著者
吉原 亮平 滝本 晃一 長谷 純宏 野澤 樹 坂本 綾子 鳴海 一成
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.97, 2010 (Released:2010-12-01)

高等植物では、これまで紫外線や電離放射線の及ぼす効果を評価する目的で、生存率の測定や突然変異の解析などが行われてきた。しかし、DNA修復機構や変異誘発メカニズムの解明に重要な知見をもたらす変異スペクトルの解析に関しては、迅速に数多くの変異を検出できる実験系が存在しなかったことから、動物細胞での研究に比べて進んでいないのが現状である。モデル植物として広く研究に利用されているシロイヌナズナは外来遺伝子の導入やゲノムDNAの回収が容易であるばかりでなく、遺伝的に均一であるため、紫外線や電離放射線の効果を解析するのに適している。そこで我々は、シロイヌナズナの核ゲノムに大腸菌由来のrpsL遺伝子をもつプラスミドを組み込むことにより、新たな突然変異検出システムを構築し、紫外線や電離放射線の生物影響を遺伝子レベルで明らかにすることにした。 本変異検出システムを用いて紫外線誘発変異を解析した結果、主要な紫外線誘発DNA損傷であるシクロブタン型ピリミジン二量体(CPD)に起因すると考えられるG→Aトランジション変異の頻度が非照射区に比べて上昇した。次に、CPDを効率的に修復するCPD光回復遺伝子をRNAiにより発現抑制し、紫外線高感受性となったシロイヌナズナを作製した。このRNAi個体を用いて変異スペクトル解析を行った結果、野生型に比べてG→A変異の上昇に加えフレームシフト変異の頻度も上昇した。CPD光回復の抑制により、塩基置換変異が上昇するだけでなく、変異スペクトルにも違いが現れることが示された。 次に、電離放射線による誘発変異を調査するために、ガンマ線および炭素イオンビーム(LET 121.5 keV/m)をシロイヌナズナ乾燥種子に照射して、変異スペクトル解析を行った。その結果、ガンマ線では炭素イオンビームに比べて、サイズの小さな欠失変異が誘発される傾向があることが示され、シロイヌナズナ乾燥種子において、放射線種の違いにより異なる変異が誘発されることが示唆された。
著者
松山 睦美 蔵重 智美 七條 和子 岡市 協生 平川 宏 三浦 史郎 中島 正洋
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.257, 2010 (Released:2010-12-01)

小児期の甲状腺濾胞上皮は放射線に高感受性で、放射線は甲状腺発がんの危険因子である。一方、被爆者甲状腺癌の大部分は成人期被曝であるが、成人期での放射線外照射の発がんへの影響は一般的に低いとみなされる。ラットでは、成熟甲状腺濾胞上皮に放射線誘発DNA損傷応答とFISH法による転座型遺伝子異常が観察される。本研究では、甲状腺濾胞上皮の放射線感受性に対する年齢の影響を評価するために、放射線外照射後のラット甲状腺の組織変化とp53経路を中心としたDNA損傷応答分子の発現を経時的に解析した。成熟(7~9週齢)雄性Wistarラットに0.1 Gy, 8 GyのX線を外照射後24時間まで、甲状腺を経時的に摘出し解析に供した。対照として放射線高感受性臓器である胸腺を同時に解析した。照射前甲状腺濾胞上皮に増殖マーカーKi-67陽性細胞は2%であり、TUNEL法によって検出される細胞死は照射後甲状腺濾胞上皮細胞に誘導されなかった。一方、未熟(4週齢)ラットでは、照射前甲状腺濾胞上皮のKi-67陽性細胞は10%であり、照射後経時的に減少(3時間5%, 24時間2%)し、8Gy照射後6時間でTUNEL陽性の細胞死が検出された。胸腺では照射後多数のリンパ球にTUNEL陽性細胞死が観察された。Western blot法では、成熟甲状腺で照射後3時間よりp53, Ser15リン酸化p53の発現増加が見られたが、p21, Puma, Cleaved caspase-3発現は有意な変化を認めなかった。DNA二重鎖切断(DSB)後の修復系である非相同末端結合(NHEJ)に機能するKu70は照射後に発現が増加した。成熟甲状腺は、未熟甲状腺や胸腺と異なり、放射線照射後G1期停止や細胞死が誘導されず、DNA DSBはNHEJ により修復されていて、その後の発がん過程に影響している可能性がある。
著者
立花 章
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.70, 2010 (Released:2010-12-01)

