著者
吉村 彩 武藏 学 金子 壮朗 大西 俊介 折戸 智恵子 川原 由佳子 橋野 聡 森松 正美 今野 哲 有川 二郎 石井 哲也 澤村 正也 上田 一郎
出版者
一般社団法人 日本アレルギー学会
雑誌
アレルギー (ISSN:00214884)
巻号頁・発行日
vol.63, no.8, pp.1132-1139, 2014-09-01 (Released:2017-02-10)

【目的】北海道大学で発生したマウス咬傷によるアナフィラキシー事例を踏まえ,アレルギー予防対策の構築を目的として,動物実験を実施する学生及び職員の動物アレルギーの感作状況を調査した.【方法】齧歯類等の取扱者で同意を得た555名を対象に問診票と実験動物5種に対する特異的IgE抗体と好酸球数測定によるアレルギー健診を実施した.【結果】特異的IgE抗体陽性率(陽性者数/取扱者数)は,マウス14.1% (62/441名),ラット17.9% (50/279名),ハムスター18.8% (6/32名),モルモット17.4% (4/23名),ウサギ11.3% (12/106名)であった.マウス取扱者においては,動物に接触した時に何らかのアレルギー症状が現れる場合は,抗マウスIgE抗体陽性率が有意に高いことも判明した(38.1% vs 8.8%, p<0.01).【結論】動物取扱者の感作状況を把握するために,特異的IgE抗体検査を含む健診を実施することが有用であることが示された.
著者
今野 哲
出版者
一般社団法人 日本アレルギー学会
雑誌
アレルギー (ISSN:00214884)
巻号頁・発行日
vol.66, no.7, pp.919-922, 2017 (Released:2017-08-18)
参考文献数
12
著者
今野 哲也
雑誌
玉川大学芸術学部研究紀要 (ISSN:18816517)
巻号頁・発行日
no.11, pp.33-47, 2020-03-31

ゲーテの『ハンノキの王』は、ヘルダーの民謡思想の影響下に書かれたバラードである。『ハンノキの王』は、シューベルトの《魔王》D328の歌詞としても知られているが、その原型を辿ると、デンマークの伝承譚詩にまで遡る。この世の者ならぬ存在が、罪のない若者の命を奪うという筋書きこそ原型から一貫しているが、ゲーテは新たに、「中年男性による少年への誘惑」と「父親の無理解⇒親の子殺し」のモティーフを導入している。本研究の目的は、デンマークの伝承譚詩から『ハンノキの王』が成立してゆく過程を精査しながら、ゲーテの創作の意図を検証することにある。 子供の主張を無視し続けた馬上の父は、啓蒙思想の象徴とも捉え得るし、絶命する息子に、同性愛的な「ギリシアの愛」の対象として、古代ギリシアへの懐古趣味を見て取ることもできるかも知れない。これらの諸要因が総合的に咀嚼された結果、劇的効果をさらに強めるため、ゲーテは「少年愛のモティーフ」を導入したとする見解を述べ、本研究の結論とする。
著者
今野 哲也
雑誌
芸術研究:玉川大学芸術学部研究紀要 (ISSN:18816517)
巻号頁・発行日
no.9, pp.41-53, 2018-03-31

本研究の目的は、F. シューベルトの歌曲《ドッペルゲンガー》D957―13を対象に、どのような和声技法に基づき、H. ハイネの詩の世界が表現されているのかを検証することにある。この歌曲で展開される和声上の特徴は、①パッサカリアの手法、②「属7の和音」とその変容体としての「増6の和音」、③「属7の和音」と「ドイツの6」を媒体とする異名同音的転義に集約されよう。合計4回現れるパッサカリア主題内部のドミナントは、「属7の和音」から「ドイツの6」へと順次変容してゆくが、その実それは、この歌曲の唯一の転調部分からの離脱和音であることの布石にもなっている。その転調部分は、この歌曲の主人公とも言える「ある男」惑乱が最高潮に達する場面でもある。これらの和声的特徴は、歌詞と密接に連関しており、「ある男」がゆっくりと、確実に狂気へと突き進んでゆく様を表現する上でも、必要不可欠なものであったと、本研究は結論付けるものである。
著者
今野 哲也
雑誌
玉川大学芸術学部研究紀要 (ISSN:18816517)
巻号頁・発行日
no.11, pp.33-47, 2020-03-31

