著者
吾郷 由希夫 田熊 一敞 松田 敏夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.6, pp.304-308, 2009 (Released:2009-12-14)
参考文献数
38
被引用文献数
2 1

ストレス応答の中核を担う視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA系)は,外部環境刺激に適応していくために必要不可欠なものであり,その機能破綻は精神疾患の発症に深く関与していると考えられる.うつ病患者の多くで,デキサメタゾン/コルチコトロピン放出ホルモン負荷(DEX/CRH試験)における血中コルチゾール値の上昇といったHPA系のネガティブフィードバック機能障害が認められ,この障害が抗うつ薬や電気けいれん療法による抑うつ症状の寛解と同調して改善されることから,うつ病の生物学的マーカーの一つと考えられており,HPA系の機能維持はうつ病治療の標的である可能性が示されている.このような背景のもと,HPA系のネガティブフィードバック制御を担うグルココルチコイド受容体(GR)はその標的分子として注目されており,これまでに精神病性うつ病に対するGR拮抗薬の有効性が見出されている.また我々は,環境ストレス負荷モデルとしての長期隔離飼育マウス,およびグルココルチコイド長期負荷マウスを用いることで,GR拮抗薬の抗うつ様作用を示し,脳内モノアミン神経伝達物質遊離の解析から,本作用における前頭前野ドパミン神経活性との関連を見出した.一方,うつ病患者において海馬ミネラルコルチコイド受容体(MR)の発現量の低下や,抗うつ薬の長期投与によるMRの発現増加が示されており,さらに近年,遺伝学的解析からMR遺伝子多型とうつ病との関連が見出されるなど,うつ病態や抗うつ薬の作用発現におけるMRの重要性が指摘されている.そこで本稿では,HPA系の機能異常とうつ病の関連について,GRおよびMRの役割に焦点を当てながら概説し,またうつ病治療薬として開発進行中のGR拮抗薬の最新情報について紹介する.
著者
田熊 一敞 片岡 駿介 吾郷 由希夫 松田 敏夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.4, pp.180-183, 2009 (Released:2009-10-14)
参考文献数
35
被引用文献数
1 2

「細胞の自殺プログラム」として見いだされたアポトーシスは,胎生期における器官形成や各器官での新陳代謝に伴う細胞死のみならず,虚血性病変や悪性腫瘍などでの細胞死においても関与することが示され,生理的あるいは病態的いずれの細胞死においても重要な役割を果たすことが明らかとなってきた.中枢神経系においても,アルツハイマー病およびパーキンソン病などの神経脱落疾患においてアポトーシスの関与が見いだされた.このような背景のもと,種々の疾患において,アポトーシスの発現制御機構の解明を通した新たな治療法開発へのアプローチが,国内外ともに最近の研究の潮流となりつつある.本稿では,アルツハイマー病におけるアポトーシスについて,アミロイドβペプチドによるミトコンドリア障害を中心に最近の研究の進展を紹介する.
著者
馬場 明道 松田 敏夫 橋本 均 新谷 紀人 塩田 清二 矢田 俊彦
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2003

神経ペプチドPACAPは、神経伝達物質、神経栄養因子として種々の生理機能に関与すると予測されている。本研究は、精神疾患、糖尿病の分子レベルでの病態発現におけるPACAPの関与を、遺伝子の発現変化とその機能解析により究明し、これら病態の新規創薬標的分子の同定ならびに治療薬開発に資することを目的として計画・実施し、以下の知見を得た。1.PACAP遺伝子欠損(KO)マウスの異常表現型として、概日リズムの光同調障害、海馬神経可塑性の異常、神経因性疼痛および炎症性疼痛の欠如、エタノール感受性の低下など、多岐の中枢機能変化を見出し、中枢神経機能におけるPACAPの予測外の働きを明らかにした。2.KOマウスが示す種々の異常行動が、精神興奮薬アンフェタミンで改善されること等から、PACAPとヒト注意欠陥多動症(ADHD)との関連を示し、更なる薬理学的解析から、本病態の治療効果に5-HT_<IA>受容体が重要な働きを担うことを示唆した。また、PACAPとIL-6のKOマウスを用いた検討から、外因性・内因性のPACAPによる脳傷害保護作用にIL-6が大きく関与することを明らかとした。3.膵臓β細胞特異的PACAP過剰発現マウスを用いたI型およびII型糖尿病モデルでの検討から、糖尿病時の膵β細胞増殖作用や、ラ氏島過形成の制御への関与など、PACAPに関する全く新しい知見を見出した。また本マウスの膵島に対し、laser capture microdissection(LCM)およびDNA microarray解析を行なうことで、糖尿病態下の膵β細胞増殖制御に関与するいくつかの遺伝子を見出した。4.ベルギーとの国際共同研究により、PACAPが責任因子である初めてのヒト症例を見出し、その病態とPACAP遺伝子改変動物の解析から、内因性のPACAPが血小板活性化の抑制因子として働くことを明らかとした。
著者
馬場 明道 橋本 均 松田 敏夫
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2000

本研究は、我々が作製したPACAP欠損(KO)マウスを含め3種類の遺伝子改変マウスを用いて、PACAPによる中枢・末梢神経機能調節等の発現機構、その生理・病態的意義を解明することを目的として実施し、以下の成果を得た。1.精神行動機能調節(1)PACAP-KOは、新規環境下の自発行動量の増加、異常ジャンプ行動、好奇心増大(または不安減少)を呈した。これらの精神行動異常は、抗精神病薬あるいはSSRIにより改善された。(2)PACAP-KOに音刺激驚愕反応prepulse inhibitionの低下(障害)が認められた。以上の結果は、PACAPが精神行動の調節に関与すること、本マウスの表現型が統合失調症あるいはADHDの病態と一部類似性があることを初めて示すものである。2.海馬機能PACAP-KOとPACAP1型受容体欠損マウスの海馬シナプス伝達長期増強(LTP)の障害、行動薬理試験におけるPACAP-KOの海馬依存性記憶・学習障害を見い出し、これら高次脳機能におけるPACAPリガンド-受容体シグナルの寄与を明らかとした。3.神経因性・炎症性疼痛神経因性・炎症性疼痛の発現がPACAP-KOでは消失していた。PACAPが痛覚過敏およびアロディニア(異疼痛)の発現制御に必須な役割を果たすことが示された。4.日内リズムPACAP-KOにおいて、光照射による日内行動リズムの位相変化および視交叉上核のc-fos誘導が減弱していた。光同調機構の維持にPACAPが重要な役割を果たすことがin vivoで示された。5.糖尿病態モデル(1)ストレプトゾトシン投与時の膵臓特異的PACAPトランスジェニック(Tg)マウスの膵臓では、β細胞新生が促進することが見い出された。(2)遺伝性肥満・糖尿病KKAyマウスとTgマウスとの交配による病態モデルにより、PACAPによる膵臓ラ氏島過形成の調節作用が見い出された。膵臓のβ細胞新生およびラ氏島形成をPACAPが調節することを示す本成績は、GLP-1属であるPACAPの臨床応用の可能性を支持する重要な知見として位置付けられる。