循環器疾患が震災後に起こりやすくなる可能性が考えられた.また、これらの要因としては震災後の仕事状況の変化、避難による住居の変化などによる身体活動量の低下、心理的ストレスの増加などが考えられた.今後,避難者の循環器疾患を予防するために,地域行政と地域住民が協働して肥満,高血圧,糖尿病,脂質異常の予防事業に取り組む必要がある.
著者
奥井 佑
出版者
National Institute of Public Health
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.71, no.1, pp.92-105, 2022-02-28 (Released:2022-04-05)
参考文献数
38

目的:本研究では人口動態統計を用いて,2000年から2015年までの配偶状況別での死亡率の変化を分析する.方法:2000年から2015年までの 5 年ごとの人口動態統計及び国勢調査データを用いた.死亡データとして,全死因,結核,がん,糖尿病,心疾患,脳血管疾患,肺炎,肝疾患,腎不全,老衰,不慮の事故,自殺を用い,がんについては,全がん,胃がん,大腸がん,肝がん,胆のう及び肝外胆管がん,膵臓がん,肺がん,乳がんのデータを用いた.配偶状況として,有配偶,未婚,死別,離別の 4 区分について検討した.配偶状況別での年齢調整死亡率と,有配偶者に対するその他の各配偶状況の年齢調整死亡率比を死因別で算出した.結果:ほとんどの死因において,有配偶者の年齢調整死亡率は他の配偶状況よりも年や性別によらず低かった.一方で,対象期間での全死亡に関する年齢調整死亡率の減少度合いは配偶状況により異なり,未婚者で最も大きかった.他方で,離別者の年齢調整死亡率が7値について,男性では結核で最も率比の値が大きくなり,女性では老衰で最も率比が高かった.男女ともがんでは他の死因と比較して値が小さい傾向であった.結論:2000年から2015年の間において,未婚者と有配偶者の死亡率の格差は減少し,2015年時点では離別者において疾患の予防や治療が特に必要であることが示唆された.
著者
標葉 隆馬 田中 幹人
出版者
National Institute of Public Health
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.103-114, 2018-02-01 (Released:2018-04-14)
参考文献数
77

東日本大震災は直接的な人的被害のみならず,大きな社会的被害と混乱をもたらした.この東日本大震災を巡る社会的課題の一端について考察するために,本稿では日本の科学コミュニケーションが持つ構造的問題とその歴史的経緯について検討を行う.(特に再生医療分野のリスクコミュニケーションに関する)最近の研究において,科学的コンテンツは重要であるものの,それ以上に潜在的なリスク,事故の際の対応スキーム,責任の所在などへの関心事がより一般の人々の中で優先的であることが見出されている.このことは「信頼」の醸成において,責任体制も含めた事故後の対応スキームの共有が重要であることを含意している.また,コミュニケーションの実践においても利害関係や責任の所在の明示が重要であることを指摘する.同時に,東日本大震災を巡るメディア動向とその含意についても,最近までの研究成果を踏まえながら考察を加える.東日本大震災において,とりわけ全国メディアとソーシャルメディアにおいて福島第一原子力発電所事故がメディア上の関心の中心事となり,東北地方の被災地における地震・津波に関する話題が相対的に背景化したこと,一方で被災現地のメディアでは異なるメディア関心が見出されてきたことを指摘する.
著者
林 基哉 小林 健一 金 勲 開原 典子
出版者
National Institute of Public Health
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.63-72, 2020-02-01 (Released:2020-03-12)
参考文献数
6

建築物衛生法(LEHB)の制定から50年を経て,建物の衛生が再び注目されている. 1970年代には,LEHBによってシックビルディングシンドロームを予防できると考えられていたが,LEHBの基準に対する空気環境の不適合率は,この20年間増加している.最近の研究では,オフィスでのシックビルディング症候群の発生率は低くないことが示された.この不適合率の要因の 1 つは,1990年代以降の建物の省エネルギー対策のためであり,この傾向は,2017年に建物のエネルギー効率化が義務付けられたため,今後も続くと考えられている.建物衛生を考慮しつつ環境負荷を軽減するには,建築衛生の実態把握と課題の抽出が必要である.本稿では,LEHBと,日本の建物における環境衛生管理,室内空気環境,保健所による監視指導,建物衛生向上のための課題に関する最近の研究の結果を紹介する.
著者
木村 映善 上野 悟
出版者
National Institute of Public Health
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.52-62, 2020-02-01 (Released:2020-03-12)
参考文献数
48
被引用文献数
1

日本は保険の種類にかかわらず単一の公定価格を設定した診療報酬点数表にもとづき,診療報酬を決定する制度を採用し,早くから病名や医薬品に関するマスターを策定してきた.世界に先駆けて導入された診療報酬請求に特化したレセコンの成功は,一方で皮肉にもパーソナルコンピュータ時代にあわせた医療情報システム,電子カルテへの移行を妨げた要因とも見做しうる.ネットワーク技術が普及し,部門システムの接続が増えると相互運用性が課題となった.1980年代に米国でHL7協会が設立された時に,我が国では一般社団法人 保健医療福祉情報システム工業会の前身である日本保健医療情報システム工業会,そして日本HL7協会が設立され,我が国における医療情報システムと標準規格の開発を牽引してきた.2001年の保健医療情報分野の情報化にむけてのグランドデザインを契機として我が国における電子カルテ普及と医療情報標準規格の開発の推進がなされた.2007年に一般社団法人医療情報標準化推進協議会(HELICS)が設立された.HELICSは厚生労働省標準規格として認定すべき標準規格を検討し医療情報標準化指針として採択している.HL 7 2.x,HL7 CDA,IHEのプロファイル,DICOM等国際標準規格を取り入れ,日本の事情にあわせた実装ガイドラインが多数公開されている.また,世界的にも注目されている我が国特有の取り組みとして特定健康診査・特定保健指導があり,HL7 CDAを用いたデータ交換規約が発表されている.独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)は医薬品などの健康被害救済,承認審査,安全対策を担当する規制当局として,CDISC標準を中心とした標準医療情報規格を利用したデータ収集に取り組んでいる.現状ではHL 2.xやCDAを中心とした標準規格が発表されたばかりであるため,当面はこれらの規格と我が国独自の統制用語集を用いたシステム運用が続く.FHIRに関する議論は緒に就いたばかりであり,これまでの標準規格で考慮されていないアプリケーションへの適応や,従来の相互運用性確保に関する資産をFHIRに如何に継承するかの議論がなされることが予想される.