- 著者
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菅野 摂子
- 出版者
- 日本社会学会
- 雑誌
- 社会学評論 (ISSN:00215414)
- 巻号頁・発行日
- vol.64, no.1, pp.91-108, 2013 (Released:2014-09-10)
- 参考文献数
- 28
- 被引用文献数
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胎児を独立して検査できる出生前検査の出現により, 胎児の疾患や障害のため中絶する, いわゆる選択的中絶が問題として浮上している. 通常の中絶に対してフェミニストはその正当性を確保するために ‹自己決定› を主張してきたが, 優生思想への危機感から選択的中絶を ‹自己決定› としては認めず, 中絶の特異点と措定した.本稿では, 筆者がこれまでに行ったフィールド調査から, 女性たちの出生前検査および選択的中絶の経験を記述し, 選択的中絶と日本のフェミニズム理論との関連を考察した. その結果, フィールドでの選択的中絶の問題点は望んだ妊娠にもかかわらず中絶への回路が開かれてしまうというところにあった. その際, 自分のためというより胎児のため, という母性的な言説が使われており, それは出生前検査の受検の際にも使われていた. 超音波検査によって胎児への愛情が喚起されたり, 思わぬアクシデントがある中で, その選択は状況依存的な決定にならざるをえない. そうした決定を支える, ‹自己決定› 概念の創出がフェミニズムにもとめられる. ここでいう ‹自己決定› は, 自分で決めたからという理由で無条件に選択的中絶を正当化するものではなく, 母性に収奪されがちな文化と優生思想に対する批判の双方を捉えながら, 可変で多様な「自己」に対応可能な概念である.