著者
菊地 章太
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.84, no.4, pp.910-928, 2011

明治二十年(一八八七)に私立哲学館を創立した井上円了は、諸学の根拠を哲学に求めた。仏教が時代に取り残されようとした時代である。真宗寺院に生まれ育った円了は、仏教を哲学として理解しようとつとめ、仏教の語彙ではなく日常の語彙によって仏教を語ろうとした。いずれも前代未聞の試みである。みずからの思索にもとづく仏教理解という方向から、さらに進んで寺院や既成教団から独立した信仰と実践の可能性を切り開こうとした。教団に属さない宗教実践があり得るか。これが近代化の怒濤のなかで仏教存続の方向を模索した円了が導き出した問いであった。寺院なくして信仰は成り立つか。個人でも信仰をもつことができるのか。今ならば問うまでもないこの間いが、明治も終盤をむかえる時代の宗教者にとって抜きさしならない課題となったのである。
著者
菊地章太
出版者
日本流体力学会
雑誌
ながれ
巻号頁・発行日
vol.28, no.6, 2009-12
著者
菊地 章太
出版者
東洋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2021-04-01

本研究は、東アジアの海域世界で守護女神として圧倒的な信仰を集めている媽祖を研究対象とし、その伝播の過程における東西交渉の足跡を比較宗教史的に解明することを目的とする。中国南部の民間信仰の中で芽生えた媽祖の崇拝が東アジア各地に伝播しはじめた16世紀は、世界史上の大航海時代にあたっていた。媽祖崇拝の広域的拡大という中国民間宗教史上の一大事象について、東西文化交流の実態を現地調査と文献研究をもとにたどり、一地方の崇拝対象から出発した媽祖が巨大な信仰圏を築くに至った経過をより広範な射程から明らかにしていく。
著者
菊地 章太
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学人文学部研究紀要 (ISSN:13495607)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.247-256, 2004-03-31

聖母の「無原罪お宿り」の信仰は,その母アンナが肉のまじわりによらず神の恩寵によって,したがって原罪をはなれてマリアをみごもったとするもので,カトリック神学における重要な教義のひとつである。けがれのないマリアの聖性を主張するこの「無原罪お宿り」の信仰は,古くから教会暦のなかで大きな位置をしめていた。そのため人々の信仰生活に深くかかわり,宗教美術や文学にも多くの素材を提供しつづけたのである。聖母マリアの「無原罪お宿り」の信仰は中世にさかのぼり,対抗宗教改革の時代にフランスとスペインにおいてとりわけさかんであった。その萌芽というべきものは,東方正教会の典礼のなかに求めることが可能であろう。このように信仰としては古くから行なわれていたが,ローマ法王庁がこれを教義として正式に認可したのは,1854年のピウス九世の勅書によってである。この勅書が発布されてから,カトリック世界では聖母の出現をはじめとする奇跡があいついだ。1858年に南フランスのルルドにおいて,「無原罪お宿り」の聖母がひとりの少女の前にあらわれている。それ以来,この地はキリスト教における最大の巡礼地のひとつとなった。本稿は,このような聖母信仰の高揚をうながした勅書の意義をあきらかにしようとこころみたものである。
著者
菊地 章太
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学人文学部研究紀要 (ISSN:13495607)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.181-190, 2003-03-31

聖母の「無原罪お宿り」の信仰は,その母アンナが神の恩寵によってマリアをみごもったとするもので,カトリック神学における重要な教義のひとつである。けがれのないマリアの聖性を主張するこの「無原罪お宿り」の信仰は,古くから教会暦の中で大きな位置をしめていた。そのため人々の信仰生活に深くかかわり,宗教美術や文学にも多くの素材を提供し続けたのである。ローマ法王庁がこれを教義として正式に認可したのは,1854年のピウス九世の勅書によってであるが,その信仰はすでに西欧においては中世末期にはじまり,対抗宗教改革時代のスペインにおいてとりわけさかんであった。本稿は「無原罪お宿り」の信仰を考察するうえで基礎となる文献資料をもとに,スペインにおける聖母信仰の高揚のありかたを明らかにしようと試みた。