著者
松本 光太郎 小林 敦子 梅村 坦 大野 旭 松本 ますみ 高橋 健太郎
出版者
東京経済大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

平成19年度科学研究費補助金研究成果報告書は、3年間の調査研究の成果と、本プロジェクトの最終年度に開催された国際シンポジウム「移動する中国ムスリム-ヒトと知識と経済を結ぶネットワーク」の報告内容を整理し、作成したものである。その際、本科研プロジェクトの課題として提示した三つのテーマを軸としている。その三つのテーマとは次のとおりである。一つ目に、中国ムスリムの越境移住の実態について調査を行うことである。中国ムスリムは中国国内における人口流動のみならず、迫害や留学、労働移民、宗教指導者の動きやメッカ巡礼などによって、国境を越えて移住し、コミュニティを形成している。移住や定着にともなって、社会構造や文化にどのような変化が生じたのかという点が、本報告書で解明しようと試みた一つ目の軸である。二つ目に、中国ムスリムの国内外における移住に付随して、イスラーム的宗教知識と商業的ネットワークの構築過程を探ることが目的であった。本報告書では、宗教指導者や宗教学生のモスク間の移動や、イスラーム宗教知識の国境を越えた流動などが分析を二つ目の軸として分析している。三つ目に、中国ムスリムの移住や、移住にともなうイスラーム宗教知識の流動などにともなって生じる、宗教復興を調査分析することであった。イスラーム復興をキーワードとする論考も、本報告書に収録されている。これら三つの軸を中心に提出された研究成果を、中国西北、西南華南、新疆、中国域外という地域軸に基づいて整理しなおし、報告書として提出した。
著者
大野 旭
出版者
静岡大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

本研究は、社会主義中国の中国人たちが 1949 年以降に国内に住む少数民族を対象におこなってきた大量虐殺の歴史を、文化人類学的手法に基づいて究明しようとするものである。中国政府と中国共産党は「民族の消滅」との理念を物理的にも実現するために 1959 年にチベットに侵攻し、チベット族虐殺事件が起こった。1966 年から 1976 年にかけてはまた、モンゴル族大量粛清運動(内モンゴル人民革命党員粛清運動)が発動された。そして、1975 年 8 月には雲南省ムスリム(回族)が大量虐殺される事件が発生した。この三つの大量虐殺事件は相互に連動し、そのまま中華人民共和国の建国後の歴史的歩みとも重なっている。本研究は現地において生存者たちから当時の状況について聞き書きをし、関連する第一次資料を収集し、公開できた。
著者
大野 旭
出版者
静岡大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

イスラーム研究は、現代社会のもっとも緊急性を有する課題の一つである。それは「絶対的なムスリム社会」ではなく、多様性に富んだイスラーム社会を意味する。その多様な一環として、モンゴル系諸集団とイスラームとの関係を解明することが必要不可欠である。というのは、ユーラシアにおけるイスラームの世界化はモンゴル帝国支配の結果でもあるからである。本科研では、まずモンゴルという民族の内部における多様性と、モンゴル語系の言葉を話すさまざまな「民族集団」の多様性を実地調査によって明らかにすることができた。中国には10のイスラームを信仰する民族がある。そのうち、東郷(Dongxiang)族と保安(Bao'an)族はモンゴル語系の言葉を母語としている。また、現在ではモンゴル族とされている民族の中にも、ホトン(Qotung)人やトゥマト(Tumad)人のようなムスリムたちがいる。本研究で得られた成果はすべてフィールドワークに基づいている。調査の際には、特に東郷族と保安族内部のスーフィー教団「門宦」(Menhuan)と聖者墓「ゴンバイ」(Gungbei)の存在に注目した。というのは、彼らの近現代の歴史は主としてスーフィー教団を中心に展開され、聖者墓によって表象されているからである。聖者墓には中国史と関わってきたムスリムたちが眠り、信者らに祭られている。かつて、東郷族と保安族は「イスラームに改宗したモンゴル人」という見方が一般的であった。しかし、現在、彼らはこのような見解に異議を唱え始めている。このように民族の歴史に関する見解に変化が生じたのは、イスラームが復興したのではなく、モンゴルが嫌われているからでもない。中国が最近国内の諸民族にナショナルよりも低いエスニック・グループの地位を与え、そのうえで均一的な「中華民族」(zhonghua minzu)という国民国家を創ろうとしている政治的な潮流と連動している。現地調査と情報収集により、まったく別のイスラーム、別の「イスラーム対モンゴル」、そして「イスラーム的中国」の存在が現れてきた。今後は、報告書をベースに、学術書として公開する作業に入る予定である。
著者
嶋田 義仁 坂田 隆 鷹木 恵子 池谷 和信 今村 薫 大野 旭 ブレンサイン ホルジギン 縄田 浩志 ウスビ サコ 星野 仏方 平田 昌弘 児玉 香菜子 石山 俊 中村 亮 中川原 育子
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2009-05-11