放射線による生物学的影響を惹起する主要なDNA損傷はDNA二本鎖切断である。従来の放射線生物学的研究は、ガンマ線やX線によるDNA損傷の生成やその修復過程の研究が主であった。これらの研究により、DNA二本鎖切断の感知及び修復に関与する多数のタンパク質の挙動などの検討が詳細に行われ、大きなネットワークを形成するDNA損傷修復過程が明らかにされてきている。しかし、ベータ線によるDNA損傷の生成やその修復については殆ど明らかでない。ベータ線はガンマ線やX線とは飛跡や電離密度が大きく異なるため、DNAなどの生体高分子に生じる損傷の種類や分布にも相違があると考えられる。このような分子レベルでの損傷の違いは、例えばDNA修復タンパク質の挙動に変化をもたらすなど、DNA損傷修復過程にも何らかの相違を生じることが考えられ、それは引いては細胞や個体に対する生物作用にも影響を及ぼすものである。従って、トリチウムベータ線の生物作用を分子および細胞レベルで明らかにすることは極めて重要である。従来のトリチウムによる生物影響研究は、現象論に偏っていたきらいがあるが、近年の分子生物学的知見の蓄積により、ベータ線の生物影響について分子生物学的および細胞生物学的研究の推進が可能になってきた。本発表では、まず、これまでのトリチウム生物影響研究の概要を簡単に振り返り、現状を紹介する。併せて、現在我々が行っているトリチウムチミジンによる放射線適応応答誘導に関する結果を報告したい。
著者
中山 亜紀 篠本 祐介 佐々木 克典 米田 稔 森澤 眞輔
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.181, 2010 (Released:2010-12-01)

化学物質のリスク評価方法は現在大きな転換を求められている。 放射線のリスク評価が広島・長崎の原爆生存者調査という膨大なヒトのデータに基づいているのに対し、化学物質のリスク評価の多くは動物実験に頼ってきた。しかし、コスト・時間・動物倫理の面から、in vitro毒性試験に基づいたリスク評価の開発が望まれている。 そこで我々は、「放射線等価係数」という概念によるリスク評価方法を提案したい。 この方法ではin vitro毒性評価試験系により対象物質の毒性を等価な放射線量に換算した放射線等価係数を決定し、さらに対象物質のターゲット臓器における曝露量と放射線の発がん確率からその臓器における発がんリスクを推定するものである。 DDT及びX線について行ったin vitroトランスフォーメーションアッセイから肝臓がんリスクを評価したところ、Slope Factor(1mg/ kg 体重/日の用量で生涯にわたり経口曝露した時の発がんリスク)として0.143~0.152が得られ,US.EPAの呈示するSlope Factorと比較して良好な値であり、「放射線等価係数」によるリスク評価方法が妥当である可能性を確認した。
著者
高橋 恵子 多賀 正尊 伊藤 玲子 丹羽 保晴 林 雄三 中地 敬 楠 洋一郎 濱谷 清裕
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.324, 2010 (Released:2010-12-01)

