著者
木村 義成 山本 啓雅 林田 純人 溝端 康光
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.144, 2021 (Released:2021-03-29)

研究発表の背景 令和元年度版の消防白書によると,全国における医療機関への平均搬送時間は35.0分(平成20年)から 39.5.分(平成30年)と10年間で4.5分増加しており,救急搬送の長時間化が指摘されている.また,患者の受入先医療機関が速やかに決定しない救急事案(救急搬送困難事案)が全国的に報告されている. 傷病者に対する救急搬送の時間フェーズは大きく分類すると,「傷病発生〜消防署による覚知」,「覚知〜救急車の現場到着」,「現場到着〜傷病者の医療機関への収容」の三段階となる.救急救命活動においては,傷病者に対して一定時間内に適切な初期処置を行わなければ救命率が下回ることが報告されており,救急搬送の時間フェーズの中では,特に救急覚知場所への到着,「覚知〜救急車の現場到着」までの時間短縮が重要となる. 高齢化社会が進展する中で,今後も救急需要は高まることが予想されており,救急施策において消防組織の改善努力では限界があり,救急車の適正な利用促進や夏季における熱中症の注意喚起など,搬送対象となる地域住民への啓発活動が推進されている.研究発表の目的 このような社会的な背景のもと,本研究発表では,現場到着からみた救急活動,不要不急な救急車の利用,熱中症と社会地区属性の3つの課題を例に,地理学がどのように救急医療の諸課題に貢献できるか紹介する. 本研究発表では,救急隊の活動において重要視される「出場〜現場到着」時間の観点から考案した「救急隊最近接地域」という空間分析単位と都市内部の居住者特性の空間的分布パターンや居住分化に関する分析から派生したジオデモグラフィックスと呼ばれる小地域における地区類型データを用いた分析を上記の3つの課題に適用する方法について解説する.救急隊最近接地域を用いた分析例 救急活動においては,救急隊配置場所から救急覚知場所(「出場~現場」)の現場到着時間の短縮が重要となる.したがって,発表者らは,各救急隊がそれぞれ最短時間で現場到着できる地域を「救急隊最近接地域」と定義し,カーナビゲーション・システムで利用される道路ネットワーク・データとGIS(地理情報システム)を用いることで,この独自に定義した地域を作成した(木村, 2020). 本研究発表では,大阪市を事例にした「救急隊最近接地域」の作成(図1)と,この独自に作成した空間分析単位を用いて,現場到着からみた救急活動,不要不急な救急車の利用に関して,それぞれの地域差について分析した例を示す.ジオデモグラフィックスを用いた分析例 本研究発表では,Experian Japan社のMosaic Japanというジオデモグラフィックス・データと大阪市消防局の救急搬送記録から判明した熱中症発生データから,熱中症が多発する地区類型を見出す分析例を紹介する. この分析例から,どのような地区特性の,どのような人を対象に,熱中症の注意喚起を促す広報活動を行うか,救急施策に対する地区類型データの利活用の可能性について本研究発表で触れる。参考文献木村義成 2020. 大阪市における消化出血患者の搬送特性からみた地域グループ.史林 103(1):215-241.
著者
目代 邦康
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.160, 2021 (Released:2021-03-29)

1.はじめに 地球温暖化対策としての化石燃料使用の抑制,また東日本大震災での原子力発電所事故により原発の危険性が広く認識されたことにより,再生可能エネルギーによる発電が注目されるようになっている.各地で,地域主体の市民共同発電が行われるようになっている(たとえば豊田2016,大門2016など).一方で,地域住民の合意に基づかない,再生可能エネルギー事業のため,地域に軋轢が生じているところもある.再生可能エネルギー施設設置による乱開発を規制する条例が各地で制定されているのは,この表れであるといえる(例えば岩手県遠野市など).国立公園,国定公園といった自然公園は,自然公園法に定められている通り,優れた自然の風景地を保護し,保険,休養,教化に資することを目的としている.こうした自然公園において,環境省は,2015年には,再生エネルギーの大規模な導入という政府方針に基づき,自然公園においても自然環境と調和した再生可能エネルギー発電施設の導入を,限定的に許容すべきという立場をとっており,現在では,さらに許容の立場を進め,国立公園内での再生可能エネルギーの発電所設置を促す方針となっている.今日,多面的にその価値が理解されるようになっている自然公園において,これまでの規制をさらに厳しくするのであれば理解はできるが,安直にその規制を緩めることは,これまで多くの関係者の努力により築き上げてこられた自然公園の仕組みを破壊するものであるといえる.ここでは,自然地理学的観点から,国立公園,国定公園といった自然公園の価値を考えたうえで,再生可能エネルギー乱開発(再エネ乱開発)の問題点を指摘する.2.自然公園の多様な価値 それぞれの地域に暮らす人は,その地域の自然環境から様々な恩恵を受けており,それは生態系サービスという概念において,整理されている.その生態系は,地域によって異なるが,一つのまとまりのある範囲が流域である.流域の中で,水とそれによって運搬される砂礫,諸元素があり,地形環境がそのなかで形成され,そこで人間が生活している.この流域全域が自然公園となっていることもあるが,日本では,山地の上流部,もしくは河口周辺の海岸部が自然公園地域として指定されている.山地が自然公園として指定される意味は,そもそも開発が進んでおらず,美しい景観が残存していることが第一であるが,それとともに河川に流入する水やさまざまな栄養塩が供給される場所であること,また,山地環境における緩和作用により,流出量が調整されることがあるためである.自然公園法では,法文のなかで生物多様性保全の場であるという位置づけをしているが,生物多様性を支えるための流域やそれより広域の自然環境が存在する意義については十分理解されていない.山地に風力発電施設や大規模太陽光発電施設(メガソーラー)を設置する場合,そこの場所に存在している植生の面積が減少すること,地形が変化すること,水文プロセスが変化することは必然であり,それは許容されるべきものであるのかどうかは,土地所有者と許認可を出す行政関係者だけでなく,地域住民や研究者との合意も必要であろう.水文プロセスの変化は,その山地の保水能力の低下や,流出する水の水質の変化ももたらす.2017(平成29)年3月に環境省自然環境局より出された,「国立公園普通地域内における措置命令等に関する処理基準等の一部改正の概要」によれば,「太陽光発電施設の新築,改築及び増築による土砂及び汚濁水の流出のおそれがないこと」は適合するかどうか審査されることになっているが,何らかの地形改変を行って,土砂を河川に流出させないことなど,実質的に不可能である.
著者
畔蒜 和希
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.44, 2021 (Released:2021-03-29)

