著者
小林 ふみ子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.50, no.12, pp.20-30, 2001-12-10

智恵内子の<女性らしい>とされる作風の語彙から文体にわたる作為性/構築性を、同様の傾向が認められる他の女性狂歌師の作品をも参照しつつ論じ、その女性性の強調と古典歌人のやつしとしての天明狂歌師像の演出とを関連付ける。その狂文の文体を可能にした背景について和文史に照らして考察し、天明狂歌の母体として想定されてきた内山賀邸塾における堂上派和歌の影響とは別に、同時代の古学派の動きへの目配りの可能性を探る。
著者
小林 ふみ子
出版者
法政大学文学部
雑誌
法政大学文学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Letters, Hosei University (ISSN:04412486)
巻号頁・発行日
vol.81, pp.21-37, 2020-09-30

This article introduces a manuscript recording one of the gatherings of a series of kyōka verse contests held for the first time in Edo in 1783. This record is known from a published edition, but that version lacks the scores and comments on each contest added by the judge Ōta Nanpo(1749-1823), a central figure in the kyōka boom of the time. Although this manuscript includes the results for only the last of ten kyōka gatherings, it provides useful insights into how poems were evaluated during this formative period of the kyōka movement. This paper attempts to clarify the various criteria used to evaluate kyōka poems of Nanpo by analyzing the points and annotations he added to each of the poems in the manuscript.The basic requirement for kyōka poems of the day seems to be the emphasis on choosing suitable vocabulary and expressions for the respective subjects in order to express consistent themes, while incorporating the use of punning and other kinds of wordplay. In addition, it seems to be important to avoid trite or commonplace expressions for which there were many precedents.This manuscript version is also noteworthy for including kyōbun (playful prose) by popular kibyōshi writer Koikawa Harumachi(1744-1789), which was inexplicably omitted from the published edition.
著者
吉野 朋美 小林 ふみ子 青木 幸子 中嶋 真也 平野 多恵 佐藤 至子 兼岡 理恵 中野 貴文
出版者
中央大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2019-04-01

本研究の概要は、以下の四点に集約される。【1】多様な教育手法と経験を備えた大学と高校の教員が、専門分野や学校の垣根を越えて連携し、研究と高等教育の現場を結びつけて、探究型の古典文学教育を実現する。【2】学習者(高校生・大学生・大学院生)と教授者(高校・大学教員)が同じ題材を学び合うことで多様な視座の獲得を可能にするワークショップ(以下WS)を継続的に開催し、古典文学教育でディープ・アクティブラーニングを実現する授業方法を開発する。【3】欧米の大学・大学院における教育方法を応用し、新たな古典教育のモデルを開発する。【4】本研究で開発した教材や教育方法モデルをWeb公開して、社会に広く還元する。
著者
岩崎 均史 小林 ふみ子 桑山 童奈 田沢 裕賀 大久保 純一
出版者
独立行政法人国立文化財機構東京国立博物館
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

浮世絵版画では、大小(摺物・暦)制作及びその交換で、明和二年の交換会により、錦絵と称される多色摺が完成することは定説である。だが、錦絵誕生期以外の大小に関して研究されたことはごく少ない。これは、まとまった大小の作品を見る機会を得ることが困難だったことに原因がある。本研究は、国内最大の貼込帖である東博蔵「大小類聚」の大小のデータ採取し、作品名(仮題は付与)・解読・翻刻・分析・分類・大小の特定などをまとめた目録とし、加えて本研究進行中に生じた新知見、情報も適宜加えたその有用性を発信することを目的としたデータベースを研究者に公開する。これにより研究者に不足していた情報が提供可能となり、大小の活用が図られる。現在までに完了した作業での主要データ採取項目は、①摺・写の判別:摺物(版画)が筆写を含む肉筆か、またはその混合かを判別。②作品名:文字のある場合はあるがままで採取、ない場合は課題付与。③画題特定:明確なもののみとし、推定はメモ程度にとどめる。④注文主特定:記名・印章などから判定。⑤絵師特定:落款・記名で判定、画派などの推定はメモ程度にとどめる。⑥印章等判読:印章や花王など、作品に何らか関係する人物のもののみ判読、⑦採寸確認:以前採寸したものと、異なるような場合再度採寸する(通常、縦×横㎝)。⑧大小の探索:大の月、小の月がどのように配されているか確認、貼込帖の表題年代との錯誤確認。⑨文字の翻刻:配された文字をあるがまま採取し翻刻。現在、全冊の仮データベースの入力をしつつ、データ内容の確認作業を行っている。早期にこの作業を継続終了させ、撮影された画像と合わせて、逐次共同研究者の手元に送信し、内容の確認と合わせ、各分野の専門的視点を加えた検証を加えていく。
著者
小林 ふみ子
出版者
法政大学国際日本学研究所
雑誌
国際日本学 : 文部科学省21世紀COEプログラム採択日本発信の国際日本学の構築研究成果報告集 = International Japan studies : annual report (ISSN:18838596)
巻号頁・発行日
no.14, pp.59-63, 2017-01

My essay in the title was published as a part of a book, Nihonjin wa Donoyouni Nihon wo Mitekitaka (How Japanese had been viewing Japan?, Yuko Tanaka (ed.), Tokyo: Kasamashoin, 2015), which was a part of the outcomes of our five years project based on this institute. A story that Ryukyuans was made disguised as Japanese was cited from a book titled Ryûkyû Neidaiki (A Chronicle of Ryûkyû), published in 1832 in the essay above without being found its origin. It turned out to be from a record of castaways from Satsuma (now Kagoshima pref.) to China in 1816, but the story seems to be extremely exaggerated in order to emphasize how Ryukyuans adored Japanese in the imagination of Japanese of the day.
著者
小林 ふみ子
出版者
法政大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

天明狂歌壇において重要度の高い狂歌師について、その伝をまとめた。すなわち、狂歌壇第2 世代のいわゆる「狂歌四天王」の一人であるつむり光、また狂歌壇史についての資料をまとめて今日の研究者に提供してくれた山陽堂山陽の研究が主要な成果といえる。また狂歌壇の最重要人物である大田南畝についても、寛政の改革期の資料を新たに見出し、新知見を加えた。
著者
田中 優子 小林 ふみ子 横山 泰子 小秋元 段 大木 康 王 敏
出版者
法政大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

本研究では、次のことが明らかになった。第一に、江戸庶民が日本の領域を意識してきた、その経過と変遷である。第二に、歴史上の日本意識の高揚の理由や、国家と地域の齟齬という問題に気付くことになった。第三に東アジアにおける華夷意識が、日本においても国家と地域の関係に大きな影響を与えていることが認識できた。総じて、近世では近代とは異なる日本意識が様々な形で表現されていたことがわかった。また大学院博士課程の学生たちが、自らの研究の中で日本意識を考え、研究に取り入れるようになった。