著者
鈴木 晃志郎 于 燕楠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2019, 2019

<b>研究目的</b><br><br> 本発表は,地理学が得意とする空間的可視化の手法を用いて,富山県内の心霊スポットの分布が現代と100年前とでどう異なるかを空間解析し,その違いをもたらす要因について考察することを目的とする.本発表はエミックに扱われがちな事象をエティックに捉える試みであり,民俗学を中心に行われてきた妖怪変化の分類学を志向するものでもなければ,超常現象そのものの有無を論ずるオカルティズム的な関心も有しない.<br> 超常現象が何であるにせよ,それらが超常現象となり得るには,人目に触れ認知されなければならない.ゆえに超常現象は高度に文化的であり,その舞台として共有される心霊スポットは,組織化され商業化された一般的な娯楽からは逸脱した非日常体験を提供する「疎外された娯楽(Alienated leisure)」(McCannell 1976: 57)の1つとして社会の文化的機能のなかに組み込まれているとみなしうる.その機能に対して社会が与える価値づけや役割期待の反映として心霊スポットの布置を捉え,その時代変化を通じて霊的なものに対する社会の側の変容を観察することは,文化地理学的にも意義があると考えられる.<br><br><b>研究方法・分析対象</b><br><br> 2015年,桂書房から復刻された『越中怪談紀行』は,高岡新報社が1914(大正3)年に連載した「越中怪談」に,関係記事を加えたものである.県内の主要な怪談が新聞社によって連載記事として集められている上,復刻の際に桂書房の編集部によって当時の絵地図や旧版地形図を用いた位置情報の調査が加えられている.情報伝達手段の限られていた当時,恐らく最も網羅的な心霊スポットの情報源として,代表性があるものと判断した.この中から,位置情報の特定が困難なものを除いた49地点をジオリファレンスしてGISに取り込み,100年前グループとした.比較対象として,2018年12月にインターネット上で富山県の心霊スポットに関する記述を可能な限り収集し,個人的記述に過ぎないもの(社会で共有されているとは判断できないもの)を除いた57の心霊スポットを現代グループとした.次にGIS上でデュアル・カーネル密度推定(検索半径10km,出力セルサイズ300m)による解析を行い,二者の相対的な分布傾向の差異を可視化した.このほか,民俗学的な知見に基づきながら,それらの地点に出現する霊的事象(幽霊,妖怪など)をタイプ分けし,霊的事象と観察者の側とのコミュニケーションについても,相互作用の有無を分類した.<br><br><b>結 果</b><br><br> 心霊スポットの密度分布の差分を検討したところ,最も顕著な違いとして現れたのは,市街地からの心霊スポットの撤退であった.同様に,大正時代は多様であった霊的事象も,ほぼ幽霊(人間と同じ外形のもの)に画一化され,それら霊的事象との相互作用も減少していることが分かった.霊的なものの果たしていた機能が他に代替され,都市的生活の中から捨象されていった結果と考えられる.<br><br><b>文 献</b>:<br>MacCannell, D. 1976. <i>The Tourist: A new theory of the leisure class</i>. New York: Schocken Books.
著者
鈴木 晃志郎 于 燕楠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.55-73, 2020 (Released:2020-02-22)
参考文献数
134
被引用文献数
3

今日の地理学において,幽霊や妖怪を含む怪異は,専ら民俗学的な手法に依拠して検討されている.しかし隣接分野では,定量的な手法に基づいた知見が数多く存在し,客観性と厳密性を確保することによって学術的信頼性を高める試みが多くなされている.そこで本研究は富山県を対象とし,今からおよそ100年前(大正時代)の地元紙に連載された怪異譚と,ウェブ上に書き込まれた現代の怪異に関するうわさを内容分析し,(1) 怪異を類型化して出現頻度の有意差検定を行うとともに,(2) カーネル推定(検索半径8 km,出力セルサイズ300 m)とラスタ演算による差分の算出により,怪異の出没地点の時代変化を解析した.その結果,現代の怪異は大正時代に比して種類が画一化され,可視性が失われ,生活圏から離れた山間部に退いていることが示された.
