- 著者
-
北岡 志保
- 出版者
- 公益社団法人 日本薬理学会
- 雑誌
- 日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
- 巻号頁・発行日
- vol.155, no.6, pp.390-394, 2020 (Released:2020-11-01)
- 参考文献数
- 10
既存の抗うつ薬の多くはモノアミンなどの神経伝達物質の作用を調節するが,一部の患者で十分な効果が得られないため,新たな創薬標的の開発が期待されている.近年,うつ病患者の血中で炎症関連物質が高値を示すことから炎症の関与が注目されるものの,うつ病発症と炎症との因果関係は不明であった.社会や環境から受けるストレスは精神疾患のリスク因子であることから,動物に繰り返しストレスを与える反復社会挫折ストレスがうつ病の動物モデルとして使用されている.このモデルを用い,著者らはプロスタグランジン(PG)E2がPGE受容体EP1を介して内側前頭前皮質ドパミン系を抑制することによりうつ様行動を誘導することを示し,ミクログリアに選択的に発現するPG合成酵素シクロオキシゲナーゼ-1がうつ様行動の誘導に必須であることを見出した.この研究を発展させ,反復ストレスによりTLR2/TLR4を介して活性化された内側前頭前皮質ミクログリアがTNFα,IL-1αを放出し,反復ストレスによる神経細胞の応答性や形態の変化を誘導した結果,うつ様行動が誘導されることを示した.これらの結果から,反復ストレスによる情動変容の誘導に脳内炎症が関与すること,またその分子実体が明らかとなった.炎症を標的とした創薬を行うには,病態を培養細胞で再現した疾患モデル細胞が不可欠である.そこで,炎症が病態に深く関わる神経変性疾患を対象とし,炎症に着目した精神・神経疾患の創薬プラットホームを開発することとした.筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者由来のiPS細胞から分化した運動神経細胞は通常の培養条件下では健常者由来の細胞と同程度の生存率であるが,活性酸素を誘導するヒ素の存在下では生存率が低下した.そこで,この培養条件を用いてALS治療薬の候補化合物を同定した.本創薬プラットホームはALS以外の幅広い精神・神経疾患に応用可能であると期待される.