東京大都市圏では依然として待機児童の解消が叫ばれており,保育所の増設とともに保育士の人材確保が喫緊の課題として認識されている.近年はこのような現状を背景に,養成校との関係に基づいた保育労働力の需給構造を明らかにした研究が蓄積されつつある(甲斐2020).他方で保育士の労働市場に関する議論は新卒保育士の就職部分に焦点化されており,就職後の職業キャリアや中途採用の状況については触れられていない.これを踏まえて本報告では,保育所で実際に働く保育士のライフコースを描き出し,職業キャリアの特性を検討する. 本報告では東京大都市圏郊外における対象事例として,東京都調布市の社会福祉法人運営の認可保育所を取り上げる.常勤保育士18人のうち12人に対してインタビューを実施し,養成校を卒業してからの職歴の詳細や,結婚・出産等のライフイベントとの関係を明らかにした. 対象者のうち10人は養成校を卒業することで保育士資格を取得しており,初職先の選択については先行研究で得られた傾向と類似していた.既卒で資格を取得した2人については,資格取得前より保育補助として勤務しており,現場での経験を蓄積する積極的な意思を持っていた. 次に調査対象者の職歴をみると,同一の保育所または法人内で勤続している者は1人しかおらず,多くの保育士は転職を頻繁に繰り返したり,一度保育士を辞めたのちに再度復帰したりと,自らのキャリアを流動的に形成する傾向にあった.主な転職理由に着目すると,職場内での人間関係,保育所側の運営方針への不満などが挙げられていたほか,特に営利法人の保育所については企業的な経営体制が内包する労働環境等の問題が多く指摘されていた. また,一時離職を経験した保育士については結婚や出産が離職の契機となる場合が多く,女性職としての保育士の特性を反映している.しかし意思決定の内実は多様であり,出産を契機とする退職は慣習であったと述べる者もいれば,第一子出産後に子育てとの両立が困難になったため,勤続を断念した者も見受けられた.これに対して勤続していた保育士は,親族による育児サポートや勤務シフトの柔軟性を理由に勤続が可能であったことを述べている. 個々の職歴をみる限り,保育士の職業キャリアは流動的に形成される傾向にある.しかし対象者の勤務地歴をみると,過去の就業地の空間スケールは狭域に収束している.さらに調査対象である保育所への就職経緯をみると,多くは知人による紹介や同僚の転職経験など,人づてによる情報から現在の職場を認知している.人材紹介サービスを用いて転職活動を行っていた対象者についても,通勤時間を重視しつつ自宅の近隣で転職先を探していた.以上を踏まえると,施設単位でみた場合の保育労働力は,新卒者に限らずローカルに供給される傾向が示唆される. なお,本調査は単一の保育所を事例に,保育士の職業キャリアや労働力供給の一端を明らかにしたに過ぎない.したがって,異なる地域間・運営主体間の差異に着目することで,本報告の調査結果を相対化することが求められる.
著者
岩月 健吾
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.87, 2021 (Released:2021-03-29)

1.研究の目的 野外で採集したクモ同士を闘わせて勝敗を決める遊び,すなわちクモ相撲は,東南アジア〜東アジア地域を中心に存在が記録されており,かつて日本でも季節の自然遊びとして全国的に見ることができた(斎藤 2002).しかし,日本のクモ相撲は,戦後の経済成長の中で人々の生活様式が変化したことや,都市開発および農地整備によってクモの野生個体数が減少したことなどを背景に,多くの地域で消滅してしまった(川名・斎藤 1985).しかし,関東・近畿・四国・九州の一部地域では,現在もクモ相撲の存在が確認されている.これらの地域では,クモ相撲が年中行事や祭りの企画の一部として組織的に運営・開催されている. 本研究の目的は,かつて日本各地で見られたクモ相撲が衰退・消滅してしまった現代において,クモ相撲行事がいかにして存続しているのか,その要因を自然と人間活動との関係の視点から明らかにすることである.自然と人間活動との関係に着目した場合,行事の存続はクモ採集活動の持続性と不可分だと考えられるが,この点について従来の研究では十分な検討がなされてこなかった. 2.調査の対象および方法 本研究では,鹿児島県姶良市加治木町の年中行事「姶良市加治木町くも合戦大会」を事例として取り上げる.地元で「加治木のくも合戦」の呼称で親しまれる本大会は,クモ相撲行事の中で参加者数において最も規模が大きい.ファイターとして使用されるのは,コガネグモArgiope amoenaのメスである.本種は現在15の都府県でレッドリストに掲載され,野生個体数の減少が全国的に危惧されている.本研究では,大会参加に向けてコガネグモを採集飼育する人々(以下,採集者)を対象に聞き取り調査を実施し,採集・飼育・返還の各段階における採集者の行動や考え方を分析した.聞き取り調査対象者数は25名である.調査は主に,2015年,2018年,2019年の大会開催日(6月第3日曜日)に実施した. 3.結果 採集者はコガネグモの生息環境を,造網空間,餌供給源,気温・湿度・日当たり・風,天敵の有無の観点から包括的に理解していた.採集者の環境認識は,採集者自身の孤独で排他的な採集活動の積み重ねによるものであり,それゆえに多様性に富むものであったが,いずれもコガネグモの生息環境を的確に言い表していた.コガネグモの野生個体数が減少傾向にある中で,採集活動を継続できた一因はこの環境認識にあると考えられる.採集活動に関して,採集場所を複数持つことで,コガネグモが採集できないリスクを軽減したり,採集する個体数を選別により少なくすることで,採集場所に掛かる採集圧を軽減したりする工夫も確認された. 採集者にとって飼育とは,大会に向けてコガネグモを保持し,日々の観察の中でファイターを厳選する場である.加えて,採集者には,危険が多い野外からコガネグモを保護しているという意識もある.彼らは,飼育の中でコガネグモが十分に餌を与えられ,産卵から孵化までの過程を終えることで,返還後の野外における幼体生存率が上がると考えていた. 採集者は,自分の採集場所を維持する目的で,大会後にコガネグモを元の場所に返還し,野生個体数の維持増加を図っている.採集者の中には,生息環境として適した別の場所にコガネグモを返還し,新たな採集場所を創出することを試みたり,限られた採集場所における採集活動の質を高めるため,返還の際にコガネグモの血統を意識したりする人もいた.コガネグモの返還は個人スケールで行われ,採集者個人に対する恩恵を多分に期待する行為である.このような採集活動の継続に向けた個人的な取り組みが,「加治木のくも合戦」の存続要因の一つと考えられる. 文献川名 興・斎藤慎一郎 1985.『クモの合戦 虫の民俗誌』未来社.斎藤慎一郎 2002.『蜘蛛(くも)』法政大学出版局.
著者
柴辻 優樹
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.70, 2021 (Released:2021-03-29)

