著者
古川 不可知
出版者
日本南アジア学会
雑誌
南アジア研究 (ISSN:09155643)
巻号頁・発行日
vol.2017, no.29, pp.144-177, 2017-12-31 (Released:2018-10-31)
参考文献数
30

本稿では、トレッキング/登山観光の一大メッカとして知られるネパール東部のソルクンブ郡クンブ地方を対象として、ヒマラヤの山間部で荷を運ぶとはいかなる営みであるかという問いを中核に次の三点について論じる。①クンブ地方では観光産業の発展に伴って荷運び労働が階層化してきたこと、②周辺地域から流入して商店などの荷をキロ単価で運ぶ、「ローカル・ポーター」と呼ばれる人々の具体的な実践を報告すること、そして③ローカル・ポーターたちが、自らの仕事よりも相対的に良い仕事とみなすトレッキング・ポーターへの参入に、荷運びを通した階層上昇の希望を見出していること。これらの考察を踏まえたうえで、観光地化が進んだエベレスト地域のポーターたちは、苦痛(ドゥカ)に満ちた荷運びのなかに、外国人を介した発展(ビカス)の場への接近という希望を見出していることを指摘する。
著者
古川 不可知
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第57回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.A10, 2023 (Released:2023-06-19)

本発表の目的は、日本における一般登山とキャンプの実践を取り上げ、「戸外outdoor」にあることが持つ意味と、そこから想像される理念的な「ホーム」について考察することである。具体的には、①戸外と人類学がどのような関わりのもとにあるのかを整理する。②現代日本のアウトドア観光における語りと実践を、登山とキャンプを対比しつつ報告する。③あるべきホームが戸外からどのように想像されているのかを論じる。
著者
古川 不可知
出版者
日本メルロ=ポンティ・サークル
雑誌
メルロ=ポンティ研究 (ISSN:18845479)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.91-108, 2022-09-17 (Released:2022-09-17)

The purpose of this paper is (1) to review Ingold’s argument with a focus on his reading of Merleau-Ponty, and (2) to discuss the bodily practices of the people who walk through the mountainous terrain in the Himalaya. Maurice Merleau-Ponty was one of the philosophers who understood anthropology quite profoundly, and his ideas were widely accepted in a series of studies categorized as phenomenological anthropology. Recently his influence is prominent in some of the anthropological works associated with the so-called “ontological turn” in anthropology. Above all, Tim Ingold, while being critical of the term “ontological turn”, has deeply relied on Merleau-Ponty’s thought and has promoted to deconstruct the nature-culture dualism. Ingold has regarded the primordial condition of the human being as an organism-person immersed in a flow of the medium. He, in particular, emphasizes the importance of sharing the rhythm of the walk to understand others in such an open world. In this paper, I depict the bodily practices of the Sherpas people who walk with tourists and livestock, and find their paths in the ever-changing environment of the Himalayas.
著者
古川 不可知
出版者
現代文化人類学会
雑誌
文化人類学研究 (ISSN:1346132X)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.34-53, 2021 (Released:2022-01-29)
参考文献数
48

シェルパの人々が居住するネパール東部のソルクンブ郡クンブ地方は、全域がユネスコ世界遺産の自然遺産に登録された山岳観光地である。エベレストをはじめとするヒマラヤの山々を眼前に望むこの地域には、毎年多くの観光客がその自然を見るためにやってくる。他方で観光客の流れはいまやエベレストの頂上にまで達し、人間から切り離された領域としての自然はもはや想像もしがたい。 本稿の目的は、自然/文化という素朴な世界の見方が問い直されつつある現在において、「自然的なるもの」をどのように考えてゆけばよいのか、ヒマラヤの「大自然」を背景に検討することである。本稿ではティム・インゴルドの自然と環境をめぐる議論を手掛かりとしながら、対象化された自然という領域が想像される以前に、私たちは有機体かつ人格として環境内に位置付けられているという事実を確認し、「環境の中の私」を自然的なるものを記述するための立ち位置として定める。そのうえで山間部における道のあり方を事例に、環境の中における存在とは関係的なものであることを指摘し、「自然」についても同様であることを主張する。 そして米国のNGOが現地の若者に自然教育をおこなう登山学校の事例を取り上げながら、単一の自然とそれを解釈する複数の文化という図式が生じる手前の環境から、複数の自然的なるものが立ち現れ、接触する様相を考察してゆく。結論となるのは、同じ物理的環境でも自然は別様に立ち現れること、また他者に立ち現れる自然は注意の向け方を通して学びうるものであり、とりわけ他者とともに高山中を歩くことを生業としてきたシェルパの人々は、パースペクティヴを切り替えながら複数の自然を生きていることである。
著者
古川 不可知 Furukawa Fukachi フルカワ フカチ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.36, pp.119-137, 2015-03-31

ネパール東部のソルクンブ郡はシェルパ族の居住地である。エベレストの麓にあたるこの地域はトレッキング/登山観光の一大メッカであり、観光シーズンには多くのネパール人ガイドたちが観光客を案内して山道を行き交う。様々な民族的出自を持つガイドやポーターたちは、しばしば観光客たちから「シェルパ」として言及され、ときにはまた自らも「シェルパ」を名乗って観光産業に参与している。本稿の目的は、民族範疇とはズレを持ちつつ重なり合った「シェルパ」という職業カテゴリが、現地においてどのように語られ、実践され、また再生産されているかを、ソルクンブ郡のある村でネパール人を対象に開校される登山学校を事例として分析することである。ここでは、シェルパ族を中心にネパール各地から集まってきた生徒たちが、米国人講師の指導のもとでアイス・クライミング(氷壁登攀)の技術を中心とした登山スキルを習得する。学校では、外国人やシェルパ族、「シェルパ」として働くシェルパ族ではない人々などによって多様な「シェルパ」の理念や枠組みが提示され、生徒たちは「山で道案内するシェルパ」となるために訓練を通して自らの生活環境を対象化してゆく。生徒たちは、「シェルパ」の概念や登山用具などのモノ、環境中に道を作りだす実践などを通して職業としての「シェルパ」へと成型されてゆくのである。