著者
東山 雄一 田中 章景
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.45-62, 2018-03-25 (Released:2018-04-28)
参考文献数
56
被引用文献数
1

外国語様アクセント症候群(foreign accent syndrome:FAS)とは,同じ母国語を使用する第三者が“外国語のようだ”という違和感を持つような発話障害を特徴とした症候群である.比較的稀な症候ではあるが,これまで100例以上の報告がなされており,発話障害の特徴として,音の高低や強弱,リズム,音調などのイントネーションの異常といった超分節素の障害や,母音・子音変化などの分節素の障害が報告されている.脳卒中以外にも様々な原因疾患で生じることが知られており,その責任病巣については左中心前回など左半球による報告が多いが,右半球や脳幹,小脳病巣での報告もあり多様である.このように,FASは原因も病巣も様々であることから,そもそも“症候群”として扱うほどの一貫性や普遍性があるのか,発語失行(apraxia of speech:AOS)との異同についてなど未解決の問題が山積している.今回,FASを呈した自験例の紹介と既報告例を振り返ることで,FASの特徴や発現機序などについて考察を行った.特に日本人FAS例は,英語アクセント型と中国・韓国語アクセント型の2つに分類されることが多く,AOSの特徴が目立つ例では,母音や子音の長さの変化を特徴とした英語アクセント型に,AOSの特徴が目立たずピッチの障害が目立つ例は中国・韓国語アクセント型になる可能性が考えられた.また,失語症を伴わないFAS既報告例の病巣を用いたlesion network mapping解析を行った結果,喉頭の運動野(Larynx/Phonation area)として報告されている中心前回中部が,FASの神経基盤として重要である可能性が示唆された.
著者
東山 雄一 田中 章景
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.3, pp.392-401, 2016-09-30 (Released:2017-10-05)
参考文献数
29
被引用文献数
3 1

コンピュータの急速な普及により, 脳損傷によるタイピング障害が社会生活に与える影響は深刻となりつつある。そこで我々は, 失タイプを呈した自験例の検討と, 健常者 fMRI 研究の結果から, タイピングの神経基盤, 失タイプの責任病巣について検討した。  【症例】78 歳の右利き男性。失語や失行, 半側無視, 運動感覚障害は認めなかったが, 選択的タイプ障害が明らかであった。病歴と脳 MRI, 各種検討課題の結果から, 本例は左中下前頭回後部の脳梗塞により, 音素-書記素変換と書記素バッファに障害を認め, 特に後者が失タイプの原因になっていると考察した。  【fMRI 検討】健常タッチタイピスト16 名を対象に fMRI による, タイプ・書字の神経基盤の検討を行った。その結果, 左上頭頂小葉前部~縁上回, 左上中前頭回後部にタイプ・書字の両課題で有意な賦活を認め, さらに左頭頂間溝 (IPS) 後部内側にタイピングでより強い賦活を認めた。  【考察】タイピングは書字中枢として知られる多くの脳領域や, 左 IPS 後部内側皮質など複数の脳領域が関与する複雑な認知プロセスであり, 障害部位に応じて質の異なる障害が生じる可能性がある。本例のように個々の症例の障害機序を検討していくことで, 失タイプの症候学の確立やリハビリテーションへの発展が今後期待される。
著者
浜田 智哉 田中 果南 今井 友城 東山 雄一 田中 章景
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.228-235, 2017-06-30 (Released:2018-07-02)
参考文献数
23