原爆被爆者成人甲状腺乳頭がんの分子生物学的解析より、RET/PTC再配列と放射線量との有意な関連に加えて、遺伝子変異が未同定、即ちRET、NTRK1、BRAFおよびRAS遺伝子に変異を持たない甲状腺乳頭がん症例も放射線量に関係することが見出された。このことは、RET/PTC遺伝子再配列以外にも、放射線関連成人甲状腺乳頭発がんに関与する遺伝子変異が存在することを示唆する。 我々は遺伝子再配列型の癌遺伝子に焦点をおき、遺伝子変異が未同定の甲状腺乳頭がん症例に生じている遺伝子変異の解析を行った。その結果、甲状腺乳頭がんではまだ報告されていない新しい型の遺伝子再配列、未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)遺伝子の再配列を初めて見出した。被曝症例19例中10例にALK遺伝子再配列を見出したが、非被曝症例6例中にはいずれにもこの変異は検出されなかった。現在、ALK再配列のパートナー遺伝子を同定中である。これらの結果より、放射線関連成人甲状腺乳頭発がんにおいて、RET/PTC再配列および ALK再配列を主とする染色体再配列が重要な役割を担うことが示唆される。
著者
大瀧 慈
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.42, 2010 (Released:2010-12-01)

広島市は、2008年に、原爆投下直後に黒い雨を体験した可能性のある広島市及びその近郊の居住している31598名を対象としたアンケート調査を行った。その調査では、黒い雨を体験したか否かの他、体験者の場合には、その場所(役場や学校など)、雨の降り始めの時刻(時単位)、同降り止んだ時刻(時単位)、雨の強さ、雨の色、飛遊物の目撃の有無について郵送による自記式回答が得られている。各回答者のうち黒い雨体験者に関しては、その場所毎に類別され、それぞれの調査項目について、平均値や比率により要約を行った。さらに、体験者のうち体験場所および体験時刻が記載されていた1565名分を対象にして、それらの要約値に対するノンパラメトリック回帰分析を適用し、黒い雨の各特性値に関する時空間分布を推定した。 その結果、広島での黒い雨は午前9時頃広島市西方郊外で降り始め雨域を北西に拡大しながら10時頃沼田・湯来東部付近で最強になりその後衰弱しつつ雨域を縮小しながら北上し午後3時頃加計付近で消滅したことが推測された。また、線形変換による調整後の降雨時間が1時間未満と推定される領域の外縁が、従来からいわれていた宇田雨域よりも広く、現在の広島市域の東側および北東部側を除くほぼ全域と周辺部に及んでいた。
著者
古澤 之裕 藤原 美定 趙 慶利 田渕 圭章 高橋 昭久 大西 武雄 近藤 隆
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.118, 2010 (Released:2010-12-01)

目的:超音波は現代医療において診断のみでなく,がん治療にも用いられている.一定強度以上の超音波を細胞に照射することで,キャビテーションによる細胞死を引き起こすことが観察されてきた. 細胞死誘発の作用機所の一つとしてDNA損傷が考えられており,これまでチミン塩基損傷やDNAの一本鎖切断の生成が認められ,超音波照射後に発生するフリーラジカル,残存する過酸化水素の関与が報告されている.放射線や抗がん剤は,DNAを標的として細胞死を引き起こすことが知られており,損傷の種類,損傷誘発・修復機構等多数の報告がなされているが,超音波に関する知見は非常に限定的で依然不明な点が多い.本研究では,超音波により誘発されるDNA損傷と修復について検討を行った. 方法:ヒトリンパ腫細胞株に、周波数1 MHz、PRF 100 Hz、DF 10%の条件で超音波照射した。陽性対照としてX線照射した細胞を用いた.DNA損傷を中性コメット法,gammaH2AX特異的抗体を用いて検討した.また修復タンパクの核局在を免疫染色法にて検討した.ヒドロキシラジカルの産生をスピン捕捉法にて、細胞内活性酸素をフローサイトメトリーにて検討した。DNA損傷応答経路の阻害剤としてKu55933、Nu7026を適宜用いた. 結果:超音波が放射線と同様、照射強度・時間依存的にgammaH2AXを誘導し,コメットアッセイにおいてもDNA損傷が検出された。修復タンパクの核局在が同時に観察され,照射後時間経過による損傷の修復が確認された.キャビテーションを抑制すると超音波によるgammaH2AXは観察されず、細胞死も有意に抑制された。一方で細胞内外のROSの産生を抑制しても,gammaH2AXの有意な抑制は観察されなかった。超音波によるgammaH2AXはKu55933単独処理のみならず,Nu7026の単独処理によっても抑制された. 結論:超音波がキャビテーション作用によりDNA二本鎖切断を引き起こすことが明らかとなった.また,超音波によってもDNA損傷の修復シグナルの活性化が起こり,DNA-PKが重要な役割を担っていることが予想される.
著者
加藤 真介 小林 純也
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.59, 2010 (Released:2010-12-01)

