著者
板倉 有紀
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.94, pp.109-132, 2014-04-30 (Released:2022-03-05)
参考文献数
30

本稿では、東日本大震災を経ての社会理論の課題として、「機能分化とリスク」という観点から、特に地域社会に照準して災害時要援護者・災害弱者の「包摂と排除」についてとりあげる。機能分化論において議論される「蓄積的排除」という事態について先行研究をふまえて考察し、自然災害における被害のあり方と関連づけて論じる。その上で、自然災害における「蓄積的排除」に抗する支援体制を、地域社会を基盤として構築していくさいの課題と方向性について、災害時要援護者対策や東日本大震災以降の動向をとりあげながら考察する。以上をとおして、東日本大震災をめぐる社会理論の一つの方向性と、経験的な課題としての災害時要援護者・災害弱者支援の接点を提示したい。
著者
板倉 有紀 伊藤 和恵 佐藤 美智子 佐藤 はま子 大田 秀隆
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.48, pp.151-161, 2019-08-30 (Released:2021-02-26)
参考文献数
14

「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」では認知症高齢者等にやさしい地域づくりが目指されている.本稿では,認知症啓発・予防および認知症当事者支援が行われる秋田県羽後町の事例を取り挙げる.「若竹元気くらぶ」と「うごまちキャラバンメイト・認知症サポーター協会」という二つのグループの認知症に関する活動が成立する背景要因を検討する.特に「認知症予防」という考え方が,どのように働いているかに焦点化する.認知症予防の取り組みは認知症当事者を結果的に排除するという議論がなされてきたためである.「若竹元気くらぶ」は,認知症予防のための活動として始まったが認知症当事者支援の場にもなっている.「うごまちキャラバンメイト・認知症サポーター協会」は「若竹元気くらぶ」から独立して結成され,当事者支援のための活動として始まったが認知症予防に関心のある会員を取り入れ活動を継続している.いずれの活動においても保健福祉に関する専門知識を持つ行政職員や住民が活動に深く関与している.地域社会において認知症予防という考え方は,認知症の当事者の参加の機会にもなりうる.当事者の参加のためには専門職の関わりかたが重要である.
著者
板倉 有紀
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.17-29, 2013-07-19 (Released:2014-08-31)
参考文献数
32
被引用文献数
2

本稿では,津波被災地における支援・ケアの持続可能性について「多様なニーズ」と保健師職能という側面から考察し,災害時の保健師職能の可能性を提起することを目的とする.被災から2年を経て一部の津波被災地では,保健師人員不足が危惧され保健師の増員がおこなわれている.長期化する復興過程における被害やニーズは,事前にあらかじめ特定される/特定されないものを含めて多様であり,長期的で持続可能な「生活支援」を含めた支援とケア体制が地域社会において今日的な課題となる.本稿はこの「ニーズの多様性」の事例を理論的には災害研究における「ヴァルネラビリティ」の議論に関する問題として位置づけた上で,経験的には「ニーズの多様性」への対処・発見としての災害時の保健師の活動の意義を考察する.保健師の活動は健康面での支援・ケアだけではなく,多様なニーズを発見しそれに対処しうるものとして実践的な可能性を持つことを示したい.災害時に活かされうる保健師職能は平常時からの地区担当制や戸別家庭訪問といった保健師の活動と連続性があると考えられる.災害時/平常時の保健師の活動を維持していくためには課題もあり,効果的な派遣体制や平常時からの業務配置,保健師職能の世代間の継承性についてさらなる議論の余地が残る.
著者
板倉 有紀
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.103, pp.115-137, 2019-10-16 (Released:2021-10-24)
参考文献数
18

