著者
村井 俊哉
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.56-60, 2006 (Released:2011-07-05)
参考文献数
18

【要旨】人が社会的状況でうまく行動してゆくためには、他人の表情などの情動的刺激の意味を解読し、その情報をもとに適切な意思決定・社会行動へつなげてゆくことが重要である。このような情動認知とそれに基づく社会的意思決定には、特定の神経構造およびそれらのネットワークが重要な役割を演じている。情動的刺激の認知に中心的役割を果たす構造は扁桃体である。両側扁桃体損傷患者では、恐怖表情などの陰性情動刺激の認知に障害が生じ、脅威を意味する刺激に対して鈍感になる場合がある。一方、情動的刺激およびその他の情報を統合し、社会的状況での適切な意思決定・行動へと導く上で重要な役割を果たす構造は、眼窩前頭皮質および内側前頭前皮質である。これらの領域の損傷による意思決定の障害によって、金銭・資産の管理ができない、責任ある行動がとれず仕事が長続きしないなど、社会生活で多大な困難が生じてくる。これらの患者では通常の神経心理学的検査では成績低下がみられなくてもギャンブル課題のような報酬によって動機づけられる意思決定課題では成績低下が認められる場合がある。ギャンブル課題の遂行に内側前頭前皮質が重要な役割を演じることは機能的脳画像研究によっても示されている。情動認知・社会的意思決定の障害は、局在脳損傷例に限らず、統合失調症、反社会性人格障害、行為障害など、さまざまな精神神経疾患において認められ、その病態解明が進みつつある。
著者
村井 俊哉
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.99-106, 2003 (Released:2006-04-21)
参考文献数
29

意味記憶はエピソード記憶と対比するかたちで認知心理学領域に導入された長期記憶の下位分類である。1970年代以降の神経心理学領域での意味記憶研究は,A.意味記憶システムと他の認知機能 (とくにエピソード記憶) を支えるシステムとの関係,B.意味記憶システムそれ自体の構造,の2点に大別できる。Aについては,意味健忘,意味痴呆の名称のもとに選択的意味記憶障害の症例が相次いで報告され,意味記憶システムはその他の認知機能を支えるシステムとある程度独立しているということが確認されてきた。最近は encodingの段階での両記憶の関連が関心を呼んでいるが,発達性健忘と呼ばれる一連の症例が注目されている。Bについてとくに関心をもたれてきたのが,生物と非生物の意味記憶とのあいだで成績に乖離がみられる一連の症例である。いくつかの興味深い説明仮説が提唱されているが,いずれが正しいかについて,いまだ決着はついていない。