著者
中嶋 彩乃 古屋 正貴
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会(日本)講演会要旨 平成30年度 宝石学会(日本)講演論文要旨
巻号頁・発行日
pp.19, 2018 (Released:2018-06-24)
参考文献数
1

様々な変色性を示すガーネットがあり、それらの分光特性と化学組成の分析を行った。1998 年にマダガスカル南部の Bekely から発見されたガーネットは、変種としてはパイロープ-スペサルティン・ガーネット(マラヤ)に分類され、 D65 光源下で帯緑青色~青緑を示し、 A 光源下では赤色になる。その色は含有される V3+によるものである。右図の 1)は Bekely 産の青緑色(D65)と赤色(A)を示すもので 1.3%(以下すべて蛍光 X 線分析による酸化物としての重量比)の V を含み、 Cr を 0.16%しか含まないものである。一方、 2)はスリランカ産の紫色(D65)と赤色(A)と弱い変色性を示すもので、ガーネットの固溶体比率はほぼ同じだが、 V を 0.10%とほとんど含まず、 Cr を 0.53%と多く含むものである。ともに 570nm 付近をピークとする吸収を持つために変色性が起こり、 1)の方が青~緑色域の透過が多く、赤色域の透過が少ないために色が違っている。3)は南アフリカやスリランカなどを代表的な産地とする帯緑褐色(D65)と赤色(A)を示すもので 1)のタイプと同じく、 0.3%の少ない V3+によって 570nm に弱い吸収のあり、それによって弱い変色性を示す。ガーネットの変種は、同じくパイロープ-スペサルティン・ガーネットであり、 V の含有量が少ないために緑色域の吸収も弱く、 D65 では褐色になっている。また、 460,483nm の Mn2+による吸収も見られる。4)はタンザニアやケニア Umba 渓谷などから産出するロードライト・ガーネットで、アメリカ、ヨーロッパなどでピーチカラー(黄桃)と呼ばれる褐色(D65)からピンク (A)に変わる極めて弱い変色性を示すものである。これらは V を 0.2%以下とほとんど含まないが、 Fe2+による 570nm を始め 506、 526、 696nm の吸収が見られる。しかし、 Mn2+による青色域の吸収も弱く、青色域の透過が多いため、 570~506nm 付近が吸収の谷となり、わずかな変色性が見られるものである。これらはすべて 570nm 付近の吸収が透過の谷となり、変色性の原因となっている。また、 Bekely タイプの中には V を多く含むことで吸収帯が広がり、 5)のように紫~青色域のみが透過するスペクトルになり、 D65 光源では帯緑青色を示すものもあり、これらは以前にはないとされていた青色のガーネットとなる。
著者
中嶋 彩乃 古屋 正貴
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会(日本)講演会要旨 2022年度 宝石学会(日本)講演論文要旨
巻号頁・発行日
pp.13, 2022 (Released:2022-07-08)
参考文献数
2

昨年の宝石学会でミャンマー産のピンク・ジェダイトの着色原因について調査を行った。以前のミャンマー産だけでなく、国石でもある日本産でもピンクのジェダイトはないかと考えた。しかし、市場で糸魚川産のピンク・ジェダイト(ひすい)として販売されているものも見られたが、実際それらは翡翠ではなく着色された処理石を除くと、チューライトかクリノチューライトであり、ジェダイトは見られなかった。文献ではこれらのピンク色の石について、ピンクのゾイサイトであるチューライトとしているものもあれば、ピンクのクリノゾイサイトであるクリノチューライトと記載されているものも見られた。そこで、市場で販売されている糸魚川近郊から産出したとされるピンク色の石を5石ほどラマン分光や FT-IR の検査を行ったところ、1石はチューライトで、4石はクリノチューライトであった。FT-IR では反射のスペクトルを計測すると、ゾイサイトとクリノゾイサイトはかなり近いスペクトルだが、 1046cm-1の付近のピークに違いがあり、今回のチューライト、クリノチューライトでも同様に違いが確認された。また、直方晶系のゾイサイトと単斜晶系のクリノゾイサイトは、結晶系の違いによる分類であるが、 G. Funz(1992)によると、それはAl3+と置換した Fe3+が多くなると、クリノゾイサイトになると説明されていた。今回のサンプルは少ないながらも、蛍光 X 線による成分分析で Fe2O3 がチューライトのものでは1.17wt%であるのに対して、クリノチューライトのものは 1.88~2.51wt%と違いが見られた。糸魚川近郊を産地とするピンクの翡翠は見つけられなかったが、天然の鉱物としてはチューライトやクリノチューライトが見られ、それらがピンクの翡翠と勘違いされていることが確認された。
著者
中嶋 彩乃 古屋 正貴
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会(日本)講演会要旨 2021年度 宝石学会(日本)講演論文要旨
巻号頁・発行日
pp.57, 2021 (Released:2021-08-07)
参考文献数
1

