著者
若尾 政希
出版者
一橋大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2003

近世人はいかに思想形成してきたのか。その契機として注目されるのは書物である。なぜなら17世紀は、この列島で初めて商業出版が成立・発展し、版本・写本が流通した時代、「書物の時代」の開幕を告げた時代であった。もちろん我々の思想形成を考えれば、それが書物知だけで行われるわけではないことは留意する必要はあるが、書物を抜きにはそれがあり得ないのも事実である。書物が思想形成・主体形成にどのような役割を担ったのかを解明することは意義があろう。くわえて近年の、書物を史料とした近世史研究の新動向が、この研究を行い得る環境を準備してくれたことも指摘しておく必要があろう。文書史料に加えて書物をも組み入れて歴史を叙述できるレベルにまで、近世史研究は到達している。本研究では、これをさらに一歩進め、書物の内容を分析し書物がもつ思想性・政治性を明らかにすることによって、書物が個々人の思想形成にどのような意義を有したのか、追究した。、具体的には、軍書、医薬・天文暦書を取りあげた。なぜならこれらは全国各地のどこの蔵書にも見ることができるものであり、さらに言えば民衆だけでなく領主層の蔵書にも見ることができる、最もありふれたものであるからである。いったい軍書や医薬・天文暦書とは、読者にとって何だったのか。こういった書物の読書は思想形成・主体形成といかに関わるのか。軍書と医薬・天文暦書を考察対象とすることによって、領主層から民衆までの広い層の教養形成・主体形成をも視野にいれることができるのである。結論的に言えば、私は、軍書である『太平記評判秘伝理尽鈔』の受容を通じて、その政治思想・理念が領主層から民衆までに共有されることによって近世社会の「政治常識」が形成されたという仮説を提起した。また、軍書に加えて、医薬書・天文暦書も、政治常識の形成に関与するとともに、近世人の思想形成に大きな役割を果たしたことを明らかにした。
著者
磯部 彰 金 文京 三浦 秀一 若尾 政希 大塚 秀高 新宮 学 磯部 祐子 鈴木 信昭 高山 節也 中嶋 隆藏 勝村 哲也 尾崎 康 藤本 幸夫 関場 武 栗林 均
出版者
東北大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2000

本領域研究では、共同研究及び個別研究の両形態をとって研究を進めてきた。研究組織を円滑に運営するため、総括班を設け、目的達成への道標として数値的目標を掲げ、構成員が多角的方法をとりながらも、本研究領域の目標を具体的に達成し得るようにした。本研究では、東アジア出版文化を基軸とする新学問領域を確立することを目標とし、その骨格をなす要素を数値的目標に設定した。それは、(1)東アジア出版文化事典の編纂準備、(2)東アジア研究善本・底本の選定と提要作成、(3)東アジア研究資料の保存と複製化、(4)日本国内未整理の和漢書調査と目録作成、であり、更に、(5)東アジア出版文化研究の若手研究者の育成、(6)国際的研究ネットワークの構築などを加えた。初年度には、総括班体制を確立し、ニューズレターの発刊、ホームページの開設、運営事務体制の設定を行い、計画研究参画予定者を対象に事前の研究集会を実施した。平成13年度からは、計画・公募研究全員参加の研究集会と外国研究者招待による国際シンポジウムを毎年開き、国内の研究者相互の交流と国外研究ネットワークの構築を推進した。前半2年は、総括班の統轄のもとで、主として東アジア出版文化をめぐる個別研究に重点を置き、共同研究の基盤強化を図った。新資料の複製化も同時に進め、東アジア善本叢刊4冊、東アジア出版文化資料集2冊を刊行する一方、展覧会・フォーラムなどを開き、成果の社会的還元を行なった。研究面では、後半は共同研究を重視し、調整班各研究項目での共同研究、並びに領域メンバーや研究項目を越えて横断的に組織した特別プロジェクトを4ジャンル設定し、総括班の指導のもとに小研究域として定着させた。年度末ごとに報告書を編集する一方、前後の終了時に研究成果集を作成している。研究領域の数値的目標は約四分之三達成し、窮極の目的である新学問領域設定も、概然的ながら構想化が具体的になった。