著者
鈴木 晃志郎 于 燕楠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2019年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.35, 2019 (Released:2019-03-30)

研究目的 本発表は,地理学が得意とする空間的可視化の手法を用いて,富山県内の心霊スポットの分布が現代と100年前とでどう異なるかを空間解析し,その違いをもたらす要因について考察することを目的とする.本発表はエミックに扱われがちな事象をエティックに捉える試みであり,民俗学を中心に行われてきた妖怪変化の分類学を志向するものでもなければ,超常現象そのものの有無を論ずるオカルティズム的な関心も有しない. 超常現象が何であるにせよ,それらが超常現象となり得るには,人目に触れ認知されなければならない.ゆえに超常現象は高度に文化的であり,その舞台として共有される心霊スポットは,組織化され商業化された一般的な娯楽からは逸脱した非日常体験を提供する「疎外された娯楽(Alienated leisure)」(McCannell 1976: 57)の1つとして社会の文化的機能のなかに組み込まれているとみなしうる.その機能に対して社会が与える価値づけや役割期待の反映として心霊スポットの布置を捉え,その時代変化を通じて霊的なものに対する社会の側の変容を観察することは,文化地理学的にも意義があると考えられる.研究方法・分析対象 2015年,桂書房から復刻された『越中怪談紀行』は,高岡新報社が1914(大正3)年に連載した「越中怪談」に,関係記事を加えたものである.県内の主要な怪談が新聞社によって連載記事として集められている上,復刻の際に桂書房の編集部によって当時の絵地図や旧版地形図を用いた位置情報の調査が加えられている.情報伝達手段の限られていた当時,恐らく最も網羅的な心霊スポットの情報源として,代表性があるものと判断した.この中から,位置情報の特定が困難なものを除いた49地点をジオリファレンスしてGISに取り込み,100年前グループとした.比較対象として,2018年12月にインターネット上で富山県の心霊スポットに関する記述を可能な限り収集し,個人的記述に過ぎないもの(社会で共有されているとは判断できないもの)を除いた57の心霊スポットを現代グループとした.次にGIS上でデュアル・カーネル密度推定(検索半径10km,出力セルサイズ300m)による解析を行い,二者の相対的な分布傾向の差異を可視化した.このほか,民俗学的な知見に基づきながら,それらの地点に出現する霊的事象(幽霊,妖怪など)をタイプ分けし,霊的事象と観察者の側とのコミュニケーションについても,相互作用の有無を分類した.結 果 心霊スポットの密度分布の差分を検討したところ,最も顕著な違いとして現れたのは,市街地からの心霊スポットの撤退であった.同様に,大正時代は多様であった霊的事象も,ほぼ幽霊(人間と同じ外形のもの)に画一化され,それら霊的事象との相互作用も減少していることが分かった.霊的なものの果たしていた機能が他に代替され,都市的生活の中から捨象されていった結果と考えられる.文 献:MacCannell, D. 1976. The Tourist: A new theory of the leisure class. New York: Schocken Books.
