- 著者
-
池田 敦
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2010年度日本地理学会春季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.122, 2010 (Released:2010-06-10)
本稿では岩石氷河の起源について,混乱しがちな議論を整理し,その形成モデルおよびその地形が示唆する環境について考察する.
現在の基本認識
岩石氷河は寒冷環境下の傾斜地に発達する角礫層に覆われた舌状地形であり,その長さは数十mから数km,厚さは数十mである.その舌状形態と,ときに表面に発達する皺状の微地形が,粘着性をもった流動による地形形成を暗示する.実際に多くの岩石氷河で年間数cm~数mの地表面流速が観測され,その流速は岩石氷河内の氷の変形によることが確実視されている.
しかし岩石氷河の形成モデルを巡っては大きな見解の対立がある.一つは,氷河上ティルが非常に厚くなり消耗が極端に抑制された結果,涵養域/消耗域比がごく小さくとも質量収支が成り立つ氷河(もしくはその遺物)と岩石氷河を捉える氷河説であり,もう一つは,永久凍土環境下において崖錐や氷河堆積物内で凍った水と落石等に被覆された残雪に起源をもつ集塊氷の変形によって形成されるという永久凍土説である.
研究の進展の結果,完新世に氷河と隣接した形跡がない岩石氷河(図中D)については永久凍土説が広く適用されているが,上流側に氷河(あるいは完新世のモレーン)を有する岩石氷河については,いまだ研究者間でその成因についての認識が大きく異なっている.
議論が混乱している理由
岩石氷河内の氷体が氷河に由来することと,岩石氷河が氷河のシステム(涵養域と消耗域の収支を平衡させる流動システム)に則っているかどうかは,分けて考えるべきだが,氷河説の支持者は前者を(多くは断片的に)確認しただけで後者を念頭にモデルを提示している.
また,岩石氷河とその上流側に存在する氷河との間には,地形的なギャップがない場合(図中A)とある場合(図中B,C)があるが,これまでのレビューや討論では,それらの違いを区別した議論がなされていなかった.
論争解決のための分類
(1)氷の主な起源,(2)流動システム,(3)上流側の氷河の有無をもとに,岩石氷河を4タイプに分類した.(1)氷河起源で(2)氷河システムの氷河型岩石氷河(A),(1)氷河起源で(2)非氷河システムの堆石型岩石氷河(B),(1)非氷河起源で(2)非氷河システムかつ(3)氷河が非干渉の崖錐型岩石氷河(D)ならびに(3)氷河が干渉(間欠的に被覆)する氷河被覆型岩石氷河(C)である.
この分類に基づくと,Aは涵養量が少なく,涵養域での岩屑/氷比が相対的に大きく,さらに消耗量が極端に少ない寒冷氷河の存在を,Bは氷核モレーン中の氷が岩石氷河を発達させえるだけ長期間保存される環境(永久凍土環境)を,CとDは永久凍土環境を示すと考えられる.Cに関しては上流側の温暖氷河(涵養大・消耗大)の前進が岩屑供給と永久凍土の部分融解を引き起こしている.
このうちAとBに関しては,内部構造や内部変形に関する実証的な研究がほとんどなく,その点で上の記述は推論の域を抜けていない.今後の研究の進展が望まれる.