ゲーテの『ハンノキの王』は、ヘルダーの民謡思想の影響下に書かれたバラードである。『ハンノキの王』は、シューベルトの《魔王》D328の歌詞としても知られているが、その原型を辿ると、デンマークの伝承譚詩にまで遡る。この世の者ならぬ存在が、罪のない若者の命を奪うという筋書きこそ原型から一貫しているが、ゲーテは新たに、「中年男性による少年への誘惑」と「父親の無理解⇒親の子殺し」のモティーフを導入している。本研究の目的は、デンマークの伝承譚詩から『ハンノキの王』が成立してゆく過程を精査しながら、ゲーテの創作の意図を検証することにある。 子供の主張を無視し続けた馬上の父は、啓蒙思想の象徴とも捉え得るし、絶命する息子に、同性愛的な「ギリシアの愛」の対象として、古代ギリシアへの懐古趣味を見て取ることもできるかも知れない。これらの諸要因が総合的に咀嚼された結果、劇的効果をさらに強めるため、ゲーテは「少年愛のモティーフ」を導入したとする見解を述べ、本研究の結論とする。
著者
今野 哲也 Tetsuya Konno 国立音楽大学音楽研究科
雑誌
音楽研究 : 大学院研究年報 (ISSN:02894807)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.123-138, 2010-01-01

本研究は、アルバン・ベルク(Alban Berg 1885-1935)の《4つの歌 4 Lieder》作品2(1909-10)より、第2曲「眠っている私を運ぶSchlafend tragt man mich」、および第3曲「今私は一番強い巨人を倒した Nun ich der Riesen Starksten uberwand」の2曲について考察するものである。ベルクは、作品2の第4曲「微風は暖かくWarm die Lufte」から無調性へと移行したと言われていることからも、この第2、3曲は和声語法上の転換点として捉えられる。しかし実際に分析を進めてみると、従来の方法での和声分析が充分可能であることが分かった。本稿の目的は、和声分析を主な観点としながら、詩の内容と関連させながら考察を進め、この2曲がどのような楽曲構造を形成しているのかを明らかにしてゆく事である。尚、研究方法は、調性作品として分析が可能であることから、島岡譲(Yuzuru Shimaoka 1926-)分析理論を基本的に用いることとする。歌詞はドイツ生まれのユダヤ人、アルフレート・モンベルト(Alfred Mombert 1872-1942)の連作詩、『灼熱する者Der Gluhende』(1896)全88編の中から選ばれている。モンベルトは表現主義の過度期の作家として分類され、ニーチェ(Friedrich Nietzsche 1844-1900)からの影響も指摘されている詩人である。第2、3曲の詩を考察してみると、ロマン派までの文学で慣用的に用いられてきた言葉と共に、ニーチェに関連していると思われる言葉も多く見出される。こうした言葉は、和音のひびきや動機の技法によって緻密に表現されており、本稿はこの観点からの考察も進めてゆく。ところで、作品2の分析を進めてゆく過程で、第2、3曲は、構想の段階から、2曲で1つの楽曲構造を形成しているという結論に達した。両者の構造を個別に見てみると、第2曲は「es→Es→Es-As」の3部構造、第3曲は「as→d -F→es-Es」の3部構造となり、それぞれ開始する調とは異なる調で終結する事となる。そこで、第2、3曲がペアで1つの構造を形成していると仮定し、両者の主調をes-mollで一貫させて考察してみると、「es→ Es→Es-As|as→d F→es-Es」という構造が浮かび上がってくる。つまり、中間に位置する「As|as」は、主調に対するⅳ度調として機能しているという解釈が可能となる。こうした楽曲構造と詩の内容とを関連させて考察した結果、主人公が眠りにある状態が描かれている場面では基本的にes-moll(Es-dur)が、アクティヴで覚醒状態にあると思われる場面ではas-moll(As-dur)、そして再び眠りにとらわれてゆく場面では再びes-moll(Es-dur)へと回帰してゆくという見解を持つに至った。本稿の締めくくりでは、以上の分析結果を踏まえながら、作品2全体と、ベルクの初期語法について敷衍する。
著者
今野 哲也
出版者
国立音楽大学
雑誌
音楽研究 : 大学院研究年報 (ISSN:02894807)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.33-48, 2015

