著者
笹 征史 西 昭徳 小林 和人 佐野 裕美 籾山 俊彦 浦村 一秀 矢田 俊彦 森 則夫 鈴木 勝昭 三辺 義雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.3, pp.215-225, 2003 (Released:2003-08-26)
参考文献数
29
被引用文献数
1 2

(第1章)大脳基底核回路は,運動制御,動作選択,報酬予測などの重要な脳機能を媒介する.神経伝達物質ドパミンはこれらの脳機能の制御において必須の役割を持つ.ドパミンの作用は,ニューロン活動の頻度の調節ばかりでなく,その活動のパターン形成にも関与する.ドパミンD2受容体を含有する線条体−淡蒼球ニューロンは,ドパミンに依存する運動協調作用において二重の調節的な役割を持つ.(第2章)ラット線条体のアセチルコリン性介在ニューロンへ入力するGABA性シナプス終末に存在するD2タイプ受容体活性化により,N型カルシウムチャネルが選択的に遮断され,GABA遊離が抑制される.また,このシナプス前抑制は,D2タイプ受容体とN型チャネルとの共役を保ちつつ,生後発達に伴い減弱する.大脳基底核関連機能と老化,関連疾患の発症年齢,新しい薬物治療といった臨床医学的見地からも興味深い.(第3章)中脳辺縁系ドパミン神経の起始部に相当する腹側被蓋野からドパミンニューロンを単離した後,細胞内遊離Ca2+濃度を測定し,orexin-A,methamphetamine,phencyclidineの作用を解析した.ドパミンニューロンはこれらの刺激に応答し,細胞内遊離Ca2+の増加およびCa2+チャネルの活性化が認められた.ドパミン神経は精神·行動異常や睡眠·覚醒の制御に関与しており,その細胞分子機構として細胞内遊離Ca2+の増加およびCa2+チャネルの活性化が重要であると考えられる.(第4章)DARPP-32は線条体に選択的に発現し,ドパミン情報伝達の効率を制御するリン酸化タンパクである.DARPP-32はリン酸化される残基によりプロテインホスファターゼ1抑制タンパク(Thr34)やPKA抑制タンパク(Thr75)として作用する.グルタミン酸はイオン共役型NMDA/AMPA受容体や代謝型グルタミン酸受容体を介してDARPP-32リン酸化を調節しており,DARPP-32はドパミン作用とグルタミン酸作用を統合する分子機構として重要である.(第5章)我々は,統合失調症の病態発生と神経幹細胞の関係を検討している.これまでに得られた結果は次のようである.(1)成熟ラットの頭部にX線照射を行うと移所行動量が増大した.(2)統合失調症患者のリンパ球内では,very low-density lipoprotein receptor(VLDLR),leukemia inhibitory factor(LIF),LIF受容体のmRNA発現量が増加していた.(3)ドパミンD1受容体選択的作動薬は海馬歯状回の細胞新生を促し,統合失調症の陰性症状を改善した.
著者
松澤 佑次 船橋 徹 斉藤 昌之 矢田 俊彦
出版者
大阪大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2003

本研究は脂肪細胞機能を解析し過栄養を原因とする動脈硬化、糖尿病、癌戦略を打ち立てんとするものである。(1)脂肪細胞の起源と発生分化:生体の三次元的な組織変化追跡法が開発され、血管新生が脂肪組織増大に必須であること、単球接着など動脈硬化巣と類似した変化が肥満脂肪組織におこることが示された。侵入したマクロファージはアディポサイトカイン分泌に影響を与え、脂肪組織リモデリングという現象が起こる。局所酸化ストレス物質や低酸素状態がアディポサイトカイン分泌異常をおこすことも明らかになった。(2)脂肪細胞の基本生命装置:アディポソームと呼ぶ膜小胞が新たな分泌機構として明らかにされた。著しく変化する脂肪細胞容積感知分子として容積感受性クロライドチャネルが同定された。水チャネル分子であるアクアポリンが脂肪細胞グリセロール分泌に関与し、その欠損により飢餓時の糖新生不足がおこり低血糖をきたすことを示され脂肪細胞におけるグリセロールチャネルの概念が確立された。(3)機能破綻による病態発症機構の解明とその制御:アディポネクチンの生理的意義に関する多くの研究成果が得られ、単に代謝性疾患にとどまらず、循環器疾患、消化器疾患、炎症性疾患、さらには腫瘍など、主要な疾患と生活習慣の関連を解明する上で大きく貢献し、アディポネクチン学(Adiponectinology)という一つの学問分野を形成するに足るものとなり、わが国から世界に向けた大きな発信となった。以上より、多分野の研究者が参入し脂肪細胞生物学(アディポミクス)という分野が急速に立ち上がった。本領域研究は科学領域に大きな成果をもたらしたと考えるが、加えて国家的課題となっている多くの生活習慣病対策に対し、メタボリックシンドローム概念確立の科学的基盤の一つとなったと考える。
著者
馬場 明道 松田 敏夫 橋本 均 新谷 紀人 塩田 清二 矢田 俊彦
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2003

