著者
西井 稜子 松岡 憲知
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2011年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.155, 2011 (Released:2011-05-24)

1.はじめに 大起伏山地の中~上部斜面には,山体の重力性変形によって形成されたと考えられる多重化した稜線と凹地列からなる地形がしばしば認められ,二重山稜や多重山稜と呼ばれている.現在,稜線上で目にする二重山稜の多くは,測量精度を超えるほど動いていないため,その動態については依然不明な点が多い.最近,南アルプスアレ沢崩壊地周縁では,年間約0.6 mの速度で開きつつある特異な二重山稜の存在が明らかになった(Nishii and Matsuoka, 2010). 本発表では,4年間の観測データと空中写真判読に基づいて,この二重山稜の経年変動について報告する. 2.調査地域と方法 南アルプス北部の間ノ岳(標高3189 m)南東斜面に位置するアレ沢崩壊地は,比高400 m, 平均傾斜40°の急峻な斜面を示す.崩壊地内部では,2004年5月の融雪期に大規模な崩壊が発生した.一帯の年降水量は約2200 mmで,11~6月まで積雪に覆われる.この崩壊地周縁において,2006年10月~2010年10月の無積雪期を中心に,トータルステーションとRTK-GPS測量を組み合わせた斜面の動態観測を行った.さらに,二重山稜の動きを可視化するため,2008年5月から自動撮影カメラ(KADEC-EYE_II_)を設置し,一日間隔で撮影を行った.また,測量実施前の二重山稜の動きを推定するため,3時期(1976, 2003, 2008年)の空中写真判読,2004年崩壊前の現地写真との比較を行った. 3.結果と考察 測量結果から,2地点(A, B)の二重山稜(崖)が急速に広がっていることが明らかになった(図1A, B).崖より谷側斜面では,地表面が緩んでいることを示す新鮮なテンションクラックを数多く伴いつつも,形状を維持し全体的に低下している.A地点では,4年間の総移動量は290 cmに及ぶ.その動きは,冬期に遅く(約1 mm/日),夏期に速い(約3.5 mm/日)という季節変動を伴いながら,年平均の日移動速度では,1.5 mm/日(初年度)から2.7 mm/日(最終年度)へと加速した.広がりつつある二重山稜A, Bは,現在ほど明瞭な崖ではないが1976年には既に存在していた.また,B地点の崖高は,1984年と比較して約1 m増加した.A地点における総移動量の3~4割は,2004年の崩壊によって側方の支持を失った斜面の方向(北東)への動きであることから,2004年の岩盤崩壊以降,急速度で崖が広がり始めたと推定される.観測された二重山稜の動きは,2004年崩壊の応力開放によって新たに斜面の不安定化が生じたことを示しており,今後再び発生するであろう深層崩壊の前兆を示すと考えられる. 引用文献 Nishii, R., Matsuoka, N. 2010. Monitoring rapid head scarp movement in an alpine rockslide. Engineering Geology 115: 49–57.
著者
西井 稜子 松岡 憲知
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2008年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.114, 2008 (Released:2008-07-19)

はじめに 重力性変形地形として認識されている山向き小崖や山上凹地は,大規模崩壊・地すべりの前兆現象の一つとして指摘されており,災害対策の点からも注目されている.しかし,前兆現象として認識されているこれらの地形が崩壊へ移行する過程は,観測事例が少なく,詳細はわかっていない.本研究では,崩壊発生直後に形成されたテンションクラック群を含む岩盤斜面を対象に,変形過程を明らかにすることを目的とする.調査地 調査地は,赤石山脈・間ノ岳の東斜面に位置するアレ沢崩壊地頂部である.一帯の地質は,四万十累帯白根層群の砂岩頁岩互層からなる.主稜線周辺には,岩盤の重力性変形を示す山上凹地や山向き小崖が数多く分布している.一部の山向き小崖を切って存在するアレ沢崩壊地では,2004年5月に岩盤崩壊(推定約15万m2)が発生した.この崩壊によって,崩壊した斜面の直上部とその周囲には多数の小規模なテンションクラックが形成された.観測を行っているのは,崩壊地頂部にあたる標高約3000 mの岩盤斜面上である.調査方法 岩盤斜面に27の測点を設置し,2006年10月~2007年10月までの計5回,トータルステーションによる測量を行った.幅約10 cmのクラックには変位計を設置し,降水量,地表面温度の通年観測も同時に行った.結果および考察 変位計の観測結果から,幅約10cmのクラックは,融雪期にのみ3mm程の急激な変位が認められ,季節変動を示した.一方,岩盤斜面全体の変形は,大きく2タイプに分かれる.岩盤斜面上に存在する比高3~5m,長さ60m程の谷向き小崖を境に,下部斜面では,崩壊地へ向かって加速的に変位が進行しており,年間変位量は約50 cmを示した.小崖より上部斜面では,年間変位量は約10cmを示した.したがって,谷向き小崖を境にスライドが生じ,割れ目が拡大していることが推定された.また,ひずみが大きいことから,近い将来崩壊する可能性のある不安定領域が拡大していると推測される.
著者
松岡 憲知 今泉 文寿 西井 稜子
出版者
公益社団法人 東京地学協会
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.122, no.4, pp.591-614, 2013-08-25 (Released:2013-09-11)
参考文献数
127
被引用文献数
5 6