家畜文化を有したアフロ・ユーラシア内陸乾燥地文明が人類文明発展の中心にあった。家畜は蛋白資源生産(肉、乳、毛、皮)に止まらない。化石エネルギー使用以前人類が利用しうる最大の自然パワーであった。移動・運搬手段として長距離交易と都市文明を可能にし、政治軍事手段としては巨大帝国形成を可能にした。これにより、旧大陸内陸部にグローバルな乾燥地文明が形成された。しかしこの文明は内的に多様であり、4類型にわけられ。①ウマ卓越北方冷涼草原、②ラクダ卓越熱帯砂漠、③小型家畜中心山地オアシス、④ウシ中心熱帯サヴァンナ、である。しかし海洋中心の西洋近代文明、化石燃料時代の到来とともに、乾燥地文明は衰退する。
著者
大野 旭
出版者
静岡大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究は、中国・内モンゴル自治区に居住するモンゴル族遊牧民の定住化過程における文化変容の実態をフィールド・ワークを通して明らかにしようとするものである。本年度は主として同自治区西部のオルドス地域と首府呼和浩特市周辺で現地調査を実施し、その成果を公開した。1.定住化においこまれた最大の原因は放牧地の狭小化に求められよう。清朝の政策転換にともない、19世紀末から大量の漢人農民が内モンゴルに入植し、草原を占領して農耕地に改造した。それと同時にモンゴル族の方は家畜を失い、農民に変身していった。こうした歴史的な出来事を「19世紀末におけるモンゴルと漢族関係の一側面」、「19世紀モンゴル史における<回民反乱>」にまとめ、公開した。2.社会変動期において、モンゴル人はなにを考え、どのように行動してきたかを示す資料として、手写本(古文書)がある。手写本の内容は哲学、文学、天文学、医学など多分野に及んでいる。このような手写本を民間から収集し、著書Manuscripts from private collections in Ordus, Mongolia(2)-the Ghanjurjab collectionのかたちで発表した。今後は、現地調査で収集した資料と、世界各国の文書館に保存されているモンゴルの社会変容に関する档案資料とを併せて、モンゴル族の社会変容を歴史人類学の視点から一層綿密に解明していく予定である。
著者
大野 旭
出版者
静岡大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

本研究は1966年から1976年にかけておこなわれた中国文化大革命の歴史的推移を少数民族の一つ、モンゴル族の視点から現地調査を実施し、文化大革命という政治運動の「民族問題的な側面と性質」を明らかにしようとするものである。中国の少数民族自治地域である内モンゴル自治区の場合、文化大革命運動の深化にともない、少数民族の自治権が剥奪された。また、内モンゴル自治区の固有の領土も約半分が漢族の省に分割され、その上、厳しい軍事管制制度が導入された。1966年から1970年の間、34万人が逮捕され、2万7000人以上ものモンゴル人たちが虐殺され、12万人に障害が残った。当時、モンゴル族の人口はわずか140万人だったことから、全モンゴル族を巻きこんだこの政治的な災禍をモンゴル人たちはジェノサイドだと理解している。本研究は、この隠蔽されつづけているジェノサイドこそ、文化大革命時における少数民族問題の本質だと位置づけている。