ラベンダー・ジェダイトについてはPinkish Lavenderと表現されるものも報告されているが(Lu, 2012)、主たる色がピンクの天然のジェダイトについての報告は少ない。天然のピンク・ジェダイトと思われるものを検査する機会を得たので、その宝石学的特徴やマンガンによる色について報告したい。10年ほど前にミャンマー産という、上記の写真のような円盤状のルース(現地名:壁)3点、カボションカット6点のピンク・ジェダイトを入手することが出来た。ピンクのジェダイトには有色樹脂によって着色されたものも多く流通し、当該石についても同様の処理が疑われた。しかし、着色の特徴となるような、色素の色溜まりや鮮やかなオレンジの蛍光はなく、蛍光もラベンダー・ジェダイトで見られる微かなオレンジものもだけだった。また、FT-IRの透過検査でもジェダイトの着色にしばしば用いられる樹脂による吸収は見られず、ワックスの吸収があるか、それすら見られないものであった。紫外可視分光スペクトルでも、着色による500~550nmの強い吸収は見られず、 540nm前後をピークとする弱い吸収が見られたのみだった。ラベンダー・ジェダイトでは同様のピークが 570nm付近がピークであり、ピーク波長は異なるが、似たような吸収が確認された。ピンク・ジェダイトといっても白い脈の部分もあり、白色部分とピンク部分の微量元素を比較したところ、蛍光 X線成分分析では主だった差は確認されなかった。しかし、 ICP-MSでさらに微量な成分を調べると、ピンク部分からは 20~40ppmの Mnが検出されたが、白色部分では 5ppm以下であった。その他にもラベンダー・ジェダイトとの比較では Feが少ない傾向が見られた。このため、ピンク色は微量なMnによるものでかつ Feが少ないことによるものと考えられた。
著者
中嶋 彩乃 古屋 正貴
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会誌 (ISSN:03855090)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.51, 2018

<p>2016 年7月に開催された中国国内最大の中国人バイヤー向け石の博覧会「中国昆明泛亜石博覧会」に招待され出展し、雲南省昆明近郊から産出する宝石・鉱物及び石材に触れる機会を得た。雲南省ではルビー・サファイア・エメラルドをはじめとし、多数の宝石や鉱物が産出されており、大理石等の石材も数多く産出されている。</p><p>会場では日本ではあまりなじみのない中国産の宝石・鉱物・石材が多数出展され、その中に石林彩玉や黄龍玉と呼ばれていた宝石があった。石林彩玉は産地を訪れる機会も得られ、調査を行った。</p><p>石林彩玉と呼ばれる宝石は、中国雲南省昆明市石林県イ族自治県から産出する赤、橙、黄色、暗緑色で不透明のアゲートである。特徴的なのはその名前の通り、色鮮やかなスポットが複雑に入り組んだ外観をしていることである。(図1)その天然の模様を活かしたカットが施され、流通している。その色の原因となっているのはニッケル、コバルト、クロム、マンガン、銅、鉄などの微量元素で、赤色や黄色が強い部位では鉄が微量元素として検出され、また、暗緑色の部位ではクロムが検出され、それらが色の原因となっていることが考えられる。</p><p>黄龍玉と呼ばれる宝石も、めのうであるがこちらは半透明黄色のカルセドニーである。雲南省保山市龍陵県小黒山を代表的な産地とするこの宝石は、石林彩玉のようなカラフルなものとは違い、黄色の濃淡の模様がたまに見られるだけである。こちらは彫刻に用いられたり、半透明の風合いや模様を生かしてカットされる(図 2)。微量元素としては鉄が検出されるのみでそれが黄色の原因となっていることが推測される。</p><p>黄龍玉は黄色を貴ぶ中国の玉文化の中で、現在翡翠に次ぐ石とされ、黄龍玉専門のオークションも開催され、多数のコレクターを有する。</p><p>また石林彩玉は、雲南省が積極的なプロモーションを行っており、全国で展開されている。</p><p>そのため、これらについて知識を持っておくことも必要と考えられる。</p>
著者
中嶋 彩乃
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会誌 (ISSN:03855090)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1-4, pp.3-12, 2018 (Released:2018-06-10)
参考文献数
11