This review paper synthesizes geomorphic dynamics, sediment transport and resulting natural hazards in mountains of the southern Japanese Alps and their drainage basins, where climatic and geological situations produce highly active landform dynamics. In alpine areas above the timber line, shallow diurnal freeze-thaw action operating in the thin topsoil produces small-scale periglacial forms, and gravitational spreading leads to numerous sackung features where snow-melt and heavy rain in places promote rockslides. In subalpine and montane areas, deep-seated landslides originate from fractured sedimentary rocks, deep V-shaped valleys, and heavy rain, while shallow landslides continue with historical forest clearance. Continuous slope failures prevent vegetation recovery and maintain debris input to valleys. Steep valleys contribute to high-density debris flows. Frequent or repetitive occurrences of these mass movements promote continuous denudation of slopes, rockfall accidents along hiking trails, and sedimentation at artificial dams. They occasionally cause significant hazards to villages further downstream. Predicting and mitigating slope hazards require distinguishing among annual, low-magnitude processes, episodic high-magnitude processes and geomorphic changes associated with long-term climate change.
著者
池田 敦 岩花 剛 末吉 哲雄 西井 稜子 原田 鉱一郎 新井 秀典
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2011年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.229, 2011 (Released:2011-05-24)

はじめに 富士山は、温暖な中緯度に位置する日本にありながら、その標高ゆえに山頂部の年平均気温が-6℃前後という日本では特異な寒冷環境にある。一方で活火山でもあり約100年前までは山頂部で噴気活動が記録されている。富士山は現在、山頂付近に永久凍土がまとまって存在する本州でおそらく唯一の場所であるが、そのことは大気側の低温条件と地盤側の高温条件の複雑なバランスを反映していると考えられる。しかし富士山山頂部の地温は、これまでほぼ1mより浅い位置でしか観測されておらず、実際に永久凍土に関する深部の情報は得られていなかった。本稿では2008年夏に山頂部に設置した深さ3mの観測孔2本の地温変化を中心に論じ、富士山の地温を支配する要因について2年間の観測で明らかになったことを紹介する。 調査地点・調査方法 火口周囲の比較的平坦な2ヵ所(標高3690m前後)の火山砂礫層に深さ約3mの観測孔を掘削し、データロガーを用いて地温を観測した。1ヵ所(観測孔#1)は地形的な凸部で積雪深が50cmを超える期間はごく短い。もう1ヵ所(観測孔#2)は吹きだまりで年間8ヵ月以上も積雪に覆われている。観測孔#1の脇では気温、降雨等の気象要素も観測した。また、山頂部6地点、北斜面8地点、南斜面3地点で、データロガーを用いて表層(深さ0.5~1mまで)の地温を観測した。 結果と考察 観測孔#1、#2ともに先行研究の想定に反し、全深度が融解することが確認された。観測孔#1では、深さ2.5m以下の地温が年間を通じて0℃からそれをわずかに上回る値で推移し、永久凍土が存在するかどうかの境界に位置した。とくに降雨に伴い地温が急上昇する特徴的な関係が見出された。地盤の昇温は一般に伝導によるが、富士山の透水性のよい砂礫層では降雨浸透による熱伝達の効果が大きいために融解が進み、永久凍土の発達が抑制されていた。観測孔#2では、観測開始当初、地表面付近以外で2~5℃という高い値を示していた地温が、年間を通じて低下し、2009年秋の1℃にも達しない昇温のあと、翌年も低い値で推移したが、2010年夏に急上昇した。積雪が冬季は地温の低下を、夏季は地温の上昇を抑制し、積雪条件が毎年異なるため、年による地温変化が大きい。風衝地と比べると地温が高く、観測孔より深部に永久凍土が存在する可能性はほとんどなかった。 その他の地温プロファイルも比較検討すると、積雪の溜まりやすさと透水性のよさが富士山において地温を顕著に高く保っていた。山頂部でも永久凍土が確認できない地点があることから、富士山では斜面方位・傾斜と微起伏が地表面における日射量や風向風速を不均一にし、さらにそれらが積雪分布や土壌水分の空間分布を著しく不均一にし、透水性の不均一性も相まって、地温がコントロールされており、永久凍土分布がパッチ状であると予想できた。今後は各要素間の関係を定量化し、永久凍土分布を見積もるなど研究を多方面へ発展させる予定である。
著者
西井 稜子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.253, 2006