研究の背景自然災害後における社会経済的に不利な人々の居住地移動パターンについては、世界各地の事例をもとに多くの研究が行われている。Elliot and Pais (2010)はHurricane Andrew後の人口の空間的再分配を分析し、社会的に脆弱な人々は災害発生前に発展していなかった地域に集中する傾向を指摘した。Kawawaki (2018)は東日本大震災後の人口移動要因について分析し、Elliot and Pais (2010)と同様の傾向が見られることを指摘した。本研究では、日本において特に経済的困難に陥りやすい母子世帯の移動に着目し、東日本大震災後の移動傾向を分析した。分析方法とデータ分析には2項ロジットモデルを用いた。被説明変数は、震災前後で同じ住所に居住していれば1、そうでない場合は0とし、被災地からの移動の傾向を分析した。対象は子供のいる核家族世帯の世帯主もしくは代表者(以下、世帯主)とした。分析では母子世帯(離別・死別・未婚の母と20歳未満の子のみの世帯)の母についてダミー変数を用いた。被災地はKawawaki(2018)が用いた岩手県・宮城県・福島県の沿岸の38市区町村と定義し、震災前に被災市区町村に居住していたかを表すダミー変数を用いた。データは国勢調査の調査票情報(2015年)を用いた。各世帯の移動の有無は5年前常住地をもとに、2010年の常住地が2015年と同一住所である場合は1、そうでない場合は0とする。説明変数は母子世帯ダミー、2010年被災地居住ダミーに加え、両変数の交差項を用いる。その他のコントロール変数は年齢、年齢の2乗項、女性ダミー、2010年時点の子供の数、2010年時点の6歳未満の子供の有無ダミー、外国人ダミー、2010年常住地の人口区分ダミー(5万人 or 20万人以上)、その他2010年常住地の地域特性(失業率、人口密度(対数)、離婚率、転出超過率、平均収入、自治体の歳出決算総額に占める民生費率、民生費に占める児童福祉費率)を用いる。分析結果の概要限界効果の推定値より、被災地に居住していなかった世帯主と比較すると2010年の被災地居住世帯主は、2015年も同じ住所に留まる確率が約14.4%低いこと、母子世帯の母はほかの世帯主と比較すると同じ住所に留まる確率が約0.6%低いことがわかる。交差項の限界効果推定では、被災地に居住していた母子世帯の母は、被災地居住のほかの世帯主と比較すると、同じ住所に留まる確率が約6.7%高い結果となった。以上の結果から、東日本大震災の影響を受けた地域に居住していた母子世帯は子供のいる核家族世帯と比較して、同じ地域に居住し続ける傾向が強いことが示唆される。参考文献Elliot, J. R. and Pais, J. 2010. When Nature Pushes Back: Environmental Impact and the Spatial Redistribution of Socially Vulnerable Populations. Social Science Quarterly 91: 1187-1202.Kawawaki,Y. 2018. Economic Analysis of Population Migration Factors Caused by the Great East Japan Earthquake and Tsunami. Review of Urban & Regional Development Studies 30: 44-65.謝辞データは統計法に基づき、独立行政法人統計センターから「国政調査」(総務省)の調査票情報の提供を受け、独自に作成・加工したものであり、総務省が作成・公表している統計等とは異なる。本研究は日本学術振興会特別研究員奨励費(課題番号:20J22386)の助成を受けた。ここに謝意を表する。
著者
小倉 拓郎 早川 裕弌 田村 裕彦 守田 正志 小口 千明 緒方 啓介 庵原 康央
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.166, 2021 (Released:2021-03-29)

1.はじめに 防災学習は,初等教育における総合的な学習の時間において,従来の各教科等の枠組みでは必ずしも適切に扱うことができない探究的な学習として,地域や学校の特色に応じた解決方法の検討を通した具体的な資質・能力を育む課題学習の一例として挙げられている1).ハザードマップは防災学習でよく用いられるが,浸水高や震度分布などの複雑なレイヤ構造を有するため,児童らが一般的に苦手とする基礎的な地図の判読スキルのみならず,重なり合う地図上の情報を適切に取捨選択して理解する能力が要求される.そのため,発災現場などの非日常体験をより直感的に想像できる授業実践や教材の開発が求められる. そこで,実際に自然災害の生じた地域における小学校の児童を対象とし,校区内での被災状況をハザードマップと地形模型を援用した3Dマッピングにより把握することから,地域環境を見つめなおすという防災学習を実践した.本報告では,その実践の過程や学習内容,児童の気づきについてまとめる.2.授業実践の内容 本実践は,2019年度に横浜市立千秀小学校の総合的な学習の時間および図画工作科で計8時数実施した.ここでは,2017年度の小学校6年生が,航空レーザ測量にもとづく標高データ由来の地域の大型地形模型(縮尺1/1000)を製作したため2),これを3Dマッピングの基盤として用いた.一方,防災情報の基礎として,横浜市栄区洪水ハザードマップに描かれている浸水最大規模のレイヤ情報をスチレンペーパーで作成し,地形模型の上に貼り付けることで,通常は2次元の地図で提供されるハザードマップの情報を3次元的かつ実体的に表現した. 本地域では,令和元年台風19号の通過により,校区内で浸水被害や倒木,信号機の風倒などがみられた.児童らは校区内の台風通過後や過去の被災状況について,通学路や自宅周辺の観察や近隣住民への聞き取り調査を実施し,内容と位置をメモや写真にまとめた.調べた内容は地図と模造紙にも記入した(図1).また,被災内容を記したピクトグラムを作成し,調べた位置情報をもとに地域の大型地形模型の上に設置した(図2).その上で,授業の最終段階では,担任教諭や外部協力者としての大学教員・大学院生を交えて,被災した場所の位置や分布の特徴について議論した.3.結果と考察 児童らは地図に被災状況を並べる作業を通して,浸水箇所が河川に近いことや,信号機・テレビアンテナ等の損傷が住宅地に多いことに気づいた.その結果,校区内の地域でも,被災種類に地域性があることを理解した. その後,児童らは,自ら調査した情報を地形模型の上に乗せる作業を行うことによって,地形の凹凸と被災種類の関係に興味をもった.その結果,信号機の風倒箇所が谷部に集中していることに気づいた.地形に注目する中で,自然地形と人工地形の形状の違いについても関心をもち,地図と照らし合わせながら地形改変(宅地開発)や同じ標高の面(段丘面)について確認していた.また,道路や田畑が浸水した箇所は,ハザードマップで描かれていた浸水想定で浸水高が高い傾向を示す箇所に集中していることに気づいた.そこで,本地域の地形の成り立ちについて教員が説明し,旧河道であることを理解した. このように,大型地形模型を利用することによって,児童らに2次元の地図上での議論では浮かび上がらなかった,地形と被災内容の3次元的な空間関係を考える傾向が見られ,3Dマッピングによる考察の深化が観察された.3次元表現を行うことで,水平方向の位置関係や被災種類と土地利用との関係に対する関心から,垂直方向の関心にも目が届き,模型を上から俯瞰するだけでなく,しゃがむ,視点を変え斜め方向から360°回りながら眺める,といった身体を動かしながら対象を理解しようとする行動が見られたことも,3次元的な自然現象の想像・理解につながったと考えられる.4.文献1)文部科学省 2017. 小学校学習指導要領解説.2)田村裕彦・早川裕弌・守田正志・小口千明・緒方啓介・小倉拓郎 2020. 総合的な学習の時間を活用した地理・地形教育の実践−地域文化資源を用いた小規模公立小学校への地域学習から−, 地形, in press.
著者
浦山 佳恵
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.95, 2021 (Released:2021-03-29)

