著者
清水 善和
出版者
駒澤大学
雑誌
駒澤地理 (ISSN:0454241X)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.17-35, 2001-03

小笠原諸島母島の主稜線部の雲霧帯にのみ産する小笠原固有属のキク科木本植物ワダンノキ(Dendrocacalia crepidifolia Nakai)の現状と,更新様式の調査を行った。母島の堺ヶ岳-石門と船木山-乳房山の稜線2か所でルートセンサスを行い,出現した全ワダンノキ個体(96個体と97個体)について,樹高,地際直径,幹本数,ツルダコの有無,活力度の測定・記録を行った。また,台風被害で明るくなった林床に芽生えた当年実生の追跡調査を行った。さらに堺ヶ岳と乳房山山頂付近の生育地の植生調査も行い,過去のデータと比較した。その結果,樹高や生育形にはばらつきがあるものの,地際直径は一山型の度数分布を示すこと,1980年代後半より枯死が急速に進み群落が失われつつあること,全域で稚樹がほとんど見られないこと,陽樹なので発芽・初期成長に十分な光が必要なこと,台風後の明るい林縁に芽生えた当年実生は1年後にほぼ全滅したことなどが明らかになった。以上の結果から,ワダンノキはガラパゴス諸島のスカレシア林で知られている一斉更新型(一斉枯死・一斉発芽)の更新様式を持つことが推定された。ワダンノキの更新に関わる事項として,ツルダコとの競合関係,帰化種アカギの生育地への侵入,返還後30年間の乾燥化傾向と旱魃の被害,台風による撹乱と樹冠の損傷,近年増加した蛾(モンシロモドキ)の食害,固有ハナバチ類から帰化種セイヨウミツバチへの訪花昆虫の交替,群落状態から点在状態への生育状況の変化などを挙げ,現在,正常な更新を妨げる要因が複数あることを議論した。現時点の総個体数は500を切っている可能性が高い。今後も個体数の減少が続くことが予想される一方,後継の稚樹がほとんど育っていないので絶滅の恐れも出てきた。ツルダコの刈り払いなど,積極的な保護策をとる必要がある。
著者
漆原 和子 清水 善和 羽田 麻美
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.2, pp.102-117, 2015-03-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
22

ルーマニアの南カルパチア山脈チンドレル山地のジーナ村において,聞取り調査,空中写真および衛星写真判読,夏の宿営地となる山頂部の植生調査を行い,1989年の社会主義体制崩壊の前後と2007年のEU加盟後のヒツジ移牧の変化を検討した.調査地域では,3段の準平原面を利用した二重移牧が行われてきたため,放牧地や移動経路は切り拓かれて広大な草地が成立していた.社会主義体制下では約4万頭のヒツジを山頂部で放牧していたが,体制崩壊後は山頂部でのヒツジが激減し,2010年には3,500頭となった.その結果,森林限界付近のPicea abiesと山頂部のPinus mugo, Juniperus communisがその分布高度を上げて草地に侵入していることが明らかになった.侵入稚樹の最高樹齢はおおむね20~25年を示すことから,社会主義体制の崩壊直後から樹木が侵入していることがわかった.EU加盟後のヒツジの総頭数は社会主義体制当時の数に匹敵するまでになったが,山頂部へのヒツジの移動頭数は減少を続けている.
著者
清水 善和
出版者
駒澤大学
雑誌
駒澤地理 (ISSN:0454241X)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.17-68, 1994-03
被引用文献数
1