高山帯の稜線付近には等高線と平行するように伸びる小崖(凹地)がしばしば認められ,重力性の変形地形として認識されている.近年では大規模地すべり・大規模崩壊といったマスムーブメントとの関係が指摘されている.山地斜面における複雑な斜面変動の実態を明らかにするためには,個々の小崖地形の成因に対して詳細な検討が必要である.そこで本研究では複数の小崖が存在し,その成因が清水ほか(1980)により検討されている飛騨山脈三ッ岳周辺において,その分布と形態的特性を詳細に調査し,その成因を考察する. 2.調査地域調査地域は,飛騨山脈の中央部に位置する烏帽子岳から野口五郎岳にかけての,南北に伸びる主稜線周辺の斜面である.主稜線の標高は,約2,500 mから2,920 mである.主稜線の東斜面は,南北に走る高瀬川断層により基盤岩が脆弱化し崩壊が多く土石流が発生しやすい。最終氷期後半には野口五郎岳南西側斜面,南東側斜面,および三ッ岳北東側斜面に氷河が存在していたと考えられている(五百沢 1979).この地域の地質は,野口五郎岳と三ッ岳のほぼ中間部を境に北は奥黒部花崗岩,南は有明花崗岩からなる.この付近の更新世中期以降の隆起速度は約2.9_から_4.0 mm/年と推定されている(原山ほか 1991)。3.調査方法空中写真判読より小崖地形,崩壊地,氷河地形,周氷河性平滑斜面を認定し,地形学図を作成した.特に,小崖地形の位置は,現地調査により確認した.小崖が谷によって分断,あるいは凹地が埋積されている場合でも,両端の小崖の山向き斜面の走向傾斜がほぼ同じと考えられるものは連続する1つの小崖地形とした.また,1 m以下の崖において連続性に乏しく更に崖長が5 m以下の極端に短いものについては小崖地形とみなしていない.現地では地形の特徴を把握するため,小崖地形の横断形と縦断形の測量を行った.地質構造に関して,稜線付近の基盤の節理の走向傾斜を計測し,電研式岩盤分類法に基づいて,連続的に稜線付近の基盤の岩盤性状の分類を行った.また,数ヵ所の凹地においてピット掘削を行い,凹地内堆積物の分析を行った.4.小崖地形の配列パターンによるタイプ分け調査地域の小崖地形は,ほぼ南北に伸びる主稜線と大略平行に標高約2,350_から_2,920 mにかけて分布する.小崖地形の分布の配列パターンから大きく3つのグループに分けられる.稜線を挟む両側の斜面が急傾斜で稜線直下まで表層崩壊により谷頭侵食が進んでいる場所では,小崖地形が稜線付近に集中して分布する(タイプA),対称性を持つ稜線では,小崖地形は稜線を挟んで斜面中腹に対になって分布する(タイプB),斜面勾配が非対称の稜線では,小崖地形は緩傾斜の斜面に偏って分布する(タイプC),以上のタイプとは異なる,カールを切る小崖地形も存在する(タイプD).5.各タイプの形成メカニズムタイプAの範囲は,調査範囲の中で,最も岩盤の風化が進んでいる場所である.そのため,風化に伴う表層崩壊が稜線付近まで及び,稜線近くに40°以上の急勾配斜面が存在している.このような山稜上部の形態のため,稜線付近には引っ張り応力がはたらいていることが推測される.ここでの卓越する節理の方向は,凹地の方向とほぼ一致している.そのため,稜線に平行な節理に沿って,開口性の凹地が形成されたと考えられる.このタイプAの凹地の1箇所で,ピット調査を行い,堆積物中に含まれる有機物の年代測定を行った.その結果,1140±20 yrBP(パレオ・ラボ(株), PLD-5149)という値が得られた.この値は,タイプAの凹地のいくつかが,現在進行している崩壊作用に関連して形成されているものであることを示唆する.タイプBでは,山体の横断形と,小崖地形の位置が対称性をもつことから,山体上部の陥没によって小崖地形が形成されたことが推測される. タイプCでは,山体の横断形は非対称である.ここでは,急斜面側の侵食の進行により,稜線付近の不安定化が進んだと考えられる.節理の走向が凹地の伸びの方向と一致し,傾斜が高角度であるため,小崖に対して山側の斜面が相対的に落ちる正断層によって形成されたと考えられる.タイプDの小崖地形は,最終氷期後半に形成されたと考えられるカール内に分布する.この小崖地形は,他のものに比べ崖長,崖高が大きいが,周囲の起伏は小さい.最終氷期後半以降の氷河の後退に伴う応力解放により形成された可能性が考えられる.6.まとめ約8 kmにわたる稜線に沿って,小崖地形の分布と形態的特徴を調べ,形成メカニズムを推定した結果,地質の風化程度と,山稜の形状,氷河地形の有無により,山体変形のタイプが異なることが考えられる.