著者
林 奉権 楠 洋一郎 京泉 誠之
出版者
(財)放射線影響研究所
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

慢性炎症はがん、心筋梗塞などの発生に大きく関わっていると考えられる。原爆被爆者では、被爆後50年以上経過した現在においても、がん・心疾患・糖尿病など「加齢病」のリスクがいまだに高い。我々は、被爆者では炎症状態の亢進が起きており、様々な疾患のリスクを高めているのではないかと考え、原爆被爆対象者について血液試料を用いて、炎症性サイトカインIL-6、TNF-α及びIFN-γ、炎症性指標であるC-反応性蛋白(CRP)、抗炎症性サイトカインIL-10の血漿中レベルを測定し、被曝線量との関係を検討した。また、血清中活性酸素測定のためのマルチプレート法による実用的システムを確立し、放射線被ばくの影響についても調べた。その結果、炎症性マーカー(IL-6,TNF-α,IFN-γ,IL-10,CRPが放射線被曝線量に依存して有意に増加していること、および、被曝線量の増加に伴い、活性酸素産生量が統計学的に有意に上昇することを見出した。この活性酸素産生量の増加は炎症性指標であるIL-6およびCRPの増加に比例していた。さらに、マウスを用いて放射線照射後のリンパ球の割合と炎症指標レベルの変化についても調べた。その結果、照射マウスの血中および胸腺、脾臓、リンパ節中のリンパ球数は減少していたが、照射マウスと未照射マウスの血漿中の炎症関連サイトカイン、胸腺、脾臓、リンパ節細胞中のサイトカイン量において有意な差は認められなかった。このことは、被爆者に認められている持続的炎症状態は被爆による免疫担当細胞の減少とともに、感染などの炎症の誘起が重要な役割を果たしているのかもしれない。
著者
高橋 恵子 多賀 正尊 伊藤 玲子 丹羽 保晴 林 雄三 中地 敬 楠 洋一郎 濱谷 清裕
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.324, 2010 (Released:2010-12-01)

原爆被爆者成人甲状腺乳頭がんの分子生物学的解析より、RET/PTC再配列と放射線量との有意な関連に加えて、遺伝子変異が未同定、即ちRET、NTRK1、BRAFおよびRAS遺伝子に変異を持たない甲状腺乳頭がん症例も放射線量に関係することが見出された。このことは、RET/PTC遺伝子再配列以外にも、放射線関連成人甲状腺乳頭発がんに関与する遺伝子変異が存在することを示唆する。 我々は遺伝子再配列型の癌遺伝子に焦点をおき、遺伝子変異が未同定の甲状腺乳頭がん症例に生じている遺伝子変異の解析を行った。その結果、甲状腺乳頭がんではまだ報告されていない新しい型の遺伝子再配列、未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)遺伝子の再配列を初めて見出した。被曝症例19例中10例にALK遺伝子再配列を見出したが、非被曝症例6例中にはいずれにもこの変異は検出されなかった。現在、ALK再配列のパートナー遺伝子を同定中である。これらの結果より、放射線関連成人甲状腺乳頭発がんにおいて、RET/PTC再配列および ALK再配列を主とする染色体再配列が重要な役割を担うことが示唆される。
著者
笹谷 めぐみ 徐 衍賓 本田 浩章 濱崎 幹也 楠 洋一郎 渡邊 敦光 増田 雄司 神谷 研二
出版者
Journal of Radiation Research 編集委員会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.44, 2011

放射線の重大な生物影響の1つに発がんがある。広島長崎の原爆被ばく者の疫学研究から、放射線が発がんリスクを増加させることが明らかにされているが、100mSv以下の低線量域においては有意な増加は得られていない。放射線発がんの分子機構の解明は、発がんのリスク評価につながると考えられているが、放射線照射後の細胞内で誘発された損傷がどのように発がんに結びつくかは明らかではない。我々は、放射線発がんの分子機構を解明するために、実験動物モデルを用いてより単純化した系での解析を行うことを試みた。実験動物モデルとして、修復機構の1つである損傷乗り越えDNA合成に着目し、その中で中心的な役割を担うRev1を過剰発現するマウスを作成し、発がん実験を行った。また、ヒト家族性大腸ポリポーシスのモデルマウスであるAPC<SUP>Min/+</SUP>マウスを用いて掛け合わせを行った。研究の先行している化学発がん実験結果や、放射線分割照射により誘発された胸腺リンパ腫を用いた解析から、がん抑制遺伝子であるikaros領域の欠失および、それに伴うikarosスプライシングバリアントの出現が放射線分割照射における特徴的な損傷として検出された。損傷乗り越えDNA合成機構の異常は、このikarosスプライシングバリアントの出現頻度に寄与していると示唆される結果を得ている。また、損傷乗り越え合成機構の異常は、APC<SUP>Min/+</SUP>マウスモデル系における自然発生腸管腺腫を有意に増加させる結果が得られ、損傷乗り越えDNA合成機構がゲノムの安定性を維持するために機能していることが明らかになった。今回はこれらの結果について報告したい。