低線量放射線は、MAPキナーゼ系の活性化やNO合成酵素(NOS)の誘導など細胞内情報伝達系に影響を与える可能性を有するが、詳細は不明である。一方、神経成長因子(NGF)は、末梢神経系に作用し、その軸索伸長を促す生理活性物質である。この因子の細胞内情報伝達経路の詳細は完全には解明されていないものの、その作用発現にはMAPキナーゼ系の持続的活性化を要すること、およびNOを介した経路が関与する可能性があることなどが報告されている。上記を考え合わせると、低線量放射線照射がMAPキナーゼ系の活性およびNO産生に影響を及ぼすことで、NGF誘導の神経軸索伸長を促進する可能性が想起される。そこで、神経分化のモデル細胞として知られるPC12細胞を用いて、低線量放射線のNGF誘導神経軸索伸長に及ぼす影響について検討を行った。 PC12細胞を低線量率γ線の持続的照射下でNGF刺激し、神経軸索伸長の程度を解析するとともに、関連タンパク質の発現をウエスタンブロッティングにより観察した。NGFによるMAPキナーゼ系の活性化は、照射群においてさらなる亢進が一時的に認められたものの、その後は抑制され、NGFシグナルの低下が起きていると考えられた。実際、NGFによる神経軸索伸長は、照射群においてわずかではあるが低下していた。この現象におけるNOの関与を調べるために誘導型NOSの発現を観察したところ、その発現上昇が認められた。さらに、照射による軸索伸長抑制は、NOスカベンジャーおよびNOS阻害剤によって抑制された。以上のことより、低線量の放射線照射は、予想に反し、NOの産生を介してNGF誘導の神経軸索伸長を抑制するものと考えられた。放射線感受性の低い神経系細胞におけるこのような発想の研究はほとんどなく、本知見は、低線量放射線の神経系に対する影響を検討する上で有意義な情報を提供するものと考える。
著者
飯島 健太 奥平 准之 石坂 幸人
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.129, 2010 (Released:2010-12-01)

ヒトゲノム中には動き回りえる遺伝子(トランスポゾン)が約45%存在している。中でもLINE-1(Long interspersed nucleotide element-1)は全ゲノムの17%ほどを占めており、現在でも100コピー程度のLINE-1はレトロトランスポジション能を有している。LINE-1のゲノムへのランダムな挿入は直接的に遺伝子の変異をもたらすことに加えて、細胞内の遺伝子発現プロファイルを変化させることが報告されていることから、LINE-1と発がんとの関連が強く示唆されている。 近年の研究で、LINE-1のレトロトランスポジションが放射線などのDNA損傷により誘導されることが明らかにされており、この現象はDNA損傷応答において中心的な役割を果たすATMの活性に依存していることが示されている。 本研究ではLINE-1のレトロトランスポジションを測定できるレポーターの系とエンドヌクレアーゼによるDNA二重鎖切断(DSB)誘導系を組み合わせることにより、DSBが直接的にLINE-1レトロトランスポジションを誘導することを明らかにした。また、DSBにより誘導されるLINE-1の挿入個所の指向性に関して考察したい。 また現在ATMによるレトロトランスポジション制御機構についての解析を進めており、LINE-1タンパクがATMリン酸化タンパクと相互作用することが示唆された。放射線照射後に誘導される細胞形質変化・染色体不安定性とLINE-1のレトロトランスポジションとの関連性について議論したい。
著者
古谷 真衣子 小野 哲也 小村 潤一郎 上原 芳彦 地元 佑輔 仲田 栄子 高井 良尋 大澤 郁朗
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.310, 2010 (Released:2010-12-01)