日本には,かつて地中に巣を作るクロスズメバチVespula sp.の幼虫や蛹を「蜂の子」と呼び食す慣行が広くあった.明治以降,全国的に蜂の子の商品化が進み,1980年以降生息数の減少が指摘されるようになると、1990年以降各地で蜂追いを楽しむ同好会が設立され,1999年には全国地蜂愛好会が結成され情報交換を通じて資源保護や増殖活動が行われるようになった.2006年現在,30余りの会が蜂追いや巣の大きさを競うコンテスト,増殖活動をしているという.1980年代までの伊那谷は,全国的にも積極的な蜂の子食慣行がみられた地域の一つで,蜂の子はご馳走にもなり,煮たり煎ったりするだけでなく蜂の子飯や五目飯,寿司等にもされていた.採取方法も蜂追いや透かしという方法で見つけたり,夏に小さい巣を採り自宅周辺で飼育する飼い巣を行ったりしていた.蜂追いや飼い巣は貴重な蛋白源を得るための生業であるとともに,大人や青少年にとっては娯楽の一つでもあった.現在、伊那谷北部に位置する伊那市にも,「伊那市地蜂愛好会」が存在する.また,伊那谷では蜂の子の佃煮が土産物や日常のおかずとしてサービスエリア,道の駅,スーパー等で販売されているが,それらの原料の多くは県外・海外から輸入されたものであるという.食生活が豊かになった今,伊那谷の地域住民にとってクロスズメバチはどのようなものになっているのだろうか.2018〜2020年に,伊那市の地蜂愛好家5名への蜂の子食慣行に関する聞取り調査及び飼い巣の見学,伊那市地蜂愛好会の活動への同行を行い,現在の伊那谷のクロスズメバチがもたらす自然の恵みについて考察したので報告する.
著者
于 燕楠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.49, 2021 (Released:2021-03-29)

1. 目的と方法需要発生地によってインバウンドの訪問パターンには特徴がみられる.典型的な例として,台湾の団体旅行は地方を含めた全国へ拡大する傾向にある一方,中国の団体旅行は東京—大阪間のゴールデンルートに偏在している.地方訪問について,台湾人の地方志向と中国人の都市志向がよく知られているものの,その要因を検討する実証研究は必ずしも十分とは限らない.地方における台中の訪問パターンを相対化する具体例によって,異なる分布傾向をもたらす要因がわかる可能性がある.本稿の目的は,富山県に訪問する台湾発と中国発の旅行商品の訪問地を明らかにし,その分布要因を考察することである.具体的には,2019年1年間の富山県を経由する台湾389件と中国258件の旅行商品を資料とする分析と,2020年12月に旅行業者を対象とする聞き取り調査を実施した.旅行商品の分析では,目的地をノード,目的地間の移動経路をリンクとして抽象化し,旅行商品をネットワークの視点でとらえる.両ネットワークの面的な分布傾向,線的な周遊ルート,点的な目的地の3つのスケールに着目し,聞き取り調査を踏まえて分析結果を考察した.2. 結果と考察台中両ネットワークとも,白川郷と金沢をハブとする構造を有している.富山県を訪れる旅行商品であるものの,富山県は必ずしも主要目的地とは限らない.市町村単位で集計した訪問地の分布について,台湾の旅行商品は訪問地が80箇所と多いこと対し,中国のものは44箇所と旅行範囲が比較的限定されている.特に台湾のツアーには,富山県朝日町や新潟県糸魚川市などの中小都市の多いことが顕著である.これらの地区が中国のツアーに現れていない要因は,商品化までの知名度に欠けることだと考えられ,「造成しても販売が困難」との聞き取り調査の回答と整合的な結果となった.また,周遊ルートの地域差も確認できた.聞き取り調査の結果を参考にし,コミュニティ抽出手法で捉えた周遊ルートを「昇龍道」「アルペンルート周遊型」「ゴールデンルート拡張型」「近畿—北陸周遊型」の4類型にまとめた.地方志向の「昇龍道」「アルペンルート周遊型」が共通しているものの,「ゴールデンルート拡張型」が中国独自のものとして存在している.この類型では,富山や金沢をはじめとする地方部が大都市の脇役とみられ,中国からの地方訪問を促す一因がゴールデンルートのリニューアルだと分かる.一方,この類型は台湾のツアーに全く登場しておらず,東京—大阪に台中間の温度差が存在している.以上から,地方訪問を指向する台湾と,ゴールデンルートに固執する中国の旅行商品の違いが比較的明瞭にみられる.ほかにも旅行形態・ターゲットの設定・旅行商品Webページの記述の特徴を合わせて見ると,両者が違う成長段階にあることが考えられ,市場の成熟度が訪問パターンの差を生じさせた一因だと考察できる.中国では日本の地方部が観光地として知られるようになった日が浅く,なじみの薄い地方訪問がまだ草創期にありながら,台湾は既に訪日の成熟市場であり,大都市よりも地方志向性が向上している.今後一定の期間を経ることで,台湾のような旅行商品が中国にも現れる可能性がある.しかし,市場の成熟度はあくまでも一因であり,今後は入国制限,旅行業者の経営戦略,旅行動機の差などの要素がどれだけ旅行商品に影響を与えるのかを確認する必要がある.
著者
中條 暁仁
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.78, 2021 (Released:2021-03-29)

近年,過疎山村では残存人口の少子高齢化が顕著に進み,中には高齢人口すらも減少に転じる地域が現れるなど,本格的な人口減少社会に突入している。こうした中にあって,地域社会とともにあり続けた寺院が消滅していくとする指摘がなされている。村落における寺院は集落コミュニティが管理主体となる神社とは異なり,住職とその家族(寺族)が居住し相続する。そして,檀家家族の葬祭儀礼や日常生活のケアに対応することを通じて地域住民に向き合ってきた。いわば寺院は家族の結節点として機能してきたが,現代の山村家族は他出子(別居子)を輩出して空間的に分散居住し,成員相互の関係性に変化を生じさせているため,これに対応せざるを得なくなっている。こうした寺院のすがたは山村家族の変化を反映するものであり,寺院研究を通じて山村社会の特質に迫ることができると考えられる。 ところで,既存の地理学研究では,寺院にとどまらず神社も含めて村落社会に所在する宗教施設は変化しない存在として扱われてきた感が否めない。すなわち,寺社をとりまく地域社会が変化しているにも関わらず,旧態依然とした存在として認識されている。その背景には,伝統的な村落社会に対する理解を目指す研究が多かったこと,現代村落を対象とするにしても研究者が得る寺社に関する情報がかなり限定されたものであることなどから,固定的なイメージで語られる場合が多かったと思われる。 こうした問題意識をふまえると,地域社会の変貌が著しい過疎山村を対象として寺院の実態を明らかにする意義が見いだされる。本発表では,存続の岐路に位置づけられる無居住寺院に注目し,無居住化の実態とその対応の限界を報告する。 報告者は過疎地域における寺院をとらえる枠組みを,住職の存在形態に基づいて時系列に4つの段階に区分して仮説的に提起している。住職の有無が,寺檀関係や宗務行政における寺院の存続を決定づけているためである。第 Ⅰ段階は専任の住職がいながらも,檀家が実質的に減少していく段階である。第Ⅱ段階は檀家の減少が次第に進み,やがて専任住職が代務(兼務)住職となり,住職や寺族が不常住化する段階である。第Ⅲ段階は,代務住職が高齢化等により当該寺院の法務を担えなくなるなどして実質的に無住職化に陥ったり,代務住職が死去後も後任住職が補充されなくなったりして無住職となる段階である。そして,第Ⅳ段階は無住職の状態が長らく続き,境内や堂宇も荒廃して廃寺化する段階である。 このうち,本報告が対象とする山梨県早川町は,第Ⅱ段階にある寺院が多数を占める地域となっており,第Ⅲ段階を経ずして第Ⅳ段階に至るケースもみられるなど,問題は深刻化している。 本報告で対象とする山梨県早川町には日蓮宗25ヶ寺をはじめ,真言宗1ヶ寺,臨済宗1ヶ寺,曹洞宗5ヶ寺の合計32ヶ寺が所在するが,そのうち住職が実質的に在住しているのは日蓮宗の4ヶ寺にとどまる。日蓮宗寺院を調査したところ,1950年代に寺院の無居住化が始まっており,その数を増やしながら現在に至っている。いわば寺院の無居住化が常態化した地域といえる。時空間的遷移をみると北部の奥地集落から無居住化が始まっており,集落の過疎化に伴って進行していることが明らかである。近年は中心集落の寺院においても無居住化しており,住職の後継者が得られなかったことが直接的な要因となっている。 近年増加する無居住寺院をめぐっては,その管理が問題となっている。山梨県早川町では,多くの寺院で儀礼や信仰の空間としての機能を維持するために,代務住職や近隣檀家が境内を管理していた。中には,堂宇の間取りを公民館として改装し,高齢者の「たまり場」,住民による集会の場としての機能を持たせている事例があった。一方で,堂宇の老朽化によって損傷が進み,少数の檀家による復旧が困難に陥っている寺院では,檀家の同意を得て代務住職が廃寺を決断していた。ひとたび自然災害や獣害によって堂宇が損傷すると,廃寺に至るケースもある。 本発表で取り上げた無居住寺院に対しては,今後,存続か廃寺かのいずれかの方向性が想定される。前者の場合は,所属宗派の信仰空間としての機能を維持すべきか,あるいは地域社会の共有空間とすべきかという方向性も検討課題となってくる。後者については,地域社会に開放された「サード・プレイス」としての対応が想定されるし,前者については「少数社会」の構築に関する議論が参考になる。少数の現地在住の住職で,広範に分布する無居住寺院を管理するシステムの構築が求められる。
著者
安倍 啓貴
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.187, 2021 (Released:2021-03-29)