神経ペプチドPACAPは、神経伝達物質、神経栄養因子として種々の生理機能に関与すると予測されている。本研究は、精神疾患、糖尿病の分子レベルでの病態発現におけるPACAPの関与を、遺伝子の発現変化とその機能解析により究明し、これら病態の新規創薬標的分子の同定ならびに治療薬開発に資することを目的として計画・実施し、以下の知見を得た。1.PACAP遺伝子欠損(KO)マウスの異常表現型として、概日リズムの光同調障害、海馬神経可塑性の異常、神経因性疼痛および炎症性疼痛の欠如、エタノール感受性の低下など、多岐の中枢機能変化を見出し、中枢神経機能におけるPACAPの予測外の働きを明らかにした。2.KOマウスが示す種々の異常行動が、精神興奮薬アンフェタミンで改善されること等から、PACAPとヒト注意欠陥多動症(ADHD)との関連を示し、更なる薬理学的解析から、本病態の治療効果に5-HT_<IA>受容体が重要な働きを担うことを示唆した。また、PACAPとIL-6のKOマウスを用いた検討から、外因性・内因性のPACAPによる脳傷害保護作用にIL-6が大きく関与することを明らかとした。3.膵臓β細胞特異的PACAP過剰発現マウスを用いたI型およびII型糖尿病モデルでの検討から、糖尿病時の膵β細胞増殖作用や、ラ氏島過形成の制御への関与など、PACAPに関する全く新しい知見を見出した。また本マウスの膵島に対し、laser capture microdissection(LCM)およびDNA microarray解析を行なうことで、糖尿病態下の膵β細胞増殖制御に関与するいくつかの遺伝子を見出した。4.ベルギーとの国際共同研究により、PACAPが責任因子である初めてのヒト症例を見出し、その病態とPACAP遺伝子改変動物の解析から、内因性のPACAPが血小板活性化の抑制因子として働くことを明らかとした。
著者
前島 裕子 Sedbazar Udval 岩崎 有作 高野 英介 矢田 俊彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.4, pp.162-165, 2011 (Released:2011-04-11)
参考文献数
24
被引用文献数
1

近年,世界中で肥満人口が増加し,深刻な健康上の問題となっている.肥満は摂取エネルギーが消費エネルギーを上回ることで生じるが,過食はその最大の原因である.近年中枢における摂食調節メカニズムの研究が進展し,レプチン,アディポネクチンなどのアディポサイトカイン,グレリンなどの消化管ホルモンが中枢作用により摂食調節に関わることが分かってきた.2006年にnesfatin-1が新規満腹因子として発見され,その後5年が経過し,その摂食抑制メカニズムの解明が進み,さらに血圧・ストレスなどにおける新たな機能も明らかになりつつある.Nesfatin-1は多くの摂食関連神経核に分布しているが,特に視床下部室傍核のnesfatin-1が生理的な摂食制御に関与しており,室傍核においてnesfatin-1はオキシトシンニューロンの活性化と分泌を促し,オキシトシンはその投射先の延髄の孤束核プロオピオメラノコルチン(POMC)ニューロンを介して摂食を抑制することが明らかになった.この室傍核nesfatin-1/oxytocin→脳幹POMC系はレプチン抵抗性の動物においても正常に作動することから,レプチン抵抗性を呈する場合が多いヒト肥満への治療応用が期待される.またnesfatin-1は末梢組織である脂肪,消化管,膵臓等に分布すること,末梢投与nesfatin-1も摂食を抑制することが報告されており,末梢組織由来nesfatin-1の摂食その他の機能の解明は今後の重要な課題である.
著者
出崎 克也 矢田 俊彦 加計 正文
出版者
自治医科大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2009

本研究では、膵β細胞におけるグルコース代謝情報およびホルモン情報変換装置としてのKvチャネルとTRPチャネルを介した新たなインスリン分泌制御機構を解明し、そのセンサー情報統合メカニズムを明らかにすることを目的とする。ラット膵島におけるKvチャネルの発現を検討した結果、Kv2.1チャネルのmRNA発現を検出し、二重免疫染色の結果、Kv2.1チャネルは膵β細胞に局在していた。Kvチャネル電流はグルコース濃度依存性を示し、Kv2.1チャネルブロッカーはラット分離膵島からのグルコース誘発インスリン分泌を促進し、β細胞のKv電流を抑制しグルコース刺激による[Ca^<2+>]_i上昇を増加させた。自然発症2型糖尿病GKラットは正常Wistarラットと比較して、β細胞Kv2.1の発現が増大していた。K_<ATP>チャネルサブユニットKir6.2および2型糖尿病との相関が報告されている電位依存性K^+チャネルKCNQ1の膵島発現レベルは、GKラットとWistarラットで同程度であった。単離膵β細胞のKvチャネル活性を電気生理学的に比較すると、GKラットではβ細胞Kvチャネル電流が増強していた。Kv2.1チャネルブロッカー存在下ではGKラットβ細胞におけるKvチャネル電流の増強が観察されなかった。TRPM2ノックアウトマウスは、グルコースやGLP-1刺激によるβ細胞[Ca^<2+>]_i上昇とインスリン分泌が低下していた。以上より、膵β細胞ではKv2.1チャネルやTRPM2チャネルがβ細胞インスリン分泌およびそのホルモン制御機構のセンサー分子として機能していると考えられる。また、2型糖尿病ラットβ細胞では、Kv2.1分子の発現増大によりKvチャネル電流が亢進しており、Kv2.1の発現機能亢進が糖尿病態におけるβ細胞インスリン分泌不全に関与することが示唆される。