著者
山中 長閑 吉永 尚孝 旭 耕一郎
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.6, pp.382-387, 2018-06-05 (Released:2019-02-05)
参考文献数
15

夜空に輝く星々や我々人間を構成する電子と原子核,つまり物質は実際宇宙の主成分の一つをなしている.しかしながらそもそも宇宙に物質が多く存在し反物質がほとんど存在しない,というこの一見当たり前の事実は,実は非自明な現象である.CP対称性とよばれる対称性の破れがあってこその現象なのであり,観測から導かれる物質の量は,素粒子物理の標準模型に組み込まれたCPの破れで説明できる量をはるかに超えている.加えて宇宙には,標準模型内の粒子ではないと考えられる粒子(暗黒物質)や未知のエネルギー(暗黒エネルギー)が存在する.標準模型は現在までに地上で行われた加速器実験の結果のほとんど全てを説明する強力な素粒子物理模型であるにもかかわらず,その奥に私たちの知らない新しい物理が控えているのではないかと,多くの研究者が期待を胸に新物理の探索に挑戦している.新物理の候補のうち,多くの研究者に有望視されていた電弱スケールの超対称標準模型は,超対称粒子が期待される質量領域に見つからないことから最近その特別な地位を譲りつつある.新物理の解明へのこれまでの指針が変更を余儀なくされ,次第に新物理の証拠探しはエネルギーを上げた加速器実験によって新粒子の直接検出を目指す「エネルギーフロンティア」から,標準模型で禁止されているはずの物理過程に新物理の効果を探索する「超精密フロンティア」へと,その重心を移しつつある.この際に鍵となるものの一つは上述のようにCPの破れである.スピン方向に沿って定常的に生じた粒子の電気分極を電気双極子モーメント(Electric Dipole Moment, EDM)と呼ぶ.EDMはスピンに沿って定義されているのに,空間反転と時間反転に関してスピンとは異なる変換性を示すという奇妙な物理量.時間反転に関するこの性質は,CPT定理を通じてEDMがCP対称性の破れに関係する観測量であることを物語っている.新物理は標準模型とは異種のCPの破れを含むはずである.標準模型のCPの破れはフレーバー混合に関わるものであるため,フレーバー対角な観測量であるEDMには低次で現れず,観測にかからない.もし実験で大きな値のEDMが見つかったなら,それは間違いなく新物理に由来するものである.EDMの研究は現在,スピンを持つ様々な粒子―中性子,反磁性原子,常磁性原子,ミュオン,陽子・重陽子―を対象に世界中で探索実験が実施または計画されている.理論的にも検討が進み,これら異なる粒子のEDMがそれぞれどのような新物理に感度を持っているのか,それらの実験データが得られた時にどのような解析をすればよいのかもわかってきた:各々の新物理が生み出すCP非保存相互作用は低エネルギーでは限られた個数のパラメータで表され,これらのパラメータはハドロン物理・核物理・原子物理の過程を通じて様々な素粒子・複合粒子にEDMを生じさせる.これを逆に辿ると,測定されたEDMから各パラメータの値が求められ,その値が新物理の存在の証拠を与えることとなる.我々は,キセノンや水銀などの反磁性原子のEDMが素粒子からハドロン,原子核,原子の各階層を繋げて新しい物理を解明する際に持つ感度を明らかにしてきた.こうして今後実験の進展によりEDMが,それもただ一例ならず決定されるようになれば,提案されているいずれの模型が描く新物理が実際に現れるのかを判別する道が拓かれることになる.
著者
吉見 彰洋 旭 耕一郎 内田 誠 内田 誠
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

素粒子の崩壊において発見され、宇宙の物質・反物質非対称性の原因と考えられているCP対称性非保存の起源は現代物理学の未解明の謎である。このCP対称性を破る永久電気双極子モーメント(EDM)の探索に向け、希ガス元素129Xeの核スピン歳差周波数を超精密に測定する開発研究を行った。様々な変動要因の研究及び高感度磁力計の開発を行い、低周波核スピンメーザーの周波数安定度を向上させ、5×10-28ecmのEDM感度(45,000秒測定、電場強度E=10kV/cmを仮定)を達成した。
著者
笹尾 登 中野 逸夫 吉村 太彦 川口 建太郎 旭 耕一郎 酒見 泰寛 杉山 和彦 藪﨑 努 福山 武志 田中 実 志田 忠正 梶田 雅稔
出版者
岡山大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2009-04-01

本研究では、新学術領域全体「原子が切り開く極限量子の世界」の目標達成を促進するため以下の活動を行った。総括班会議を定期的に開催し(総計21回開催)各計画研究の進行状況を監督、必要に応じて評価・助言活動を行った。また理論・技術面から領域全体の方向づけを行った。総括班の監督のもとに国際会議「Fundamental Physics using Atoms」を毎年開催し (第4から第7回)、そのプロシーディングスを発刊した。異分野の共同協力を更に推し進めるため、研究者ネットワークの発展拡大を図った。全ての成果をウエッブや紙・電子媒体を活用して、広く国内外へ発信した。