1.はじめに 日本には様々な局地風が存在するが, 六甲おろしはその中でも有名な局地風の一つである。六甲おろしは, 神戸市の六甲山地から吹き下ろす比較的強い北風である。その発生機構について, 近畿地方を通過した前線や低気圧に伴う冷気が六甲山地の北西に滞留したのち溢れ出すことで発生するということがわかっている(猪野ら,2008)。また, 六甲おろしが吹走する天気図のパターンについては, 冬型の気圧配置となる時, あるいは寒冷前線の通過時に多いことがわかっている(日下ら,2007)。 以上のことから, 六甲おろしの発生機構や天気図のパターンについては, ある程度の知見が得られている。しかし,六甲おろしの実態についての科学的な解析は進められていない。また,六甲おろしの吹走の傾向を複数地点で比較した研究はほとんどない。 そこで, 本研究では六甲おろしの実態を系統的に調査し,六甲おろしの風速や吹走頻度の地域差を明らかにすることを目的とする。2.方法(1)使用データと解析対象期間 神戸市環境常時監視システムの測定局の六甲山(図1中M.R), ポートタワー(Pt), 灘(Na), 灘浜(Nh), 東灘(En), 六甲アイランド(Ri), 港島(Mi), 兵庫南部(Hs), 南五葉(Sg)の、風向および風速の1時間データを使用した。なお,南五葉(Sg)は六甲山地より北側にある観測地点であり,六甲おろしの風速が六甲山地より南側で大きくなっていることを確認するためにデータを使用した。また, 2014年4月〜2019年3月を解析対象期間とした。(2)六甲おろしの定義 本研究では猪野ら(2008)および安倍(2017)をもとに, 風速が8.5m/s以上でかつ風向が西北西〜北である風を六甲おろしと定義した。(3)解析対象期間の抽出と解析手法 六甲おろしの定義に該当する日を,解析対象期間から抽出した。なお六甲おろしが1時間でも吹走した日を六甲おろし吹走日とした。抽出できた六甲おろし吹走日計989日を解析対象日とした。その後,観測地点毎に六甲おろしの風速や吹走頻度を比較した。六甲おろしの風速については、最大風速および平均風速についての風況マップを作成した。3.結果と考察 表2に観測地点ごとの六甲おろしの吹走日数を示す。Naは吹走日数が5年間で78日であるのに対して,Miは5年間で0日という結果になった。したがって,六甲おろしの吹走頻度は神戸市の中で大きな地域差があることが明らかになった。 六甲おろしの強さについて,図2-aは最大風速の分布に言及する。山頂付近に観測地点があるM.RやPtは,標高が高いため風速が大きい。一方で,標高にその他の観測地点と大きな差がないNaでも最大風速は15.1m/s-18.0m/sと,値が大きかった。そして山の麓から離れるにしたがって,次第に風速が小さくなっていくことが示された。 図2-bは平均風速の分布である。最大風速の分布と同様,M.RやPtは標高が高いため風速が大きく,Naではその他の観測地点と比べて風速が比較的大きい。最大風速の分布と同様,山の麓からの距離が長くなるにつれて,六甲おろしの風速は小さくなっていることが示された。しかし,EnとNaについては,山の麓からの距離はほぼ等しい。それにもかかわらず風速に差があるのは,観測地点の北側斜面における谷筋の有無が関係している可能性が考えられる。
著者
大竹 あすか
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.63, 2021 (Released:2021-03-29)

Ⅰ 研究の背景と目的 本発表では,行政機関や民間企業が着目する「ソフト面」における都市計画における課題を,経済地理学者ハーヴェイ(2013)が提示した「都市コモンズ」概念を対象に、スケール論の観点から分析することの意義を明らかにする. 高度経済成長期以降のモータリゼーションを基盤としたハード面重視の都市整備に対する批判として.住民参加の意識や地域ブランド創出など,「空間を利用する」人々を基盤としたソフトな都市計画が推進されるようになった.一方1970年代後半にイギリスで発祥した新自由主義を受けて,日本政府は2000年代以降,公共施設の民営化を推進した.また地方自治体も規制緩和を行い,都市公園の管理を民間企業に委託する事例が増加している. これまでの経済地理学では,民間企業による公的資本の独占が都市空間における公共性を源泉として利益を創出していることを「独占レント」にあたると批判してきた.これらの研究に対して,ハーヴェイ(2013)はコモンズの管理には地理的なスケール分析が必要だと指摘している.そのため,都市空間におけるコモンズが持つ公共性が,民間企業と一般市民の間で、「空間利用の私有化」をめぐるスケールの問題を引き起こしていることを、主に言説により明らかにする必要がある.Ⅱ 研究方法と背景 上記の課題について東京都渋谷区の宮下公園の指定管理者委託過程に関する論争について分析した.宮下公園に関する裁判の記録,宮下公園を管轄する渋谷区議会の議事録,宮下公園を特集した雑誌記事を対象に分析した.あわせて,宮下公園の観察調査を行った.分析するために利用するスケール観点は,地理学の研究を整理した上で,Smith(1984),Jones et al.(2017)が提唱したスケールの複層性とスケールの統合に関する議論を用いた. 宮下公園は,渋谷駅に隣接する都市公園である.2000年代から始まった渋谷駅周辺の再開発の一環として2度にわたり、空間利用が民営化され,現在は三井不動産株式会社が主な指定管理者として公園を管理している.しかし,1度目にナイキジャパンが指定管理者として登場したときに,公園の改修工事中にホームレスの強制排除が行われたこと,宮下公園の命名権に関する入札競争が不透明であったことが裁判や議会で論争となった.Ⅲ 考察 宮下公園の論争に関する分析を通して,地理学者スミス,N.が提示したスケールの複層性に関する理論によって,ある都市空間を形成する主体間の立場の違いを理解できることが可能となった.宮下公園を含む渋谷駅周辺地区は,都市社会学で“user”と定義される公園の利用者や都市住民が,ファッション街を中心としたクリエイティブ産業の拠点として発展させてきた.これは,「若者の街」としてのイメージや,パブリックアート活動などに表れている.宮下公園を媒介として,身体やコミュニティレベルの下位スケールが,都市空間や地域レベルの上位スケールを形成したといえる. しかし公園の管理権限が指定管理者へ移行することで,都市空間の利用のスケールを規定する主導権が都市整備を行う主体に移行することが明らかになった.さらに,公園を管理する民間企業が若者向けの店舗を設置し,宮下公園が持っている交通利便性や渋谷駅の拠点機能,宮下公園の個々の利用者が作り上げてきた場所イメージを利益の源泉としている.この現象は,ハーヴェイ,D.が提唱した「独占レント」とみなせるこの過程で,国や地域などの上位のスケールが,身体,コミュニティ,都市空間のスケールを包括する「スケールの統合」が起きていると捉えられる.表面的にはスケールの複層性が保たれ,都市空間の多様性が利益創出の源泉となっているも関わらず,民営化によりスケールを規定する主体から“user”が疎外されることが明らかになった.
著者
松本 誠子 久保 純子 貞方 昇
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.128, 2021 (Released:2021-03-29)

