著者
西山 清 植月 惠一郎 川津 雅江 大石 和欣 吉川 朗子 金津 和美 小口 一郎 直原 典子
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010-04-01

環境に対する生命体の感応性-「環境感受性」-は、近年自然科学において注目を集めているテーマである。本研究は人文科学研究にこの概念を援用し、文学・文化および思想テクストにおいてその動態を考察することで、現代のエコロジカルな感性・思想の萌芽と展開を分析したものである。研究対象は、自然・環境の現代的認識の萌芽がもっとも顕著に観察されるイギリス・ロマン主義、およびその前後の時代の文学、文化、思想とした。本研究は、「環境感受性」が生み出され、現代的なあり方に展開していく様態を多面的に検証し、あわせて、文学研究が他分野と有機的な関連をもちつつ発展する、持続可能な営為であることも証明している。
著者
小口 一郎
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

本研究は、近年の文化研究における「身体性」の再発見に基づき、ロマン主義文化の物質・肉体面を超領域的に考究し、ロマン主義の身体意識を宗教、文学、政治、哲学に通底し、ヨーロッパ全土に渡る超域的文化運動として再定義することを目的としている。文化史および文化理論の分野に棹さすものであるため、方法論的な原理を考察した後に、研究対象の時代順に研究に着手した。平成16年度は、ロマン主義以前の科学、政治思想、そして擬似科学の調査を実施した後、最初期ロマン主義の身体性の研究への見通しをつけた。まず、ヤコブ・ベーメ、カドワースを始めとする17世紀までの神秘主義者やプラトン主義思想家の宇宙観と、神の恩寵たる「流出」の概念、そしてそれを受けたニュートンの物理学と、宇宙に遍在する「能動的原理」の思想、そしてプリーストリーら18世紀の非国教会派の科学的世界観を、ロマン主義の身体性に繋がる思想の流れとして捉え直した。こうした思想が、政治思想における共和主義、民主主義政治運動そして革命的急進主義の流れとへ結びつくことを、資料のレベルで確認した。この成果を基に、ロマン主義最初期の身体意識を概観した。1780年代から90年代にかけての英国および大陸ヨーロッパの急進主義と自然哲学、そして非国教会系の神学運動を調査し、ロマン主義文化のインフラストラクチャーとして位置付けた。この結果、ゴドウィン、エラズマス・ダーウィン、ウィリアム・ペイリーなどの政治思想が、神学および自然哲学の観点から再解釈され、ロマン主義的身体性の枠組みを構成することが明らかになった。同時に、18世紀の神経生理学が、神学と政治学を思想的に結び付け、ロマン主義初期の唯物論的な身体意識を産む思想的枠組みとなっていたことを突き止め、この観点から本研究の本年度における暫定的な結論付けを行った。
著者
小口 一郎
出版者
静岡大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

研究計画の二年目にあたる本年は、一年目の研究で明らかとなった「宇宙有機体説」または「万象生命体論」の思想が、イギリス・ロマン主義の想像力論の形成に果たした役割を、三つの段階に区分して解明し、合わせて研究成果の総括を行なった。1)まず、フランス革命に代表される急進主義思想と有機体論哲学、そしてロマン主義との関連を初期のロマン主義思想と当時の科学者や政治思想家の中に探った。その結果、政治的急進主義思想を媒介として、キリスト教の千年王国主義と有機体論が結びつき、全宇宙が生命体として進歩するという、生物進化論を産み出したこと、およびこの思想がエラズマス・ダーウィンなどを経由してロマン主義に重要な思想的枠組みを与えたことが明かとなった。2)次にロマン派の第一世代を代表するワーズワスを取り上げ、彼の世界像が有機体的な世界観に書き換えられ、「生命霊気」の概念に基づく新しい文学理論と想像力説を生み出す過程を検証した。この新しい文学観は、精神内面の神格化と、生成発展する自律的自我という、ロマン主義に特有の二つの概念を両立させる思想的装置であることが判明した。これは後にコールリッジにおいて、ドイツロマン派の哲学を取り入れた想像力論として結実した。3)最後に、有機体論の観点から、第二世代のロマン主義者が抱いた想像力論を検証した。その結果、1810年代以降も科学思想は政治的急進主義に影響を受け、パーシー・シェリーの神なき宇宙の動因としての生命霊気、ジョン・キーツの進化論的宇宙論を産み出したことが明かとなり、最終的にメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』において生命霊気が人工的操作の対象として神性を失ったことが判明した。この第二世代のロマン派こそが、現代科学が急速に成立する直前の時代にあって、生命体論や有機体論を文学的思想として昇華し得た最後の世代であった。
著者
小口 一郎
出版者
静岡大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本年度は、自然科学の思想性の観点から、イギリス・ロマン主義文学を読解する作業を行った。研究の主たる対象はウィリアム・ワーズワスとS.T.コールリッジに絞り、他の思想家や文学者は彼等との関連において取り上げた。まず、ワーズワスが1790年代の政治的急進主義思想に強く影響を受けていたことを前提に、彼の文学における自然科学思想の役割を検証した。その結果、彼の文学作品に現れた進歩的共和主義思想と、「『叙情民謡集』序文」などの革新的な文学論が、十八世紀の連想主義心理学と、それに付随した黙示録思想および政治的革命思想と深く結び付いたものであることが判明した。またここでハートリー、プリーストリー、ゴドウィン、E ダーウィンを経由してロマン主義へと至る、進歩主義と黙示録思想を包摂した生理・心理学思想の系譜が明らかにされた。次にロマン主義の想像力論と自然科学思想との関連を、ニュートンのエーテルの概念に着目して研究した。特にコールリッジは十八世紀には理神論的に解釈されていたエーテルを、本来の新プラトン主義的な解釈に戻し、物理現象における神の直接的介在を主張した。これによって機械論的な宇宙像を否定しワーズワスと共に汎神論的な宇宙観を打ち立てた。また、コールリッジは生物学と化学の立場から、神の創造行為と人間の想像力、そして自然界の生命現象を相照応し合う生命体的創造過程と考え、生命体論に基づく新たな想像力論と宇宙観を創出した。後期ロマン主義の宇宙観も、基本的にこの思想を無神論の立場から解釈し直したものであり、その終端には『フランケンシュタイン』が位置する。このように科学が未だに持ち続けていた形而上学的性格に基づいてロマン主義は発展し、1820年代を過ぎると急速に終焉を向かえる。それは同時に自然科学が新しい物質観の下で、実証主義の立場へと本格的に変貌したことも意味していた。