- 著者
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今井 猛嘉
- 出版者
- 法政大学
- 雑誌
- 奨励研究(A)
- 巻号頁・発行日
- 2000
1.今年度もEUに見られる刑事実体法・手続法の統合への動きをフォローし、その理論的意義を検討した。2.手続法の分野では、EU加盟国相互での手続の統一化を目指す動きが加速されており、重要な進展が見られた。具体的には、EUROJUSTが設置されるとともに、ヨーロッパ共通逮捕状の新設も合意された。後者はEU域内でのテロ対策として、特に、2001年9月11日のアメリカにおける同時多発テロを受けて議論され、提案されたものである。ヨーロッパ共通逮捕状の実施条件に関する最低限の情報は集めたので、今後は、この具体化をフォローしたい。合わせて、ヨーロッパ検察設立の動きについても、理論的な検討を開始した。3.実体法の分野でもEU統一刑法にむけた動きに進展が見られ、個別の重要な犯罪に即して統一を図っていくという現実的なアプローチが特徴的であった。2001年度に確認された、EU実体刑法に関する重要な点は、次のとおりである。(1)EUの財政的利益保護を図るため、EUに対する詐欺罪(fraud)の処罰が、各国レベルで要請されている。それを受けて、例えば、ドイツでは、刑法264条(補助金詐欺罪)が新設され、既にその運用が始まっている。(2)賄賂罪(corruption)に対する各国の政策を統一する動きも進んでいる。これは、EUがOECDの勧告を尊重する形で、EU加盟各国に相当の対処を要求しているものである。賄賂罪の実体的要件を各国で統一するには至っていないが、賄賂罪の実行に付随して犯されやすいマネー・ロンダリングの防止については、つい最近、EUが、統一的な犯罪構成要件の提示を行った。今後の動向が注目される。(3)(1)、(2)を包括する形で、統一したEU刑法典を作ろうという動きも数年前から生じており、刑法学者のグループにより、Corpus Jurisが発表されている。これは、各国の伝統的な理解を超える提案も含んでおり、注目される。例えば、その13条は、法人処罰を規定するが、ドイツでは法人は処罰されず、OwiG[一種の行政刑法]によって課徴金が科せられるに止まる。しかし多国籍企業の違法活動には各国レベル、少なくともEUレベルでは統一した処理が望ましいから、ドイツにおいても法人処罰に踏み切るべきではないかが議論されている。近時、政府の諮問機関は、法人処罰に反対する旨を表明したが、今後の政策変更もありうるようであり、引き続いた検討が必要である。(4)以上のように、EU全般にわたる実体刑法の領域では、fraud, corruption, money-launderingが主たるtopicsとなり、可能な限りで加盟各国の犯罪構成要件を統一しようとする動きが具体化していることが確認された。我国も、この三つの犯罪につき、国際標準に合致した条文を作ることが要請されているので、本研究で得た知見を立法論的提言にまとめたいと考えている。4.以上から理解されるように、EU刑事法は、この二年間でかなりの進展が見られたが、昨年の米国多発テロ後に急進展した分野も多く、今まさに、関連情報が入手可能となりつつある。そのため、研究年度中に一定の結論を見出すことは困難であった。2002年度においても、鋭意、研究を継続していく所存である。