- 著者
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樋口 範雄
- 出版者
- The Health Care Science Institute
- 雑誌
- 医療と社会 (ISSN:09169202)
- 巻号頁・発行日
- vol.25, no.1, pp.21-34, 2015
- 被引用文献数
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わが国における終末期医療と法の関係は,何ら進歩あるいは改善を見ないまま半世紀を過ごした。かつては生命倫理も法も,生命の尊重だけを第一義としていればよかったが,医療技術の発展は,患者が植物状態で無意識のまま,人工呼吸器の力でその心臓だけは動かし続けるような状況を出現させた。アメリカでは,このような事態に対し,延命だけが生命倫理にかなうのかが議論され,1970年代以降,判例および立法により,自然死または尊厳死と呼ばれる死に方が適法とされた。同時に,これらはもはや法の問題ではなく医療の現場で,本人,家族,医療者らが決定すべき問題とされている。<br>これに対し,わが国では相変わらず一部の法律家と医師は,このような状況に殺人罪および嘱託殺人罪の適用の「おそれがある」と論じ,生命倫理の議論でも,患者の自己決定を含む生命倫理4原則が知られながらも,実践的には,無危害原則に固執した考えが残存したままである。そしてそれを打開するべく,超党派の議員連盟によって尊厳死法案の国会上程が図られつつある。<br>本稿では,わが国の法のあり方が,医療の現状に追いついていないばかりでなく,画一的かつ形式的に適用することをもって法の特徴とする法意識の下では,尊厳死法案にも一定のリスクがあることを指摘し,かえって医療の専門学会等によるガイドラインによって,実際の医療現場における倫理的決定がなされると論ずる。