本研究は、とくにロマン派以降の作品で愛好され、無調性作品にも多くの例を見出し得る、ひとつのひびき(短3度+短3度+完全4度+短2度の循環)を対象とする。それは伝統的な和声学の中では位置付けがなされなかったが、島岡讓(1926-)の提唱する「クリスタル和音Kristallakkord」(以下"Kr.")は、このひびきの特質を明らかにする試みの第一歩と考えられる。その名称は「このひびきには透明感が感じられ、キラリと光るクリスタルのようだ」という島岡の言葉に由来し、減7の和音の構成音が長2度上方に転位することで生じる、偶発的形態と定義付けられる。島岡による詳細な説明は未公表だが、筆者がテーマとする無調性作品以降の和声分析と連繋させるためにも、Kr.を勘考することは有益と考える。そこで本稿は島岡氏の許諾の下、Kr.の原理を論考しながら、理論化を試みることを目的とする。またその考察を通じて、無調性以降のKr.についても、新たなかたちで認識する。そのため、本研究の関心はまず調性作品に向けられるが、Kr.を理解する上で、島岡が系統立てた理論における「ひびき」と「かたち」、「ゆれ」(転位)と「偶成」、「和音」と「非和音」の概念は不可欠となる。上記の概念の下でKr.は、「ゆれ」の所産による「偶成」であり、伝統的な和声理論のどのような「ひびき」や「かたち」とも一致しない構造を持つため、「偶成非和音」と位置付けられる。「ゆれ」によって生じる同時対斜(減8度・長7度)の緊張度の高い音程が、Kr.の特徴となる。また「偶成」である以上、Kr.はつねに「ゆれ」の解決を前提とする必要があるし、減7の和音が原和音ならば、「ゆれ」の解決の後には限定進行音を正しく解決させる必要もある。本稿は考察の便益上、Kr.をI型:「ゆれ」の解決音を伴うタイプと、II型:「ゆれ」の解決音が同時に配置されるタイプに区分し、減7の和音のどの構成音が「ゆれ」るかで∩3型、∩5型、∩7型、∩9型に区分する。たとえば∩7型のKr.は、L.v. ベートーヴェン(1770-1827)《ピアノ・ソナタ第30番ホ長調》作品109の第I楽章の第9〜10小節のドミナントの中に見出されるし、∩9型は、M. ラヴェル(1875-1937)《ソナティナ》第III楽章の第76〜94小節に、「ゆれ」(短調の固有音[vii])と、構成音の導音[↑vii]に生じる同時対斜(減8度)による、絶巧な用法も見出される。 Kr.の理論化を試みた結果、それはつねに「偶成非和音」に類別され、何らかの「和音」に照らし合わせて論ずることが困難であった点に、従来の和声学で位置付けがなされなかった理由を、本稿は観取する。そして無調性以降に見られるKr.は、19世紀〜20世紀の調性と無調性に関して、より鮮明なかたちで、「偶成」から「和音」へと認識された「ひびき」が存在したことを裏付ける、ひとつの証左と仮説付けるものである。