著者
鈴木 晃志郎 于 燕楠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.55-73, 2020
被引用文献数
3

<p>今日の地理学において,幽霊や妖怪を含む怪異は,専ら民俗学的な手法に依拠して検討されている.しかし隣接分野では,定量的な手法に基づいた知見が数多く存在し,客観性と厳密性を確保することによって学術的信頼性を高める試みが多くなされている.そこで本研究は富山県を対象とし,今からおよそ100年前(大正時代)の地元紙に連載された怪異譚と,ウェブ上に書き込まれた現代の怪異に関するうわさを内容分析し,(1) 怪異を類型化して出現頻度の有意差検定を行うとともに,(2) カーネル推定(検索半径8 km,出力セルサイズ300 m)とラスタ演算による差分の算出により,怪異の出没地点の時代変化を解析した.その結果,現代の怪異は大正時代に比して種類が画一化され,可視性が失われ,生活圏から離れた山間部に退いていることが示された.</p>
著者
鈴木 晃志郎 伊藤 修一 于 燕楠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.31, 2020 (Released:2020-03-30)

研究目的 異なる2種の点分布間の空間的関係を分析する方法である最近隣空間的随伴尺度(以下NSM)は,地理学では商業集積の分析などに用いられ,多くの成果を挙げてきた(Lee 1979, 石﨑1998).NSMは異なる2つの点分布傾向の随伴性を示す指標であり,ランダム分布である1を挟んで値が大きいほど2者は互いに避け合うように分布し,0に近いほど異なる2種の点同士が近接していることを示す.従って,2種の点分布でさえあれば,使用データが小売店舗などの位置情報である必要はないはずである. 超常現象が何であるにせよ,それらが超常現象となり得るには,何処かで何者かに認知されなければならない.ゆえに,共有された心霊スポットの布置は,社会が超常現象の舞台に与えた価値づけや役割期待の反映と目しうる.本発表はNSMを用いて,心霊スポットの空間分布特性をその他施設の分布傾向から検討することを試み,そこから怪異に投影された社会的役割を捉えることを企図している.主たる関心は,見えない怪異を地理学的・定量的に可視化することに注がれ,超常現象や心霊スポットそのものへのオカルティズム的関心は有しない.研究方法・分析対象 インターネット最大の心霊スポット紹介サイト「全国心霊マップ」から2019年11月入手した心霊スポットの全国住所データ1690件をサンプルとし,国土数値情報の公共施設データを別途用意してQGISで座標値を取得, NSMにより二者の随伴性を検討した.結果 結果を以下の表に示す.紙幅の都合から詳細は述べないが,仮説と反し公共施設のほぼ何れとも異なる独自の分布傾向を示すことが分かった.更に分析を進め,口頭発表では追加データやGIS による解析結果を示す予定である.文献:石﨑研二 1998. 店舗特性・立地特性からみた世田谷区におけるコンビニエンス・ストアの立地分析. 総合都市研究65: 45-67.Lee, Y. 1979. A nearest neighbor spatial-association measure for the analysis of firm interdependence. Environment and Planning A 11: 169-176.
著者
于 燕楠 伊藤 修一 鈴木 晃志郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2022年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.136, 2022 (Released:2022-03-28)

研究目的 超常現象が何であるにせよ,それらが超常現象となり得るには,人目に触れ認知されなければならない.ゆえに,その舞台として共有される心霊スポットの布置には,社会の価値観や役割期待が反映されうる.本発表は,基盤地図情報としてオープンデータ化されている各種公共施設や森林地帯のデータと心霊スポットの位置情報を手掛かりに,心霊スポットがどのような地物と近似の分布傾向を示すかの検討を通じて,分布傾向上の特質を解明する企図をもつ.エミックに扱われがちな事象をエティックに捉える試みであり,妖怪変化の分類学を志向するものでもなければ,超常現象の有無を論ずるオカルティズム的関心も有しない.研究方法・分析対象 周知のとおり,空間解析は商圏分析に代表されるXY軸上のデータの分析と,流域解析に代表されるZ軸の分析からなる.本発表ではこれを,①最近隣空間的隣随伴尺度による空間分布パターンの随伴性の分析(X,Y軸),②森林地帯ポリゴンを用いた被包含率の分析(X,Y軸),③DEMを援用した標高値および傾斜角の解析(Z軸)に読み替えることで,心霊スポットの分布特性を三次元的に検証する.データは,2021年時点で入手可能な最新の国土数値情報の各種公共施設と,森林地帯ポリゴン,「全国心霊マップ」から抽出した心霊スポットの点データである.