Yunnan province is a great gemstone locality in China. Among the 140 species of minerals which were found there, 4 major gemstones of Emerald from Malipo, Southern red agate from Longyang district of Baoshan, Yellow agate of “Huang Long Yu” from Longling province of Baoshan and Colorful agate of “Shi Lin Cai Yu” from Shilin are introduced here. These gemstones are often cut as cabochon and also used for carving. As the local gemstones, they are promoted well in China.
著者
中嶋 彩乃 古屋 正貴
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会(日本)講演会要旨
巻号頁・発行日
vol.37, 2015

近年、ファセットカットされたビーズがジュエリーのチェーンの代わりに使われ始めているが、それに伴い新しい問題も起きている。下の写真のブラックスピネルのビーズでは、ペンダントのバチカンに当たる部分が摩耗されて他の部分に比べて明らかに輝きが弱くなっている。このような地金とビーズの摩耗の特徴と対策を調べるため、各種摩耗に関する実験を行った。<br> 実験にはブラックダイアモンド、ブラックスピネル、ブラックカルセドニーのビーズを用意した。1)まず、地金側の傷を調べるため、Pt900(割金Pd10%)、K18金(割金Ag15%, Cu10%)、K18ホワイトゴールド(割金Ag11%, Pd8%,Cu4%,Zn2%)および銀(SV925, 割金Cu7.5%)の板と擦り合わせた。続いて石側の傷を調べるため、2)金、および銀で出来た半円形の棒と擦り合わせを行った。3)また共擦りを調べるためビーズの連を平行に束ねた状態と編み込んだ状態で擦り合わせを行った。同じ条件下で比較するため、電動サンダー(毎分13000回転)を用い、機械の自重(約1kg)で決まった時間擦り合わせた。<br> 1)の地金の板との擦り合わせ実験では、地金側にダイアモンド>スピネルの順に深い傷がつき、カルセドニーではほぼ傷はつかなかった。地金はSV925≒Pt900 >K18ホワイト>K18の順に傷がついた。石側はカルセドニーを含め、あまり傷は生じなかった。<br> 2)の地金の棒との擦り合わせ実験では、金、銀ともにダイアモンドには目立った傷が見られず、ブラックスピネルではエッジの摩耗が見られ、カルセドニーではわずかな面傷が見られた。硬度の高いものは傷はつきにくいのだが、スピネルは地金より硬度は高いにもかかわらず、当たり傷としてエッジの摩耗が生じたためと解釈される。また、エッジの摩耗は硬度の低いカルセドニーでは目立たなかったが、これは使用したサンプルが元よりあまりエッジを立てないカットが行われていたため、目立たなかったものと考えられる。<br> 3)の共擦りを調べる実験では編み込んだものでスピネルは激しいエッジの摩耗、面傷が見られ、カルセドニーでは面傷が見られ、ダイアモンドではあまり傷は目立たなかった。また、平行にしたものではどれも比較的傷は少なかった。これも先のものと同じ理由と考えられるが、スピネルの摩耗が特に激しかった。<br> これらの対策としては、地金とビーズがあまり当たらないデザインにすること、ビーズ同士に力がかからないデザインにすること、エッジをあまり立てないカットを用いることなどが考えられる。<br>謝辞:株式会社八紘商会(地金試料提供)
著者
中嶋 彩乃 古屋 正貴
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会(日本)講演会要旨 2019年度 宝石学会(日本)講演論文要旨
巻号頁・発行日
pp.11, 2019 (Released:2019-07-03)
参考文献数
3