1.研究目的 本発表は、典型的なデルタとして取り上げられてきた太田川デルタの形成・成立には、上流域における往時の砂鉄採取による廃土が大きく関与した、とみなす調査結果の第一報である。近年における発表者らによる太田川上流の調査(貞方ほか2020、印刷中)を通して、これまで看過されてきた太田川の上流域でも、中世に遡る広範かつ大規模な「たたら製鉄」に伴う砂鉄採取跡地が確認された。発表者らは、さらに、そこから排出された大量の廃土が同川の下流平野・デルタ形成に何らかの影響を与えたものとみて、とりわけ同地における完新世堆積物中の「最上部陸成層」に着目し、その堆積物の諸特性や平野微地形の特徴を調査した。その結果、以下に記すような上流域の砂鉄採取と整合する幾つかの明瞭な証拠を得た。 平地に乏しい我が国にあって、デルタは主要な生活の舞台である一方、洪水や高潮などの災害も多く発生するため、防災の観点を含めてこれまで数多くの研究業績が蓄積されてきた。従来「最上部陸成層」は、後氷期海面高頂期以降の海面微変動や堆積物供給の多寡に呼応して形成されてきたとされるが、最新期における人間活動の影響も少なからず関与したものと思われる。本発表は、デルタ形成・成立における人為関与地形形成の役割を評価することに的を絞り、その調査成果の一部を紹介するものである。2.研究方法・データ 本研究では、米軍大縮尺空中写真判読を中心とした一連の微地形調査や、既存ボーリング資料の検討、表層堆積物の各種分析に加え、歴史時代を含めた短い時間スケールの地形形成の経緯をより明らかにするため、洪水史等の歴史資料の検討も行った。分析対象とした試料は、広島城西の広島市中央公園(「デルタ」:人為関与前)、広島大学霞キャンパス(干拓地)の試掘露頭ほか、「デルタ」内の数地点(深度0.5m、1m)で採取した表層堆積物および現河床の堆積物から得た。堆積物は粒度分析、砕屑粒子組成分析とともに鉄滓粒の存否を確認し、12点の炭化物についてAMS14C年代測定を行った。3.結果と考察 太田川下流域は、広島市安佐南区八木の高瀬堰以南にまとまった沖積平野を形成し、大きくは広島市西区の大芝水門付近までの幅2km前後の「下流平野」とそれ以南に広がる「デルタ」(いわゆる広島デルタ)に二分される。微地形判読によれば、太田川は「下流平野」で扇状地をほとんどつくらず、氾濫原上の旧蛇行河道に沿ういわゆる「自然堤防」の発達は弱い。また、「デルタ」のうち自然堆積域として分類できるのは大芝から白神社付近までの狭い範囲(径4km)に限られ、他の多くは近世以降の干拓地および埋立地である。さらに、干拓地内に延びる河道沿いには連続的に微高地が形成されている等の特徴をもつ。既存ボーリング資料および掘削現場の露頭観察によって「最上部陸成層」とみなされた各採取堆積物試料中における花崗岩類起源の砂粒の割合は80%以上と非常に高く、それより下位の試料(上部砂層以下)の組成では、平野の直上流側に分布する付加体起源の砂粒の割合が高いことが示された。現段階の採取試料で見る限り、「最上部陸成層」中の炭化物の年代は13世紀から18世紀という極めて新しい年代値(中世から近世)を示した。また、「下流平野」に属する安佐南区緑井の自然堤防状微高地からは、砂鉄製錬滓由来の鉄滓粒が見出され、「デルタ」の各試料からは鉄錆片(鍛造鉄器片)を含む幾つかの鍛冶関連物質粒が認められた。 これらの年代や人工物質の存在は、太田川上流部でのたたら製鉄やそれに伴う砂鉄採取が行われていた時期とも重なることから、花崗岩類起源の割合が高い堆積物は、当時の砂鉄採取によって廃出された土砂の影響をかなり受けたものと見ることができよう。歴史資料によれば、広島藩により1628年に太田川流域の砂鉄採取は禁止されたが、同川下流では引き続き過大な土砂流出・堆積が継続するとともに洪水被害が頻発し、「デルタ」では河道の固定(堤防強化)や「川浚え」と呼ばれた河道からの砂排除が行われるようになったという。こうした人為的営為も「デルタ」の微地形特徴に寄与したとみられる。4.まとめ 太田川下流の「デルタ」(広島デルタ)は教科書などで典型的なデルタとして扱われてきたが、自然堆積範囲は狭く、干拓地を含めて「最上部陸成層」の形成には、たたら製鉄に伴う砂鉄採取による廃土が大きく関与したものとみられる。また「デルタ」上の各河道に沿う微高地は、主に近世に二次的な地形改変を受けつつ形成されたものである。 本発表では微高地そのものと対応する堆積物の分析は行えなかったことや、「デルタ」の堆積物からは直接に砂鉄製錬に由来する鉄滓粒の確認はできなかったが、今後分析試料数を増やして「最上部陸成層」の意義づけや人為関与地形形成の実態把握を進めたい。
著者
住吉 康大
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.122, 2021 (Released:2021-03-29)