本稿では、近年保健行政で用いられる「ソーシャルキャピタル」に注目し、被災地における行政と専門職らの協働におけるソーシャルキャピタルの内実について、コミュニティカフェの事例から検討する。岩手県陸前高田市は、行政レベルで、外部支援者の保健師と医師の協力のもと、「ソーシャルキャピタル」を明確に意識した取り組みを行っている。震災後の社会状況や文脈において、その理念に適合的なかたちでコミュニティカフェが、市内の医療専門職らにより運営されるようになった。その運営の基盤には結合型のソーシャルキャピタルというよりも、職業やPTAといった橋渡し型のソーシャルキャピタルが活かされていた。コミュニティカフェの利用者らもその利用を通して健康増進に必要な様々な資源にアクセスしていることが分かった。被災という文脈において、行政と地域の医療専門職らが偶然にも協働しあう基盤が構築された一つの事例として位置づけられるとともに、地域の医療専門職の専門性という観点からみると、事業立ち上げを含む地域保健への介入と協働という点で地域づくりへの積極的関与ということが、震災前の通常の専門性とは異なることが示された。
著者
板倉 有紀
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.101, pp.115-139, 2018-03-28 (Released:2021-12-01)
参考文献数
13

本稿の目的は、災害時の応急対策期におけるニーズ把握の実践を主とした被災者支援の経験が、保健師と地域社会や地域住民との関わり方の再評価に対して、どのような影響を与えているのかを、退職保健師の活動事例から検討することである。岩手県大槌町では、退職保健師が住民のニーズ把握のため、ボランティアでの災害対応を行った。これは異例であり退職保健師が行政の後ろ盾のないまま活動するのは困難である。 徳島県では退職保健師を県が組織化し「プラチナ保健師」制度を設立した。この制度は、東日本大震災の際に宮城県に派遣された経験をふまえて、地域のことをよく知っている現職の保健師が統括的な立場にいる必要があり、退職保健師は現職の保健師が活動しやすいように後方支援的な立場を担うと良いのではないかという考えのもと設立された。ここで再評価されているのは地区担当制と呼ばれる保健師の活動体制である。現況では保健師の活動体制は実質的な業務分担制が主であり、地域や地区の住民と関わったり関係機関を調整したりする経験が減少している。徳島県プラチナ保健師制度は、この課題意識が東日本大震災をきっかけに具体化され、平常時からの退職保健師と現職の保健師との連携を目指す制度である。
著者
板倉 有紀
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.98, pp.115-135, 2016-05-30 (Released:2021-12-29)
参考文献数
21

リスクに関連した社会的行為を理解し考察するさいに、行為者の、例えば母親であるという社会的属性や、女性であるという社会的属性が、個々の事例においてどのように関連しているのかを問うことは、「リスクの社会学」にとっても一つの課題であると考えられる。本稿では、リスクに関連する行為と個人の問題に焦点を当てる。まず本特集のテーマでもある「ウルリッヒ・ベックの社会理論」におけるリスクと知識と個人の問題について考察する。次に個人の社会的属性と、リスクに関連した行為との結びつきという観点を検討するべく、「災害と女性」に関する経験的事例として「女性の視点」という言い方について検討する。まとめとして、リスクをめぐる社会的行為と個人の社会的属性の結びつきという視角に立つことが、リスク問題におけるどのような経験的事実に切り込む可能性があるのかをルーマンの議論もふまえつつ論じたい。
著者
諸岡 了介 相澤 出 田代 志門 桐原 健真 藤本 穣彦 板倉 有紀 河原 正典
出版者
島根大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究プロジェクトでは、ケア実践との関連において現代日本における死生観の実態を明らかにすべく、各種の質的調査や、思想史的・宗教史的考察、海外事情の研究といった分担研究を集約しながら、在宅ホスピスを利用した患者遺族を対象とした大規模な調査票調査を実施した。調査票調査では、宮城県・福島県における在宅ホスピス診療所6カ所の利用者2223名に依頼状を送付して、663通の回答が得られた。その分析から、在宅療養時の患者や家族の不安感やニーズの詳細とともに、宗教的関心に経済的・社会的関心が絡み合った死生観の具体相が明らかにされた。