- 著者
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中村 隆之
- 出版者
- 鹿児島国際大学
- 雑誌
- 鹿児島経済論集 (ISSN:13460226)
- 巻号頁・発行日
- vol.48, no.1, pp.99-123, 2008-03
アメリカの教育財政制度は,財政民主主義の象徴である。自分の属する身近な自治体が,どれだけの税を課し,何を提供するかを自らの手で決定する。価値あるサービスを求めるならば,その分だけ税を負担しなければならない。従って地域の多様なニーズについて,身近で切実な議論が必須である。地方自治,なかでも学校区の教育自治は,民主主義の実践の場であると言われてきた。現在ではその理念型から離れ,各学校区の財政的な独立性は失われつつあるとはいえ,それは自治の精神と伝統を持っている。アメリカの隣国カナダにおいても,小学校から高校までの教育において学校区単位の自治が行われている。カナダでは,教育は各州の管轄である。州の中にいくつもの学校区があり,それぞれに教育委員会(School Board)が設けられ,その理事(trustee)は選挙によって選ばれる。学校区の中にいくつかの学校があり,各学校に保護者・生徒・教員・地域代表などによって構成される学校協議会(school council)が設けられている。カナダの教育自治はこの三層構造によって成り立っている。1980年代以降,カナダにおいて,教育自治のあり方は大きく変化してきた。学校区単位の独立性は薄れ,財政的な権限が上位レベル(=州)に集中する一方で,学校運営に関する決定がより下位のレベル(=学校協議会)に分権化されるようになった。上位から下位に向かって財政的な付与がある一方で,下位は上位に対してアカウンタビリティ(行動の成果を目にみえる形で示す責任)が求められるようになった。この集権化と分権化の両方向を含んだ変化は,1980年代から,程度と進度の差はあれ,西欧先進各国に共通で見られる新自由主義(ネオ・リベラリズム)的改革の特徴であると,一応は整理できる。だが,カナダにおける近年の一連の教育制度改革は,効率性・平等・民主主義という難しい三つの課題に挑戦した複雑な歴史であり,それ自体考察に値するものである。カナダの教育制度は各州で異なるため,カナダ一般を論ずることはできない。そこで,最大の州であるオンタリオ州を取り上げることにする。オンタリオ州は,カナダ全体の人口4割弱である1200万人を擁し,人種,民族,宗教の違い,所得格差,地域格差などあらゆる平等にかかわる問題が存在する。また,度重なる政権交代があり,制度が大きく揺れ動いた。このような観点から,オンタリオ州は,制度の変遷を辿る意味で格好の材料を提供するのである。以下,第一に,オンタリオ州の教育行政および教育財政の現状について,制度と財政の数値データを示すことで概略を説明する。第二に,オンタリオ州の教育財政制度の歴史を振り返る。教育財政制度の歴史はオンタリオ州の政権交代の歴史と密接にかかわっているため,それも必要な限りあわせて説明する。とりわけ重要なのは1995年から2003年までの進歩保守党政権の政策と,その後,現在まで政権にある自由党政権の政策である。最後に,オンタリオ州の経験が,今後の財政民主主義と財政調達制度について示唆することを述べる。