分析対象には,その総面積(83,450 km²)がチェコ(78,865 km²)やオーストリア(83,871 km²)に比肩し,かつ広域自治体とその地理的領域がいずれも隣接する他の都道府県からの影響を受けない北海道を選定した.結 果 Z検定の結果,病院,最終処分場, 精神病院が心霊スポットとの有意な随伴傾向を示す一方,小学校,公民館, ダム, 浄水場, 役所, 配水池, 僻地保健福祉館, 火葬場が有意な離反傾向を示した.この傾向は、我々が先に公表した日本全国の分析結果と概ね矛盾しない(鈴木ほか2020). しかしながら,水平軸上では離反傾向にある浄水場,火葬場,配水池は,垂直軸(高度や傾斜角)上では心霊スポットと有意差が検出されず,分布傾向の近似性が示された.同様に,森林地帯ポリゴンを用いて,各施設の立地地点が森林地帯に含まれる割合を求めたところ,10%以上の値を示した施設はダム(25.3%),心霊スポット(33.3%),火葬場(37.8%),配水池(43.8%),浄水場(53.4%)の5種類のみであり,ここでも心霊スポットとの近似性が示された(全施設平均とのχ2検定結果はいずれも有意差あり). 心霊スポットは他の公共施設と異なる独自の分布傾向を示す(鈴木ほか2020).この独自性は,水平軸で病院や精神病院,最終処分場に近く,かつ垂直軸で有意差のない浄水場や配水池,火葬場に近似する高度や傾斜,あるいは森林への被包含率をもつ場所が心霊スポットの好発地になりうることを示した本発表の知見によって解釈可能である. 分析はなお継続中であり,当日はオープンデータを用いたさらなる分析結果を議論に供する予定である.文 献鈴木晃志郎・伊藤修一・于 燕楠 2020. 心霊スポットは何と空間的に随伴するのか. 日本地理学会発表要旨集2020(807) https://doi.org/10.14866/ajg.2020s.0_31
著者
于 燕楠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.49, 2021 (Released:2021-03-29)

1. 目的と方法需要発生地によってインバウンドの訪問パターンには特徴がみられる.典型的な例として,台湾の団体旅行は地方を含めた全国へ拡大する傾向にある一方,中国の団体旅行は東京—大阪間のゴールデンルートに偏在している.地方訪問について,台湾人の地方志向と中国人の都市志向がよく知られているものの,その要因を検討する実証研究は必ずしも十分とは限らない.地方における台中の訪問パターンを相対化する具体例によって,異なる分布傾向をもたらす要因がわかる可能性がある.本稿の目的は,富山県に訪問する台湾発と中国発の旅行商品の訪問地を明らかにし,その分布要因を考察することである.具体的には,2019年1年間の富山県を経由する台湾389件と中国258件の旅行商品を資料とする分析と,2020年12月に旅行業者を対象とする聞き取り調査を実施した.旅行商品の分析では,目的地をノード,目的地間の移動経路をリンクとして抽象化し,旅行商品をネットワークの視点でとらえる.両ネットワークの面的な分布傾向,線的な周遊ルート,点的な目的地の3つのスケールに着目し,聞き取り調査を踏まえて分析結果を考察した.2. 結果と考察台中両ネットワークとも,白川郷と金沢をハブとする構造を有している.富山県を訪れる旅行商品であるものの,富山県は必ずしも主要目的地とは限らない.市町村単位で集計した訪問地の分布について,台湾の旅行商品は訪問地が80箇所と多いこと対し,中国のものは44箇所と旅行範囲が比較的限定されている.特に台湾のツアーには,富山県朝日町や新潟県糸魚川市などの中小都市の多いことが顕著である.これらの地区が中国のツアーに現れていない要因は,商品化までの知名度に欠けることだと考えられ,「造成しても販売が困難」との聞き取り調査の回答と整合的な結果となった.また,周遊ルートの地域差も確認できた.聞き取り調査の結果を参考にし,コミュニティ抽出手法で捉えた周遊ルートを「昇龍道」「アルペンルート周遊型」「ゴールデンルート拡張型」「近畿—北陸周遊型」の4類型にまとめた.地方志向の「昇龍道」「アルペンルート周遊型」が共通しているものの,「ゴールデンルート拡張型」が中国独自のものとして存在している.この類型では,富山や金沢をはじめとする地方部が大都市の脇役とみられ,中国からの地方訪問を促す一因がゴールデンルートのリニューアルだと分かる.一方,この類型は台湾のツアーに全く登場しておらず,東京—大阪に台中間の温度差が存在している.以上から,地方訪問を指向する台湾と,ゴールデンルートに固執する中国の旅行商品の違いが比較的明瞭にみられる.ほかにも旅行形態・ターゲットの設定・旅行商品Webページの記述の特徴を合わせて見ると,両者が違う成長段階にあることが考えられ,市場の成熟度が訪問パターンの差を生じさせた一因だと考察できる.中国では日本の地方部が観光地として知られるようになった日が浅く,なじみの薄い地方訪問がまだ草創期にありながら,台湾は既に訪日の成熟市場であり,大都市よりも地方志向性が向上している.今後一定の期間を経ることで,台湾のような旅行商品が中国にも現れる可能性がある.しかし,市場の成熟度はあくまでも一因であり,今後は入国制限,旅行業者の経営戦略,旅行動機の差などの要素がどれだけ旅行商品に影響を与えるのかを確認する必要がある.
