- 著者
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友部 謙一
- 出版者
- 日本人口学会
- 雑誌
- 人口学研究 (ISSN:03868311)
- 巻号頁・発行日
- no.14, pp.p35-47, 1991-05
- 被引用文献数
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4
本稿は近世日本農村における全国および地域別の婚姻出生力を「自然出生力分析」を通じて再考察したものである。自然出生力はフランスの人口学者ルイ・アンリにより考案された概念であるが,ヨーロッパの出生力低下を考察するなかで,多くの研究者がその重要性に言及するようになった。なかでもコール&トラッセルモデルは自然出生力水準(M)と出生制限指標(m)を推計する計量モデルであり,修正と開発を繰り返すなかで出生力分析に不可欠な実証的手段となった。本稿はこのモデルを中心に近世日本農村におけるM値とm値を推計している。分析を通じて明らかになったことは,第一に出生制限指標(m)から判断するかぎり,近世日本農村では出生制限を実行していた可能性は低く,その意味で, 17世紀後半以降の近世日本農村は「自然出生力レジーム」にあったこと,第二に出生制限の程度にかんしては,同時に地域差および村落差も大きく,「自然出生力レジーム」とはいえ,その成果としての婚姻出生力の動向には短期的な時間軸や地域特性を考慮した解釈が必要になること,第三に近世日本農村の自然出生力水準は,西欧のなかでも低い水準で知られるイングランドと比較して20%近く低く,日本のなかでもっとも低い水準の関東・東北では,実にイングランドの70%程度でしかなかったことなどである。分析対象とした村数やその地域的分布を考慮すると,本稿の結果は中間的かつ暫定的なものと考えるべきであろう。また,それはサイズだけの問題ではなく,出生制限の有無はモデル指標値の大きさとともに,ミクロデモグラフィーを駆使した出生力分析との対話のもとに探究されるべきである。本稿では西欧の研究成果を紹介しながら,近世日本農村というコンテクストのなかでその方向性を探究している。