(1)小笠原諸島母島列島の主要5属島を対象に調査区(姪島:7ヵ所,妹島:8ヵ所,姉島:7ヵ所,平島:6ヵ所,向島:7ヵ所)を設け,100本法による植生調査を行った。これに母島本島南部丘陵地の既存の10調査区のデータをくわえて,属島部の植物相と植生の特徴について解析した。(2)属島部に記録のある高等植物は158種であり,母島本島の約2分の1,個々の属島では3分の1以下でしかない。母島本島中央部で優勢な湿性高木林や湿性型媛低木林の主要構成種や稀産随伴種を欠いていること,母島本島の二次林の優占種ムニンヒメツバキがないこと,ラン類やシダ植物が質・量ともに貧弱であること,帰化雑草類や帰化樹種の侵入が限られていることなどが特徴として挙げられる。(3)一方で,母島列島の乾性低木林にのみ現れる列島固有種ハハジマトベラは平島以外の各属島に分布し,同じくムニンクロキは小笠原群島中で向島だけにしか生育していない。また,現在野生化ヤギがいないために,父島列島ではほとんど壊滅状態のオオハマギキョウが各属島で群落を形成している。(4)属島部の自然植生を海岸植生(テリハボク・モモタマナ林,クサトベラ群落)と乾性低木林(シマシャリンバイ型低木林,シマイスノキ型低木林,タチテンノウメ型矮低木林)に区分し,シマシャリンバイ型低木林はさらに優占樹種の違いにより10の優勢林(シマシャリンバイ優勢林,アカテツ優勢林,アデク優勢林,モンテンボク優勢林,ムニンアオガンピ優勢林,ヤロード優勢林,オガサワラビロウ優勢林,テリハボク優勢林,オオバシロテツ優勢林,タコノキ優勢林)に細区分した。二次植生としてはリュウキュウマツ・モクマオウ林,アオノリュウゼツラン・サイザルアサ群落,オガサワラススキ・ハチジョウススキ群落の3型を区分した。以上の植生区分に従い,各島の植生図を作成した。(5)各島の植生の特徴は次の通り。姪島:低標高で丘陵状の地形のため全体に乾燥しており,シマシャリンバイ型低木林が広がる。岩場にはタチテンノウメ型矮低木林があり,アオノリュウゼツラン群落が目立つ。戦前の耕作地の周囲にはテリハボク防風林が残る。妹島:属島の中ではもっとも標高が高く,山頂付近には時々雲霧がかかる。シマシャリンバイ型低木林が広がり,岩場にはタチテンノウメ型綾低木林が現れる。主稜線部にはシマイスノキ型低木林も点在する。林床のシマオオタニワタリが目立つ。姉島:全体に平坦な島で,北端には海岸林がある。やや湿性な沢沿いの平坦地にはリュウキュウマツ・モクマオウ林が成立し,尾根筋の岩場にはサイザルアサ群落が目立つ。南部丘陵地にはシマシャリンバイ型低木林が分布する。平島:低平な小島で,テリハボク・モモタマナ海岸林(戦前の植林を含む)とモクマオウ林が広く分布している。シマシャリンバイ型低木林はわずかで,属島部で唯一のアカギ植栽樹がある。向島:属島部最大の島であり,上部丘陵地をハハジマトベラやムニンクロキのあるシマシャリンバイ型低木林が覆う。オガサワラビロウが目立ち,ノヤシの個体も多い。二次植生としてモクマオウ林が見られる。(6)母島本島南部丘陵地と属島部の植生は,その組成・構造からみて共通の乾性低木林(とくにシマシャリンバイ型低木林とシマイスノキ型低木林)で特徴づけられる。両地域は最終氷河期の海水面低下時(100m以上)には地続きであったと考えられ,その植生は一体のものとしてとらえることができる。(7)属島部のシマイスノキ型低木林は,過去により広い分布をもち組成も多様であったが,その後の長期的な乾燥傾向(数万年〜数十万年オーダー)のなかで衰退し,より耐乾性のあるシマシャリンバイ型低木林に置き替わりつつあることを論じた。(8)戦前の人為の影響として,農耕地の開拓や家畜の放牧,野生化家畜類による食害,軍隊の活動などが知られているが,いずれも一時的なものであった。戦後は無人島となって人為の影響から解放されたので,属島部の乾性低木林は本来の姿に近い状態をとどめている。また,ここは小笠原諸島全体の植生の成立過程を考える上でも重要な内容を含んでいるので,このまま人手を加えず自然の推移にまかせるのが望ましい。
著者
清水 善和
出版者
駒澤大学
雑誌
駒澤地理 (ISSN:0454241X)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.9-58, 1993-03
被引用文献数
5