現在,日本では「多拠点居住」や「アドレスホッパー」などのように,自ら定住的な生活を離脱し,複数の地域で観光よりも深い関わりを持つ一方,移住ほど強く根付くことはなく,移動を続けることで得られるメリットを享受しようとする生活様式が注目されている.しかし,現時点では新奇な事象であり,十分な研究蓄積がないため,既存の概念との関係を踏まえ,どのように定位するか検討する必要がある.既に,同様の生活に対して「複数地域居住」や「多拠点生活」など,様々な呼称が林立している状態であり,研究を進める際の大きな障壁となっている.報告者は,この状況を踏まえて,「個人が,主体的に,特定の地域・拠点を基盤とした定住的な生活を離脱して,恒常的な移動を中心に据えた生活を志向する変化」に注目することが重要であると考え,「脱定住化」として提起した.本発表では,生活の質を重視した主体的な移動行動である点が類似している「ライフスタイル移住」の概念と,恒常的な移動を前提とした生活であるという点が類似している「ノマド」の概念とに関する先行研究を検討し,新たに「脱定住化」を導入する意義について考察する.
著者
勝又 悠太朗
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.159, 2021 (Released:2021-03-29)

1.研究背景と目的 1991年の経済自由化を契機に,インドは急速な経済成長を経験している。このような中で,都市化の進展や大都市の発展,郊外空間の拡大,工業地域の形成,都市農村間の結合の強化など,急激な空間的変化が生じている(岡橋,2015)。しかし,経済成長の程度には地域ごとに差異があり,地域格差の拡大も確認される。 本研究の取り上げるウッタル・プラデーシュ州(以下,UP州)は,経済的後進性を示すヒンディーベルトに位置し,インドにおいて最大の人口を有する州である。そのため,雇用機会が限られ,膨大な余剰労働力をかかえているため,就業を目的とした州外への人口移動が顕著に進んでいる(宇佐美・柳沢,2015)。本研究は,インドのセンサスデータを使用し,UP州の人口動態を分析することを目的とする。 2.UP州の概要と人口特性 UP州は,インド北部に位置する。2011年の人口は199,812,341人であり,インドの総人口の16.5%を占めている。1991年の人口(132,061,653人)と比較すると,増加率は51.3%となり,インド全体(43.1%)を大きく上回る。 同州の人口を都市・農村別にみると,農村人口が77.7%と多くを占める。一方,人口100万人以上の大都市も州都のラクナウを含め7つ所在する。また,同州の一部は,デリー首都圏地域(以下,NCR)に含まれ,ノイダやガージヤーバードはデリーの郊外都市として発展をみせている。3.UP州における人口移動 2011年のセンサスデータをもとに,UP州における州間人口移動(5年以内)の地域的特徴を検討する。同州の州間人口移動を流入移動と流出移動に分けると,前者が892,750人,後者が3,037,088人と200万人を超える流出超過を示している。これは,インドの州の中で最多の流出超過数である。 UP州への流入移動をみると,最大の流入元州はビハール州(218,968人)である。これにデリーとマディア・プラデーシュ州が続き,いずれも移動者は10万人を超える。近隣の州からの移動が卓越するが,デリーからの移動はNCRの郊外発展を反映したものと思われる。 一方,UP州からの流出移動は,マハーラーシュトラ州の727,234人を最多に,デリー,グジャラート州,ハリヤーナー州の順となる。高い経済成長を示すインド西部とデリーおよびその周辺への人口移動が活発であることがわかる。 発表では,経年変化を踏まえた分析や県レベルでの集計データを使用した分析についての考察も行っていく。
著者
市川 康夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.53, 2021 (Released:2021-03-29)

本報告では、フランスにおいて農村移住はいつ始まりどのように展開し、その特性はいかなるものなのかを提示したい。そのために、過去の文献や調査資料、公表データからフランス田園回帰の展開を整理し、実際の移住者たちについて都市郊外農村(ジュラ県)、山地農村(オート・ロワール県)での聞き取りからフランス農村移住の生活の実態とその特性をみることにしたい。 フランスの農村移住の展開は以下の「3つの波」に整理されると考える。第1の波は、1968年の五月革命が発端であり、運動に挫折した若者たちは,都市社会や資本主義から逃避し,理想郷を求めて南フランスの山村を目指した。ヒッピー文化に影響を受けていた彼らは,南仏のセヴェンヌ地方を中心に,孤立した農村廃墟や小集落に共同体を組織した。こうした、「反体制文化(カウンター・カルチャー)」としての農村移住によって、300〜500ほどの共同体が乱立し,そこで暮らす若者の総計は冬季におよそ5千〜1万人,夏季には3万〜5万人に上った。これは、「大地へ帰れ」運動と呼ばれ、1970年代にはエコロジー思想や有機農業の拡大とともに一般的な層にも農村移住は拡大した。 第2の波は、1980年代からの「家族による移住」の時代であり、農村移住における大衆化の時代ともいえる。都市化の影響が周辺農村において強くなったことで、郊外の田園化が進み、中流階級の子育て世代や教育水準の高い層が多く移住するようになり、都市にはない農村アメニティを「理想郷」とみなした。それ以外では、経済の停滞や失業率の増加によって、農村へと逃れる層も現れ、移住者の多様化も同時に進展した。 第3の波は、2000年代以降であり,「新たな自給自足経済」を求める人々の出現である。彼らはリベラル運動やラディカルな思想,アルテルモンディアリストやエコロジストであり,「新たな社会運動」に属する人々である。それと同時に、富裕層やベビブーマーの退職移動なども進んでいる。 フランスの田園回帰は全体で一様に進展しているわけではない。農村でも都市近郊農村や観光産業やリゾートに近接する地帯に偏っている。例えば、都市近郊ではパリやリヨンの大都市圏のほか、ブルターニュ地方などが該当する。海辺では、南仏地中海沿岸や大西洋岸のリゾート地域、あるいはアルプス地域の周辺農村も流入者が多い。農村移住は、社会階層によっても特徴が異なり、上級管理職・知的専門職が大都市との近接を重視するのに対し、ブルーカラー層は遠隔地への移住割合が高い。一方、退職後におけるこの傾向は全く逆になり、年収が高いほど遠くへの移住を求める特性を示す。 都市郊外農村として、ジュラ県の村を事例に挙げる。この村では、1970年代から人口回帰が始まり、当時から人口は約2倍にまで回復した。本調査では、1990年代以降の流入者を移住者と定義し、彼らにヒアリングを行った(12組)。その結果以下が明らかになった。移住者の多くは公務員職であり、いずれも同県か近隣の県の出身者である。彼らは、就職や結婚といったライフステージのなかで都市間の転居移動を経て、子どもの誕生や庭付き戸建ての取得を契機に理想の住環境を求めて事例村へと辿り着いている。彼らは、自主リフォームを行うものが多く、古い農村家屋を購入後、週末を利用して家屋や納屋を改修し、数年かけて移住を果たしていた。移住者が評価する農村は、「勤務地との近接性」、「住環境としての静けさ」であり、カンティニ村は若年カップルや子育て世代、戸建て住宅取得を目的とした中流階級の移住という、フランスの現代農村移住の典型をよく表した事例といえる。 山村に定着した移住者の事例として、オーベルニュ地方への就農者たちを取り上げたい。サンプルは少ないが、ライフヒストリーを含むロングインタビューを3組の移住農家に行った。フランスでも保守的なオーベルニュ地方にあって、彼らの就農は容易ではなく、農地の取得や拡大が困難であり、また政策的な援助や就農支援も不足しているなかでの移住と就農を経てきた。彼らに共通しているのは、いずれも大規模農業の正反対として、オルタナティブな農業のあり方を模索している点である。それは換言すれば農薬・化学肥料への対抗や自然栽培、独自の地方品種の採用や山村イメージの付加などを通じた「生産の質」の追求である。とりわけ、有機栽培、互助組織、マルシェ、生計へのツーリズムの導入は彼らにとって重要な意味を有している。彼らは、前述でいう第3の波に属する移住者であり、エコロジーや反グローバル化の思想を背景に有し、中央高地の山村という困難な場所であえてそれを実践することに、意義を見出しているともいえる。
著者
村山 良之 小田 隆史
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.59, 2021 (Released:2021-03-29)

