- 著者
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苗村 育郎
- 出版者
- 医学書院
- 雑誌
- 精神医学 (ISSN:04881281)
- 巻号頁・発行日
- vol.56, no.5, pp.413-421, 2014-05-15
はじめに
本稿のテーマは大学生と大学教職員のメンタルヘルス問題の展望ということである。しかし現状をふまえた詳細な将来展望を期待されているならば,これはなかなか難しい。その訳は第1に,大学の数はすでに800校近くもあり,学生数だけで310万人を超えている5)(高等教育全体の学生・教職員を合わせると関係者の数は400万人前後になるのではないか)。それぞれが設立母体や歴史や規模や性格を異にする複雑な対象である。第2に,教育改革・大学改革とならび憲法改正やグローバル化が叫ばれているわが国の現状では,大学の使命や将来像もその細部は刻々変わっていくだろう。この状況変化に適応できる学生と不適応を生じる学生の性格や特性も変化していくに違いない。第3に,メンタルヘルスは何よりもまず個人の心の問題であるが,個性や人格は百人百様であり,これを精緻に論じることはなお困難である(性格学や人格学が成立していない)8,9)。したがってこれらの問題を限られた原稿で十分論じるのは難しく,本稿もある程度おおざっぱで,筆者の主観でまとめた見解も多いことを,あらかじめお断りしておかねばならない。
第1の状況を補足すると,国公私立の諸大学のうち国立大学法人は85校前後であり,この部分に関しては,(国立大学法人)保健管理施設協議会で緊密な連携と情報交流があるし,休退学や自殺者の実数も把握されている3,4)。しかしさまざまな私学や公立大,さらに国立高等専門学校や各種の専門学校,また各種の予備校や資格取得のための教育期間(企業も含む)などについては,その細部を把握しきれない。引きこもりや不適応の学生を集めて支援教育活動を行っている各種施設などについても,筆者は断片的な情報しか持たない。大学という名称ではなくとも,これらも重要な高等教育機関であり,時代の中で若者達が示す同じような問題に直面していると推定される。若者のメンタルヘルスは,これらも含めて議論されるべきであるが,詳細はそれぞれの組織に身を置いて問題に取り組んでいる方から別の機会に述べていただくべきだろう。
本稿では,中規模の国立大学を中心とした視点から問題を取り上げており,私学の経営や旧帝国大学の国際戦略などに関わる観点は抜けていることもお断りしておく。以下ではまず,(1)大学メンタルヘルスの領域拡大について述べ,次に(2)この問題を担当する学内組織の要点を述べる。さらに(3)最近重視されているいくつかの各論を簡単に解説し,最後に(4)今後の大学教育とメンタルヘルス支援の課題について述べることにしたい。