(1)笠原諸島智島列島の聟島,媒島,嫁島,北之島の植生の現況とその特徴を明らかにし,あわせて野生化ヤギが森林の動態にどのような影響を与えているか解析するたあに調査を行った。(2)調査は1990年7月に行われた。森林植生を対象に聟島の19調査区と媒島の5調査区において,100本法による植生調査を行った。各植生型の代表的な林分では,さらに詳細な毎木調査を行った。草地植生については,聟島の9調査区と北之島の10調査区において出現種の被度・群度を求めた。(3)聟島列島の森林植生をモクタチバナ型低木林,シマイスノキ型低木林,タコノキ・ビロウ型低木林の3型に区分し,聟島と媒島の植生図を作成した。モクタチバナ型:モクタチバナとヤロードが優占する低木林で,媒島ではウドノキの大径木が混生する。聟島列島の残存林のほとんどを占める。シマイスノキ型:シマイスノキといくつかの随伴種の出現で特徴づけられる低木林。聟島に小林分がわずかに残るのみ。タコノキ・ビロウ型:ほとんどタコノキまたはオガサワラビロウの純林状をなす低木林。各地の乾燥した立地に分布する。(4)父島や母島の森林植生との比較から,モクタチバナ型,シマイスノキ型,タコノキ・ビロウ型低木林は,それぞれ清水(1989)のシマホルトノキ型高木林,シマイスノキ型低木林,シマシャリンバイ型低木林に対応すると考えられる。ただし,モクタチバナ型低木林は,組成的には父島や母島の湿性高木林に類似しながら,立地条件や林分構造は乾性低木林にちかいという特異な性格を有している。(5)聟島の面積の約80%,媒島の約90%は草地あるいは裸地と化している。とくに,媒島では赤色土の流亡が著しい。嫁島と北之島は全島が草地となっている。聟島ではオキナワミチシバ・フタシベネズミノオ群落,媒島ではコウライシバ群落,嫁島ではスズメノヒエ・シマチカラシバ群落,北之島ではソナレシバ群落がそれぞれ優占している。北之島には小笠原最大のオガサワラアザミ群落がある。(6)智島と媒島の残存森林は,野生化ヤギの食害のため,低木類と林床の樹木の実生・稚樹個体をまったく欠いている。林床の草本類もエダウチチジミザサが散生するのみで非常に貧弱である。(7)野生化ヤギの影響による森林後退のメカニズムは次のように推定される:ヤギの食害により森林は次世代個体を欠く;森林に林冠ギャップができると,これを埋めることができない;ギャップが多くなると林内の乾燥化が進み樹木が弱体化する;常襲する台風の強風により林縁やギャップ周辺の個体の崩壊が起こり疎開林となる;周囲の草地より疎開林の林床に草本が侵入する;最後まで残るオガサワラビロウの孤立木が枯死して完全な草地と化す;草地面積が増えると島全体がいっそう乾燥化し,このプロセスを加速する。(8)空中写真より聟島の草地に点在するオガサワラビロウの孤立木を判読して植生図上に記入し,草地化する以前の森林の広がりを求めたところ,ほぼ全域が森林で覆われていたことが推定された。(9)小笠原島庁(1914),東京営林局(1939),豊田(1981),市河(1992)による1914年,1935年,1968年,1978年,1991年の植生図を並べることにより聟島と媒島の植生の変遷がうかがわれる:かつてこれらの島々はほぼ全域が森林で覆われていた;戦前の開拓(山火事を含む)により森林の3分の1から半分程度が破壊された;終戦から返還までの20年余の空白期に野生化ヤギの影響でさらに大幅に森林が後退し,島の大部分が草地化した;返還後からは土壌の侵食が顕在化し,とくに最近10年間はいっそう激しくなった。返還後の小笠原の気候の乾燥化がこの変化を促進している可能性が高い。(10)土壌侵食にみられるように,野生化ヤギの環境に対する影響は限界にきておりこれ以上放置できない。緊急にヤギの駆除や積極的な緑化等の措置をとる必要がある。
著者
清水 善和 矢原 徹一 杉村 乾
出版者
駒澤大学
雑誌
駒澤地理 (ISSN:0454241X)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.31-56, 1988-03
被引用文献数
2

奄美大島の中央部に位置する金作原国有林とその周辺地域で,スダジイを中心とした照葉樹林の伐採後の植物相の変化と森林の回復過程を解析した。標高260〜280mの尾根に近い南西斜面という共通条件のもとで,以下のように調査方形区を設け,樹高50cm以上のすべての木本個体について毎木調査を行った。Q1:天然林;植生遷移上の極相段階にあると考えられるもの。Q2:壮齢二次林;択伐後49年の林分。Q3:若齢二次林;皆伐後29年の林分。Q4:伐採跡ブッシュ;皆伐後8年の,木本の萌芽と草本の混生したブッシュ。(方形区の大きさはQ1〜3が20×20m,Q4が10×20m)伐採後の森林の回復過程として,次のような結果が得られた。(1)方形区に出現した全82種の木本のうち32種は伐採直後から天然林にまで連続して存在しており,森林の回復は切株からの萌芽個体を中心に行われる。(2)なかでも,スダジイの萌芽再生能力とその後の伸長成長は著しいので,伐採直後を除いてスダジイはどの発達段階においても常に材冠の優占種となり,初めからシイ林として回復するよう方向づけられている。(3)伐採直後には種子由来のアオモジ,ノボタン,ゴンズイ,リュウキュウイチゴなどの陽樹が現れるが,自己間引き現象の著しい若齢二次林では消滅する。一方,天然林を中心に出現する種としてイヌマキが特徴的である。(4)草本は木本に比べて,森林の発達段階ごとの種の置き替わりの傾向が顕著である。(5)伐採後3,4年でススキとコシダの群落が地表面を覆うため,皆伐後の大規模な表土流出と森林の後退から免れていると考えられる。(6)胸高断面積の値では皆伐後30年で天然林の80%にまで回復しており,総植物体量の回復は比較的速やかに行われるが,大径木資源の回復にはかなり時間がかかると考えられる。Q1を択伐してQ3の状態になるという仮定をおいて計算すると,調査地のシイ林は皆伐後約110年,択伐後約80年でほぼ元の天然林に近い状態まで回復すると推定される。以上のような奄美大島でみられるシイ林の伐採後の回復過程は,四手井(1977)のいう照葉樹林の萌芽再生による森林の回復の典型的なケースであり,温暖多雨な暖温帯から亜熱帯の照葉樹林を伐採後放置した場合にみられる一般的な現象であると結論づけられる。調査対象のスダジイの天然林はかつて島の全面積の85%を覆っていたとされるが,近年の伐採でわずか1,2%にまで激減し,アマミノクロウサギをはじめ,この森林を生息地とする多くの動植物の存続が危ぶまれる状態となっている。そこで,これ以上の天然林の伐採は即刻中止し,早急に基礎的かつ総合的な調査を行ったうえで積極的にこれを保護していくべきであると考える。