著者
杉江 あい
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.102-123, 2021 (Released:2021-03-31)
参考文献数
75
被引用文献数
2

本稿では,バングラデシュを主なフィールドとするムスリマとしての立場から,イスラームとムスリムに関する学習のために次の3点を提案する.第1に,イスラームとムスリムに接する上で必要なリテラシーを高めること.ここでいうリテラシーとは,クルアーンなどの章句の理解にはアラビア語やイスラーム学の深い知識が必要であり,西洋のバイアスがかかった生半可な知識では誤解しやすく,一部の研究者やムスリムの間でも誤った解釈や恣意的な章句の引用などがなされていることに注意することである.第2に,イスラームとムスリムを切り離してとらえること.イスラームをムスリムの言動のみから解釈し,またムスリムの生活文化をイスラームに還元するアプローチは誤りである.第3に,イスラームにおいて重視される信仰や人格,現世での利点について説明すること.義務や禁忌を表面的に教えるだけでは,イスラームを特異視するステレオタイプから脱却できない.
著者
杉江 あい
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.2, pp.115-134, 2013-03-01 (Released:2017-12-02)
参考文献数
43
被引用文献数
1 1

本稿は,バングラデシュ農村部における「物乞い」と施しの慣行の実態を実証的に明らかにし,今日の「物乞い」をめぐる制度展開を批判的に検討した.本稿の対象地域の「物乞い」は,障害や高齢によって労働すること,また,家族の経済状況により扶養されることが困難な者である.障害を持つ男性の「物乞い」は,居住地から比較的遠い市場に行っていた.特に大規模な定期市は,彼らに特別な施しが与えられる場となっている.一方,女性の「物乞い」は社会的な規範により,徒歩で集落を中心にまわる者が多い.彼らは施しを与えられるだけでなく,交通費免除や場所提供など,「物乞い」をするための手助けも受けている.特に障害を持つ「物乞い」は,そうした優遇措置を受けやすい.「物乞い」と施しの慣行は宗教的,社会的な意味を持ち,地域社会の仕組みに埋め込まれている.しかし,体制側は経済的,社会的に周縁な領域として廃止しようとしている.
著者
杉江 あい
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.312-331, 2018 (Released:2018-05-31)
参考文献数
20

2017年8月25日以降,67万人以上のロヒンギャ難民がミャンマー国軍による弾圧を逃れてバングラデシュに流入した.この前代未聞の人道危機を受け,バングラデシュ政府およびさまざまな国際機関やNGOが協働して支援を行っている.本稿はロヒンギャ難民支援の実態をフィールドワークによって明らかにし,キャンプ・世帯間の支援格差がどのように生じているのかを検討した.現行の支援体制は,多種多様な支援機関とその活動を部門内/間で調整し,またキャンプの現状を迅速かつ頻繁に把握・公開して支援活動にフィードバックする機構を備えている.しかし,最終的には支援の濃淡を解消するための全体的な調整よりも,各支援機関による現場選択が優先されてしまい,中心地から遠く,私有地に立地するキャンプでは支援が手薄になっていた.このほかにも,配給のプロセスやその形態,共同設備の管理等,現行の支援体制において改善すべき具体的な問題が明らかになった.
著者
杉江 あい
出版者
一般社団法人 人文地理学会
雑誌
人文地理 (ISSN:00187216)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.191-211, 2017 (Released:2017-07-07)
参考文献数
45

バングラデシュの村落社会は宗教やカーストの違いに基づく多様な社会集団から構成されているにも関わらず,先行研究は被差別集団を含まないムスリムのみを主要な研究対象としてきた。また,従来の開発研究は,コミュニティを一枚岩に捉え,そこでの合意形成を無批判に民主的であるとする見方を批判してきたが,現在バングラデシュで展開されている農村開発事業では均質的なコミュニティが想定されている。本稿は,ムスリムの被差別集団が居住する地域におけるコミュニティの実態を,最も下位のインフォーマルな合意形成の単位であるショマージに着目して明らかにすることを通じて,バングラデシュ農村のコミュニティのありようを再考する。本稿が検討した事例において,ショマージは特定の村や集落を基盤として形成されていたが,ショマージのメンバーシップの条件設定とその承認はカースト的制度による不平等な権力関係に基づいてなされていた。経済,教育水準が一様に低く,政治的に従属的な被差別集団は,同じ村に居住するムスリムから成るショマージやその共同的な活動から排除されていた。そうした被差別集団から成るショマージは,紛争解決や宗教施設の建設・運営をする上で近隣住民に頼らざるを得ない状況にあった。カースト的制度に基づく不平等な権力関係はバングラデシュ農村のコミュニティを特徴づけており,そこでの合意形成は必ずしも民主的なものであるとは言えない。
著者
杉江 あい
出版者
日本南アジア学会
雑誌
南アジア研究 (ISSN:09155643)
巻号頁・発行日
vol.2016, no.28, pp.7-33, 2016-12-15 (Released:2018-06-18)
参考文献数
54

本稿は、従来個別に扱われてきたバングラデシュのヒンドゥーとムスリムを同一の村落社会空間を共有する主体として捉えなおし、20世紀初頭以降、両者間の関係がいかに構築されてきたのかを、両者が社会的な活動を共同する場であるショマージと青年組合に着目して検討する。事例村では、政治的・社会的な変動に伴うヒンドゥー人口の流出とムスリムの居住空間の拡大により、両者間の物理的・社会的な距離が縮小していった一方で、ヒンドゥーはマイノリティとしての立場を強め、ムスリムがヒンドゥーのショマージの紛争解決や宗教行事に介入することが増えていった。青年組合では、60年以上ヒンドゥーとムスリムが共同してレクリエーション等を実施してきたが、活動の主体や対象は実質的にムスリムに限られるようになり、ヒンドゥーによる参加は形式的なものになっていた。しかし、青年組合はヒンドゥーが村のショマージの一部であることを示す役割を持っていた。
著者
杉江 あい
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.102-123, 2021
被引用文献数
2

<p>本稿では,バングラデシュを主なフィールドとするムスリマとしての立場から,イスラームとムスリムに関する学習のために次の3点を提案する.第1に,イスラームとムスリムに接する上で必要なリテラシーを高めること.ここでいうリテラシーとは,クルアーンなどの章句の理解にはアラビア語やイスラーム学の深い知識が必要であり,西洋のバイアスがかかった生半可な知識では誤解しやすく,一部の研究者やムスリムの間でも誤った解釈や恣意的な章句の引用などがなされていることに注意することである.第2に,イスラームとムスリムを切り離してとらえること.イスラームをムスリムの言動のみから解釈し,またムスリムの生活文化をイスラームに還元するアプローチは誤りである.第3に,イスラームにおいて重視される信仰や人格,現世での利点について説明すること.義務や禁忌を表面的に教えるだけでは,イスラームを特異視するステレオタイプから脱却できない.</p>