- 著者
-
時津 裕子
- 出版者
- 一般社団法人 日本考古学協会
- 雑誌
- 日本考古学 (ISSN:13408488)
- 巻号頁・発行日
- vol.9, no.14, pp.105-124, 2002-11-01 (Released:2009-02-16)
- 参考文献数
- 25
本研究の目的は,(1)われわれ考古学者に特有の認知のスタイルを,その技能的側面に着目しながら,実験的手法を用いた認知科学的アプローチで解明すること,および(2),(1)の実践が考古学界に果たす貢献について示すことである。(1)については,熟練した考古学者が遺物に対して発揮するすぐれた情報処理(分類・同定,記憶等)能力を"鑑識眼"と呼び,3つの実験を通してその特性を明らかにした。実験1では描画法を用いて考古学的知識構造の性質を分析し,低視覚的属性・非言語的属性がとくに重要な要素であることを解明した。実験2では,被験者が遺物を観察する際の眼球運動をアイカメラを用いて測定し,熟練した考古学者に特有の注視パターンを抽出した。また観察後に行わせた描画再生法による記憶テストの結果と比較することで,観察法と考古学的記憶の内容・精度に密接な関係があることを示した。実験3では実験室を離れ,実験1・2で行った実験をより日常的文脈で確認する目的で,発掘現場で調査活動中の考古学者の認知を対象とした。土層断面を観察し遺構検出を行おうとする被験者の観察行動および注視パターンを,アイカメラによって測定した。また観察後に行わせた描画から,それぞれの被験者の遺構認識の内容を調査し,観察行動と認識内容に相関があることを確かめた。(1)の実証的研究を通して,経験を積むことで体得された固有の認知のスタイルが,考古学的判断(情報処理)の質にどう影響するかが示された。このように研究主体の認知特性について正しい認識ををもつことで,より洗練された方法論の開発や効果的教育法を生む可能性が高まる。その一方でさらに重要な意義として,われわれの意識改革を促進する効果があることを指摘し,それが旧石器捏造事件以降混迷を深める状況の中で,考古学全体の発展にとっていかに有益であるかに言及した。