- 著者
-
菊水 健史
茂木 一孝
- 出版者
- 公益社団法人 日本薬理学会
- 雑誌
- 日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
- 巻号頁・発行日
- vol.149, no.2, pp.66-71, 2017 (Released:2017-02-01)
- 参考文献数
- 30
動物,特にヒトを含む哺乳類における子の発達で最も特徴的な点は,発生初期を母親の胎内で過ごし,出生後においても哺乳行動を中心とした母子間のつながりが強いことである.この期間に子が母親から受ける様々な刺激は,身体発達に多大なる影響を与え,個体の内分泌系や行動様式に長期的な変化を引き起こす.ゆえに,哺乳類の発達期の社会環境は,個体の獲得するエピジェネティックな変化の解明において,最も重要な要素だといえる.このような発達期の社会的要素の一つとして,離乳が挙げられる.これまで離乳の早期化が,仔マウスの成長後の不安行動の増加,情動反応を変化させること,また早期に離乳された雌マウスでは,自分が母親になった際にも通常に離乳された雌マウスに比べ,排泄を促すためや母乳を飲むよう促すための仔をなめる行動の時間が短くなることが明らかとなった.そこで本稿では,早期離乳による情動行動の変化に加え,その神経機能の変化に関し,特に前頭葉に注目した最近の知見を紹介する.C57BL/6マウスを用い,生後15日で親から離乳する早期離乳を施し,成長後に高架式十字迷路試験による不安行動評価,恐怖条件付け試験による恐怖記憶の消去抵抗性評価を行った.そして,前頭葉における脳由来神経栄養因子(BDNF)タンパク質発現測定,各プロモーター由来BDNF mRNA発現量測定を行い,その背景となる分子メカニズム同定を試みた.その結果,恐怖条件付けを受けた早期離乳マウスでは消去学習過程における消去の抵抗性が増加し,前頭葉のBDNF III mRNA及びBDNFタンパク質が低下した.さらに,これらの間には負の相関もみられたことから,早期離乳による恐怖記憶の消去抵抗性には,前頭葉におけるBDNF III mRNAの発現低下を介したBDNF作用の減弱が関わっていることが予想された.これらの知見は,幼少期の早期の母子分離が永続的な前頭葉のBDNFを介した機能不全を導くことを示唆し,早期離乳マウスがヒトにおける前頭葉の機能不全のモデルとなる可能性を示した.