2018 年の宝石学会(日本)でカラーチェンジ・ガーネットについて考察した中で、マダガスカル Bekily から産出するパイロープ-スペサルティン・ガーネットには、バナジウムを多く含有することで、ガーネットには存在しないとされた青色を、D65 光源下では示すものを紹介した。それはまさにアーサー・コナン・ドイルの小説 「The adventure of the blue carbuncle」 で描かれた青いカーバンクルを連想させるものだった。しかし、その内容や時代背景を考えるとドイルのブルー・カーバンクルは、青いカーバンクル(ガーネット)というよりブルー・ダイアモンドとして有名なホープ・ダイアモンドがそのモデルとなっていると考えられ、検証を行った。ドイルが描いたブルー・カーバンクルにはガーネットより、ホープ・ダイアモンドとの多くの共通点が見られる。第一に、青いカーバンクル(ガーネット)は、当時存在を知られていなかったこと。第二に、その宝石についてホープ・ダイアモンドと共通する記述が多くあること。第三に、その小説が発表された 1892 年以前に、ホープ・ダイアモンドはドイルの住むイギリスで所有されており、人々の注目を浴びるものであったことである。第一の、青いガーネットの存在が知られていなかったことは、Bekily のカラーチェンジ・ガーネットの発見が 1999 年のことであり、他のカラーチェンジ・ガーネットについて報告されたのも 1970 年代以降のことであることから、当時は青いガーネットは認識されていなかったことがわかる。(K. Schmetzer 1999)第二のホープ・ダイアモンドとの共通点については、結晶した炭素であること(”crystallized charcoal”)、ガラスをパテのようにカットすること(”It cuts into glass as though it were putty”)、ブリリアンシーのあるシンチレーションが強い青い石であること(”brilliantly scintillating blue stone”)などの記述が当てはまることなどである。第三の時代背景については、この小説が発表されたのは 1892 年であるが、それ以前のホープ・ダイアモンドについて調べると、1851 年のロンドン万国博覧会で公開されており、広く人々の注目を集めている。そして 1887 年には Henry Thomas Hope 氏の孫の Francis Hope 氏が相続することが裁判で決定される中、相続問題と裁判が数多く報道された。そのため、執筆時のドイルの目に触れたことは容易に想像できる。このような観点から、ドイルが小説の中で描いたブルー・カーバンクルは、ホープ・ダイアモンドがモチーフになったと考える。
著者
中嶋 彩乃 古屋 正貴
出版者
宝石学会(日本)
雑誌
宝石学会(日本)講演会要旨
巻号頁・発行日
vol.36, 2014

ルビーとレッドスピネルを現在の一般的評価で比較すると,ルビーはいわゆる貴石に含まれ,スピネルは半貴石に含まれるなど,評価はルビーの方が高いと言えよう.<br>しかし,歴史を振り返ると多くの人々を魅了してきたロイヤルジュエリーに使用されてきた宝石が,実はルビーではなくレッドスピネルであったことが,後に判明したことが何度もあった.後にスピネルと判明したロイヤルジュエリーとしては,Imperial State Crownの黒太子のルビー,エカチェリーナ2世の王冠のレッドスピネル,チムールルビーなどが挙げられる.これらはスピネルと分かるまでルビーとして人々のあこがれを集めてきた.<br>一方,ルビーでは,196.10ctsのHixon Rubyや,The Rosser Reeves Star Ruby 138.7cts など100ctを超えるような原石やスタールビーも知られているが,これらはルースや原石自体として博物館に所蔵・展示されているものであり,王室など著名人のジュエリーとしては使われてはいない.<br>ロイヤルジュエリーとして人々の目に触れてきたものとはしては,10~15ctsと推測されるStuart Coronation ringのルビーや,ナポレオンの妹ポリーヌ・ボナパルトのためにつくられたパリュールに使われた数ctsの複数のルビーからなるBorghese Ruby等があり,どれも素晴らしいものであるが,ルビーの大きさも限られており,レッドスピネルのように一つの石が大きく,一石がジュエリーに強いインパクトを与えられるものではなかった.<br>このようなことから,ロイヤルジュエリーに用いられてきた有名なルビーと言われてきたものの中には,レッドスピネルだったものがあり,それらがルビーとして人々の羨望を受け,人々のあこがれを喚起されてきた.ロイヤルジュエリーにおいて,ルビーとして活躍したスピネルの役割は大きいと言えるだろう.<br>謝辞)<br>アルビオンアート株式会社<br>Dr. Jack Ogden