著者
于 燕楠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2021, 2021

<p>1. 目的と方法</p><p></p><p>需要発生地によってインバウンドの訪問パターンには特徴がみられる.典型的な例として,台湾の団体旅行は地方を含めた全国へ拡大する傾向にある一方,中国の団体旅行は東京—大阪間のゴールデンルートに偏在している.地方訪問について,台湾人の地方志向と中国人の都市志向がよく知られているものの,その要因を検討する実証研究は必ずしも十分とは限らない.地方における台中の訪問パターンを相対化する具体例によって,異なる分布傾向をもたらす要因がわかる可能性がある.</p><p></p><p>本稿の目的は,富山県に訪問する台湾発と中国発の旅行商品の訪問地を明らかにし,その分布要因を考察することである.具体的には,2019年1年間の富山県を経由する台湾389件と中国258件の旅行商品を資料とする分析と,2020年12月に旅行業者を対象とする聞き取り調査を実施した.旅行商品の分析では,目的地をノード,目的地間の移動経路をリンクとして抽象化し,旅行商品をネットワークの視点でとらえる.両ネットワークの面的な分布傾向,線的な周遊ルート,点的な目的地の3つのスケールに着目し,聞き取り調査を踏まえて分析結果を考察した.</p><p></p><p></p><p></p><p>2. 結果と考察</p><p></p><p>台中両ネットワークとも,白川郷と金沢をハブとする構造を有している.富山県を訪れる旅行商品であるものの,富山県は必ずしも主要目的地とは限らない.市町村単位で集計した訪問地の分布について,台湾の旅行商品は訪問地が80箇所と多いこと対し,中国のものは44箇所と旅行範囲が比較的限定されている.特に台湾のツアーには,富山県朝日町や新潟県糸魚川市などの中小都市の多いことが顕著である.これらの地区が中国のツアーに現れていない要因は,商品化までの知名度に欠けることだと考えられ,「造成しても販売が困難」との聞き取り調査の回答と整合的な結果となった.</p><p></p><p>また,周遊ルートの地域差も確認できた.聞き取り調査の結果を参考にし,コミュニティ抽出手法で捉えた周遊ルートを「昇龍道」「アルペンルート周遊型」「ゴールデンルート拡張型」「近畿—北陸周遊型」の4類型にまとめた.地方志向の「昇龍道」「アルペンルート周遊型」が共通しているものの,「ゴールデンルート拡張型」が中国独自のものとして存在している.この類型では,富山や金沢をはじめとする地方部が大都市の脇役とみられ,中国からの地方訪問を促す一因がゴールデンルートのリニューアルだと分かる.一方,この類型は台湾のツアーに全く登場しておらず,東京—大阪に台中間の温度差が存在している.</p><p></p><p>以上から,地方訪問を指向する台湾と,ゴールデンルートに固執する中国の旅行商品の違いが比較的明瞭にみられる.ほかにも旅行形態・ターゲットの設定・旅行商品Webページの記述の特徴を合わせて見ると,両者が違う成長段階にあることが考えられ,市場の成熟度が訪問パターンの差を生じさせた一因だと考察できる.中国では日本の地方部が観光地として知られるようになった日が浅く,なじみの薄い地方訪問がまだ草創期にありながら,台湾は既に訪日の成熟市場であり,大都市よりも地方志向性が向上している.今後一定の期間を経ることで,台湾のような旅行商品が中国にも現れる可能性がある.しかし,市場の成熟度はあくまでも一因であり,今後は入国制限,旅行業者の経営戦略,旅行動機の差などの要素がどれだけ旅行商品に影響を与えるのかを確認する必要がある.</p>