失語症臨床において保続を観察する機会は多いが, 保続は失語症評価訓練の阻害要因の 1 つとしても知られている。今回, 発症から 6 ヵ月経過し, 保続が主症状の 1 つであった失語症者に対して TAP (Treatment of Aphasic Perseveration) を参考に保続の減少を目的とした訓練を約 1 ヵ月間施行した。訓練手続きは TAP のエラーコントロールメソッドを取り入れ, さらに訓練中に表出された保続の種類の質的な分析を行うことで, 保続に対する TAP の作用機序を明らかにしようと試みた。結果として, TAP による保続の減少は訓練語以外へも汎化し, さらに実生活での言語表出能力をも向上させたことがわかった。 一方, 保続の質的分析の結果からは, TAP は主に直後型保続の減少に寄与していることが明らかとなった。
著者
東山 雄一 田中 章景
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.272-290, 2021-12-25 (Released:2022-01-12)
参考文献数
108

Broca野,Wernicke野,角回そして弓状束で構成されるWernicke-Geschwindのモデルは,脳の言語モデルとして広く知られている.しかし,詳細な画像検査に裏打ちされた症例の蓄積と,脳機能画像研究を中心とした脳神経科学の進歩を背景に,Broca野やWernicke野以外の様々な脳領域がヒトの言語活動に関与していることが明らかになっている.さらに近年では拡散MRIを用いた数々の物理モデルの登場により,ヒトの白質線維の走行を詳細に評価することが可能となり,多数の機能領域とそれらを橋渡しする複雑な白質線維から構成されるネットワークとして脳を捉える考え方が主流になりつつある.本章では,こうした古典モデルに代わる新たな言語モデルと,その展望について概説を行う.
著者
東山 雄一
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.8-17, 2018 (Released:2018-06-26)
参考文献数
34

【要旨】 神経心理学とは、損傷された神経過程の観察を通して人間の心理現象の構造・機能を解明し、さらに患者の治療貢献を目指す学問である。症状が比較的安定した亜急性期以降に詳細な神経心理学的評価を行うことは、治療方針の決定や家族の介護を考える上で極めて重要であり、さらに脳卒中診療における神経心理学的診察・評価は、新たな仮説の提唱・検証に大きく貢献することが可能である。 また、近年大きく発展を遂げている脳画像解析や生理学的手法と組み合わせることで、脳卒中研究は、特定病期の病巣-機能という枠組みを超え、発症から慢性期に至るまでのダイナミックな機能ネットワークの変化を的確に捉え、さらにそれを治療へ結びつけるという新たな段階へ移行しつつある。多種多様な研究手法を組み合わせることで、今後も神経心理が脳科学を推進させていくことが期待される。
著者
東山 雄一 田中 章景
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.45-62, 2018

<p>外国語様アクセント症候群(foreign accent syndrome:FAS)とは,同じ母国語を使用する第三者が"外国語のようだ"という違和感を持つような発話障害を特徴とした症候群である.比較的稀な症候ではあるが,これまで100例以上の報告がなされており,発話障害の特徴として,音の高低や強弱,リズム,音調などのイントネーションの異常といった超分節素の障害や,母音・子音変化などの分節素の障害が報告されている.脳卒中以外にも様々な原因疾患で生じることが知られており,その責任病巣については左中心前回など左半球による報告が多いが,右半球や脳幹,小脳病巣での報告もあり多様である.このように,FASは原因も病巣も様々であることから,そもそも"症候群"として扱うほどの一貫性や普遍性があるのか,発語失行(apraxia of speech:AOS)との異同についてなど未解決の問題が山積している.</p><p>今回,FASを呈した自験例の紹介と既報告例を振り返ることで,FASの特徴や発現機序などについて考察を行った.特に日本人FAS例は,英語アクセント型と中国・韓国語アクセント型の2つに分類されることが多く,AOSの特徴が目立つ例では,母音や子音の長さの変化を特徴とした英語アクセント型に,AOSの特徴が目立たずピッチの障害が目立つ例は中国・韓国語アクセント型になる可能性が考えられた.</p><p>また,失語症を伴わないFAS既報告例の病巣を用いたlesion network mapping解析を行った結果,喉頭の運動野(Larynx/Phonation area)として報告されている中心前回中部が,FASの神経基盤として重要である可能性が示唆された.</p>