1 東日本大震災における大川小学校の被災 2004年3月,宮城県第三次地震被害想定報告書が公表された。同報告書内の宮城県沖地震(連動)「津波浸水予測図」(https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/95893.pdf)によれば,石巻市立大川小学校(当時)や付近の集落(釜谷)までは津波浸水が及ばないと予測され,同校は地区の避難所に指定されていた。1933年昭和三陸津波もここには到達せず,1960年チリ地震津波についても不明と,この地図には記されている。しかし,想定地震よりもはるかに大規模な東北地方太平洋沖地震による津波は,大川小校舎2階の屋根に達し,釜谷を壊滅させた。全校児童108名のうち74名(津波襲来時在校の76[MOユ1] 名のうち72名),教職員13名のうち10名(同11名のうち10名)が,死亡または行方不明となった(大川小事故検証報告書,2014による)。東日本大震災では,引き渡し後の児童生徒が多く犠牲になった(115名,毎日新聞2011年8月12日)が,ここは学校管理下で児童生徒が亡くなった(ほぼ唯一の)事例であった。2 大川小学校津波訴訟判決の骨子 2014年,第三者委員会による「大川小学校事故検証報告書」発表の後,一部の児童のご遺族によって国家賠償訴訟が起こされた。2016年の第1審判決では,原告側が勝訴したが,マニュアルの不備等の事前防災の過失は免責された。しかし,第2審判決では事前の備えの不備が厳しく認定され,原告側の全面勝訴となり,2019年最高裁が上告を棄却し,この判決が確定した。 同判決における学校防災上の指摘は,以下の通りである(宮城県学校防災体制在り方検討会議報告書,2020を一部改変)。① 学校が安全確保義務を遺漏なく履行するために必要とされる知識及び経験は,地域住民が有している平均的な知識及び経験よりも,遙かに高いレベルのものでなければならない(校長等は、かかる知見を収集・蓄積できる立場にあった)。② 学校が津波によって被災する可能性があるかどうかを検討するに際しては, 津波浸水域予測を概略の想定結果と捉えた上で, 実際の立地条件に照らしたより詳細な検討をすべき 。③ 学校は,独自の立場から津波ハザードマップ及び地域防災計画の信頼性等について批判的に検討すべき。④ 学校は,危機管理マニュアルに,児童を安全に避難させるのに適した避難場所を定め,かつ避難経路及び避難方法を記載すべき。⑤ 教育委員会は学校に対し, 学校の実情に応じて,危機等発生時に教職員が取るべき措置の具体的内容及び手順を定めた 危機管理マニュアルの作成を指導し,地域の実情や在校児童の実態を踏まえた内容となっているかを確認し,不備がある時にはその是正を指示・指導すべき。 災害のメカニズムの理解と,ハザードマップの想定外を含むリスクを踏まえ,自校化された防災を,学校に求めるものである。3 大川小学校判決と地理学が果たすべき役割 大川小判決確定を受けて,「在り方検討会」は,2020年12月「宮城県学校防災体制在り方検討会議報告書」を発表し,判決の指摘や従前の取組を踏まえて,以下の基本方針を提示した。① 教職員の様々な状況下における災害対応力の強化② 児童生徒等の自らの命を守り他者を助ける力の育成③ 地域の災害特性等を踏まえた実効性のある学校防災体制の整備④ 地域や関係機関等との連携による地域ぐるみの学校防災体制の構築 ここにある③だけでなく,4つの全てにおいて,学校や学区の災害特性について学校教員が適切に把握できることが前提となり,専門家や地域住民との連携が求められる。そのためには,災害に対する土地条件として指標性が高い「地形」の理解が有効かつ不可欠である。このことは,地理学界では常識と言えるが,学校現場(および一般)には浸透していない(小田ほか, 2020)。ハザードマップの想定外をも把握できるよう,たとえば「地形を踏まえたハザードマップ3段階読図法」(村山,2019)等の教育が求められよう。 大川小判決は,教員研修や教員養成課程において,地理学や地理教育が果たすべき役割が大きいことを示している。2019年度からの教職課程で必修化された学校安全に関する授業や免許更新講習等において,また,高校で必修化される「地理総合」において,地理学および地理教育は,最低限必要な地形理解や地図読図力の向上に貢献し,もって学校防災を支える担い手を増やしていく必要があると発表者らは考える。
著者
桐越 仁美
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.101, 2021 (Released:2021-03-29)

1990年代以降、アジア人によるガーナの商業分野への投資・参入がみられるようになった。なかでも中国人については、小売業への進出が急速に進んでいる。近年は、西アフリカのムスリム商人が中国製の商品を内陸乾燥地域に大量に輸送しており、以前に増して中国製品を目にする機会が多くなった。西アフリカのムスリム商人たちは、ガーナの中南部の都市クマシにて、中国製の商品を入手し、内陸乾燥地域へと輸送している。多くの場合、ムスリム商人たちは古くからの交易路を通じて商品を内陸乾燥地域へと輸送している。本発表は、西アフリカのムスリム商人が商業ネットワークを域内で構築・拡大させてきた軌跡を概観したのち、そのネットワークを中国商人にまで拡大させていく過程について、一考察を加えることを目的とする。 本発表では、コーラナッツ交易と関わりをもつ西アフリカのムスリム商人のキャリア形成に着目する。ガーナの都市や農村にみられる「ゾンゴ(zongo)」という地区には、多くのムスリム商人が滞在している。そこで取引における中核を担っているマイギダ(maigida)と呼ばれる人びとのなかには、中国商人との交渉を担っている人物がおり、ムスリム商人間では彼らを通じてでないと取引ができないと認識されている。キャリア形成に関する聞き取り調査からは、多くの若手商人が中国人との取引を将来的な目標としているものの、まずはマイギダに接触し、彼らに実力を認められる必要があると考えていることが明らかになった。
著者
佐藤 浩 宇佐見 星弥 石丸 聡 中埜 貴元 金子 誠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.167, 2021 (Released:2021-03-29)

中村ほか(2020)は,2018年北海道胆振東部地震(Mj 6.7)の被災域において岩盤地すべりの分布図を明らかにした。この分布図では,本地震による変動・非変動が分類されている。本分布図から岩盤地すべりのポリゴンデータを生成した。地震時SAR干渉画像によれば,この分布域は本地震の隆起域より北西側に当たるので,地殻変動による変位と断層との関係は必ずしも明らかになっていないが,断層からの距離に応じた岩盤地すべりの頻度をGIS解析した。その結果,本地震で変動した岩盤地すべりは,断層の直近(距離600〜800 m)で多発する場合や2 km以上離れた場所で多発する場合がみられた。