放射線はさまざまなラジカルを生成させるが、その中でも細胞障害の主な原因となるのは水の分解に伴うOHラジカルであることが知られ、しかもそれはSH剤によって捕獲されることが分かっている。他方、最近細胞内で生じるさまざまな活性酸素のうちOHラジカルだけが水素分子によって特異的に除去されることが示されている(Nature Med 13 (6) 688-694 (2007))。そこで我々はこの水素分子が放射線障害を軽減化する活性がないかどうかについて検討してみた。 [材料と方法] 8週齢のC57BL/6J、雌マウスを用いて2%の水素ガスを1時間吸わせた後同じ水素ガス存在下で8Gy及び12GyのX線全身照射を行い生存日数を調べた。X線は0.72Gy/minの線量率。また水素ガスに1時間曝露後普通の空気吸引にもどし、1時間あるいは6時間経た後で放射線を照射し、生存率を調べた。 [結果と考察] 水素ガス投与によって8Gy照射後の平均生存日数は10日から17日へと有意に増加し(p=0.0010)、12Gy照射でも増加傾向がみられた。これらは骨髄幹細胞や腸のクリプト幹細胞に対し水素ガスが防護効果を持つことを示している。さらに水素ガス吸引の効果は吸引を止めた後1時間及び6時間後では明白に減弱していることも分かった。 これらの結果は水素ガスが新しい放射線防護剤として有用であることを示唆すると同時に、水素分子がOHラジカルと反応し得ることも示唆するものである。 現在、水素ガスの効果が細胞レベル、DNAレベルでも観察されるものかどうかについて検討している。
著者
田内 広 和久 弘幸 屋良 早香 松本 英悟 岩田 佳之 笠井(江口) 清美 古澤 佳也 小松 賢志 立花 章
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.79, 2010 (Released:2010-12-01)

高LET放射線に特異な生物現象として、体細胞突然変異や細胞癌化において線量率が非常に低くなると逆に生物影響が大きくなるという逆線量率効果が知られている。この現象は1978年にHillらによって初めて報告されたものであるが、その原因はいまだに明らかになっていない。我々は、マウスL5178Y細胞のHPRT欠損突然変異における核分裂中性子の逆線量率効果が、低線量率照射による細胞周期構成の変化と、G2/M期細胞が中性子誘発突然変異に高感受性であることに起因することを報告し、さらに放医研HIMACの炭素イオンビーム(290 MeV/u)を用いて同様の実験をおこなって、放射線の粒子種ではなくLETそのものがG2/M期細胞の突然変異感受性に大きな影響を与えていることを明らかにした。また、各細胞周期において異なるLETによって誘発された突然変異体のHprt遺伝子座を解析した結果、G2/M期細胞が高LETで照射された時に大きな欠失が増加することがわかり、G2/M期被ばくではDNA損傷修復機構がLETによって変化していることが示唆された。さらに、正常ヒトX染色体を移入したHPRT欠損ハムスター細胞を用いた突然変異の高感度検出系を開発し、総線量を減らすことによってHIMACのような限られたマシンタイムでの低線量率照射実験を可能にした。実際、この系を用いてLET 13.3 KeV/μmと66 KeV/μmの炭素イオンビーム(290 MeV/u)で突然変異の線量率依存性を比較した結果、66 KeV/μmで明らかな逆線量率効果が認められたのに対して13.3 KeV/μmでは逆線量率効果は認められなかった。これらのことから、高LET放射線による逆線量率効果は低線量照射による細胞周期の部分同調とG2/M期における高LET放射線損傷に対する修復機構の変化に起因していると考えられる。