著者
安田 雅俊 坂田 拓司
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.287-296, 2011 (Released:2012-01-21)
参考文献数
80
被引用文献数
5

九州において絶滅のおそれのあるヤマネGlirulus japonicusについて,過去の生息記録に基づき,分布や生態の特徴と保全上の課題を検討した.62件の文献資料からヤマネの生息記録54件が得られ,8ヵ所の主要な生息地が認められた.九州のヤマネは,低標高の照葉樹林から高標高の落葉広葉樹林まで垂直的に幅広く生息すること,少なくとも秋から冬にかけて3–5頭を出産すること,11月下旬から4月下旬に冬眠することが明らかとなった.英彦山地,九重山,多良岳および肝属山地の個体群については,地理的にも遺伝的にも孤立している可能性が高く,保全には特に配慮する必要がある.県境に位置する孤立個体群の保全には隣県が連携して取り組むことが不可欠である.
著者
岩本 俊孝 坂田 拓司 中園 敏之 歌岡 宏信 池田 浩一 西下 勇樹 常田 邦彦 土肥 昭夫
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 = Mammalian Science (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.1-17, 2000-06-30
被引用文献数
10

The pellet count method proposed by Morishita et al. (1979) has been widely used in Japan to estimate sika deer population density. However, it is limited in that its usage is only for year-based regular pellet samplings. It cannot be used for irregular sampling periods. This study reveals this limitation through experimental findings that pellets do not decay at a constant rate throughout a year. This study also proposes a modified method applicable to any seasonal/regional sampling by taking into consideration seasonally variable decay rates of pellets. In order to estimate month-specific decay rates of pellets from meteorological data, linear regression and fractional equations were established. Then, employing one of the equations, a computer program was written to estimate sika deer density. This modified method is useful for periodic sampling in which pellets are regularly removed after counting, as well as for one-time sampling made in any region and any month. Discrepancies between the results of density estimations from this modified method and those from the conventional one are also discussed.糞粒消失率を年中一定と仮定した糞粒法によるシカの個体群密度推定式は、1年を単位にした調査以外では使えないことが明らかになった。それは、季節的に糞の消失率が大きく異なるからである。この研究では、季節的に異なる消失率をあらかじめ推定することによって、どのような時期や土地で調査をおこなっても、また任意の調査ルーチンを作ってもシカの密度が推定できる計算方法を提唱する。そのために、土地の気象条件により糞粒の消失率を求めるための推定式を考案した。また、その式により得られた各月の連続消失率を使ってシカの密度推定ができるコンピュータプログラムを開発した。本研究の中で明らかになった糞粒の消失率は、従来使われてきた率に比べ数倍高いものであった。今後は、この違いを生んだ原因を探る研究が必要である。
著者
坂田 拓司 岩本 俊孝 馬場 稔
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;特別天然記念物であるカモシカ <i>Capricornis crispus</i>の生息状況を把握するために,文化庁は 1980年代から調査を実施している.九州においては大分・熊本・宮崎 3県にまたがる九州山地を中心に生息しており,3県合同の特別調査がこれまでに 4回実施されている.特別調査では糞塊法による生息密度の推定に加え,死亡要因の把握や植生調査等を実施し,カモシカの生息状況と生息環境の総合的な把握に努めている.1988・89年の第 1回特別調査よって九州における本種の生息状況が初めて明らかになり,分布の中心となるコアエリアとそれらを結ぶブリッジエリアが連続していることが明らかになった.1994・95年の第 2回では九州全体で約 2000頭と推定され,いくつかの課題はあるものの増加傾向にあると評価された.ところが2002・03年の第 3回で大幅に生息密度が減少し,推定頭数は約600頭と激減した.さらに分布域が低標高化した.2011・12年の第 4回では低密度化と低標高化に変化は見られず,絶滅の危機は継続していると評価された.本報告では過去 4回の結果を概観し,九州におけるカモシカ個体群の変遷とその要因,併せて絶滅危機回避に向けた展望について述べる.<br>&nbsp;カモシカ分布域が人里に近い低標高地に散在することが明らかになった現在,これまでどおりの保護政策では対応できなくなっている.カモシカ個体群は,近年のシカ個体群の増大による様々な間接的影響を受けており,シカ個体群のコントロールが急務である.しかしながら特定種の対策に限るのではなく,国有林における潜在植生への更新を進めるなど,生態系全体を見渡した保護管理が求められている.
著者
船越 公威 坂田 拓司 河合 久仁子 荒井 秋晴
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.351-357, 2013 (Released:2014-01-31)
参考文献数
16

クロホオヒゲコウモリMyotis pruinosusの九州における生息分布は,これまで宮崎県綾町照葉樹林における捕獲記録だけであった.今回,熊本県でも生息が確認されたので報告する.確認場所は熊本県東部の山都町内大臣渓谷にある隧道トンネルの天井の窪みで2007年9月30日,2008年7月27日および8月24日に成獣雄各1頭が確認された.また,2011年11月27日に同トンネルで成獣雌1頭が確認された.背面の体毛は灰黒褐色または黒褐色でクロホオヒゲコウモリの特徴である差し毛に銀色の光沢がない個体もみられた.しかし,側膜がモモジロコウモリM. macrodactylusと違って外足指の付け根に着いていること,九州ではヒメホオヒゲコウモリM. ikonnikoviが分布せず尾膜の血管走行が曲線型でなかったことを考慮して,クロホオヒゲコウモリと判定した.また,熊本県産2個体のミトコンドリアDNA(cytochrome b遺伝子1140 bp)を解析した結果,クロホオヒゲコウモリであることが支持されたが,種内の遺伝的変異が比較的大きく地理的変異があることが認められた.前腕長や下腿長は九州産の方が本州・四国産よりも大きかった.頭骨の形状についても,九州産では本州・四国産のものに比べて頭骨基底全長が短く,眼窩間幅や脳函幅が広かった.頭骨計測8項目を基に主成分分析を行った結果,九州産は本州・四国産との間で明瞭に分離された.