- 著者
-
和田 岳
- 出版者
- 日本鳥学会
- 雑誌
- 日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
- 巻号頁・発行日
- vol.42, no.2, pp.41-51,77, 1994-03-25 (Released:2007-09-28)
- 参考文献数
- 17
京都大学構内の6.1haの調査地において,キジバト(Streptopelia ortentalis)の繁殖に関する観察を行なった.キジバトは京都では一年中観察することができ,京都大学構内でも樹木に巣をかけて繁殖している.鳥類において,繁殖に古巣を利用する例は多く知られている.そのうち樹洞で繁殖を行なう種や猛禽類のなかには,新しく巣を造るという選択ができずに古巣を利用していると考えられるものもある.一方で新しく巣を造ることができ,また事実新しく巣を造ることがあるにも関わらず,古巣を利用する種もある.このような種の古巣利用に影響を与える要因としては,繁殖期の初期には古巣利用の頻度が高いこと,また存在している古巣が多いほど古巣利用の頻度が高いことが指摘されている.キジバトは,新しく巣を造って繁殖するだけでなく,頻繁に古巣を利用して繁殖する.また古巣利用には,過去に自分が利用した巣を再び利用する場合と,他個体によって造られ自分は一度も利用したことのない古巣を利用する場合を区別することができる.そこで本稿では,以前に利用したことがある古巣と一度も利用したことのない古巣とを区別して,どのような要因が古巣利用に影響を与えているかについて分析を行なった.すべての繁殖のうち,47.4%で新しい巣を利用し,14.1%で利用経験のある古巣を,10.9%で利用経験のない古巣をそれぞれ利用した(n=192).新しい巣と古巣,利用経験のある古巣と利用経験のない古巣,いずれの間でも繁殖結果に有意な違いは認められなかった.京都ではキジバトは一年中繁殖を行ない,繁殖のピークは8月から10月であり,12月から3月の間は繁殖はほとんど記録されなかった.新しい巣を利用した繁殖と古巣を利用した繁殖の割合を比較すると,4月から6月には新しい巣が利用される割合が高く,古巣の利用される割合は10月から3月に高かった.一つの巣が繁殖に利用される回数は平均1.56回であり,最大では7回利用された巣もあった(n=123).巣が利用される回数に影響を与える要因について検討すると,巣が長い間存在しているほど,また巣が樹の中で低い位置にあるほど,利用される回数が多いという結果が得られた.キジバトの古巣利用に関わる要因を,周囲に存在する古巣の数や直前の繁殖経験などを考慮して分析した結果,周囲に存在する古巣の数の有意な影響は認められなかった.その一方で,直前の繁殖経験は古巣の利用に有意の影響を与えるという結果が得られた.すなわち,キジバトは新しい巣で繁殖したあと古巣で,古巣で繁殖したあと新しい巣で繁殖する傾向があった,また前回の巣場所から離れた場所で繁殖する場合,利用経験のない古巣を選ぶ傾向があった.前回の巣場所から次の巣場所までの距離は,繁殖に失敗したあとの方が,成功したあとよりも大きくなる傾向があった.しかし前回の巣場所から次の巣場所までの距離と,次の繁殖の結果との間に特に関係は認められなかった.2回以上利用された巣において,その利用者がかわったのは37.7%であり,34.8%の場合において利用者はかわらず,残りの例では判断を下すことができなかった(n=69).あるつがいが以前に利用したことのある巣を再び利用する場合,27例のうち26例において,その巣の直前の利用者もまた同じつがいであった(すなわち巣の側から考えると,利用者はかわらなかった).巣の利用者がかわった場合の直前の繁殖成効率は,かわらなかった場合に比べて有意に低かった.しかし利用者がかわった直後の繁殖結果は,かわらなかった場合と比べても有意な差は認められなかった.古巣が利用される割合に季節的な傾向が認められたが,キジバトは一年を通じて繁殖し繁殖期がはっきりしないため,繁殖期の初期に古巣利用の頻度が高いかどうかを充分に検討することはできなかった,周囲に存在している古巣の数はキジバトにおいては古巣利用に影響を与えておらず,単なる古巣の存在が古巣利用を促しているわけではないと考えられる.キジバトの新しく巣を造るか古巣を利用するかという選択に,その前の繁殖経験が影響を与えることがいくつかの分析の結果から示された.また古巣を利用する時,利用経験のある古巣を再び利用するか,それとも利用経験のない古巣を利用するかという選択にも繁殖経験が影響を与えていた.このことは,キジバトが古巣を選ぶ際にこの二種類の古巣を区別していることを示唆していると考えられる.