著者
日本産業衛生学会アレルギー免疫毒性研究会 土橋 邦生 吉田 貴彦 森本 泰夫 上田 厚 伊藤 俊弘 和田 裕雄 香山 不二雄 佐藤 一博 佐藤 実 柴田 英治 菅沼 成文 竹下 達也 角田 正史 西村 泰光 柳澤 裕之 李 卿
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.1-8, 2023-01-20 (Released:2023-01-25)
参考文献数
22
被引用文献数
1

健康障害は遺伝要因,環境要因,および両者のinteractionで説明される(Genetic and Environmental interaction),職域における健康障害はinteractionも含めて,環境要因の関与が重要である.と考えられる.その代表的疾患の一つとして職業性喘息が挙げられるが,同疾患は,「職業性アレルギー疾患診療ガイドライン(日本職業・環境アレルギー学会)」により診療の標準化が推進された.本ガイドラインによると,作業関連喘息は職業性喘息と作業増悪性喘息に分類され,さらに,職業性喘息は感作物質誘発職業性喘息と刺激物質誘発職業性喘息に分類される.診断は,まず,作業関連喘息の可能性を疑い就業に関連した問診を実施することが重要であり,そのうえで必要に応じて原因の可能性がある物質を用いた吸入試験を含めた複数の検査結果を基に総合的に判断を下すことになる.治療は,喘息薬物療法に加えて職場環境整備と防護具装着あるいは配置転換等による曝露回避を行う.さらに,災害補償や労災補償に関する社会的リソースの活用も検討を要する.近年,産業技術の発展の結果,新たに人工的に合成された低分子化合物が開発され呼吸器感作性について未知の物質が利用され,あるいは感作性を持つ既存の物質が新たな用途に供されることによるアレルギーが問題となり始めている.例えば,イソシアネートは,NCO基を有する化合物の総称であり,以前より職域における刺激性や喘息様症状等の健康障害が問題として認識されていたが,近年,イソシアネートの用途拡大により日常生活の場でのアレルゲンとしてイソシアネート喘息の原因となることが明らかになりつつある.一般に低分子量化合物は自己蛋白質と結合するため,IgE抗体を特異的に検出することが困難となるが,イソシアネートは例外的に検出可能である.そしてイソシアネートによるアレルギーの事例は,今日の新規化合物への曝露,あるいは既知の化合物の新たな用途による予想外の曝露がもたらす感作と症状誘発する未知のアレルギー反応を含めた様々な健康障害の問題点を啓示している.こうした事実は,作業関連喘息の診断に至る最初の過程である原因物質への曝露と就業状況との関連を「疑うこと」で問診しようとする着想を困難にすると予想される.その解決策として,職域における環境曝露に誘発されるアレルギー,免疫,毒性を機序とする健康障害を扱う領域の研究を遂行するためには,エピゲノムを含む遺伝要因に着目した疫学的アプローチなど多様な研究展開が求められる.
著者
西村 泰光
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第49回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.S5-4, 2022 (Released:2022-08-25)

結晶性シリカとアスベスト(石綿)は共に二酸化ケイ素を主成分とし、両粉塵への曝露は塵肺(珪肺, 石綿肺)や肺癌の原因となる。一方、前者は強皮症などの自己免疫疾患の合併を示し、後者は特徴的な悪性疾患である中皮腫を引き起こす。吸入された粉塵は肺組織において肺胞マクロファージによる炎症応答を引き起こすだけでなく、リンパ節へ蓄積した粉塵が慢性的に免疫機能に影響し関連疾患の一因となることが考えられた。そこで我々は、シリカと石綿の曝露が引き起こす免疫機能影響に着目し、基礎的検討と臨床検体の免疫機能解析を行ってきた。研究成果は、シリカ曝露下で培養されたリンパ球および珪肺患者の末梢血リンパ球が共に活性化および免疫抑制機能の低下の特徴を示すこと、逆に石綿曝露下で培養されたリンパ球および悪性中皮腫患者の末梢血リンパ球が抗腫瘍免疫機能低下および免疫抑制機能の亢進を示すことを明らかにした。シリカ曝露はCD69+活性化T細胞の誘導とFoxp3+制御性T細胞(Treg)の減少を引き起こした。これと一致して珪肺患者の末梢血では活性化指標である可溶性IL-2R濃度の高値とTreg細胞の免疫抑制能の低下が確認された。一方で、石綿曝露下での培養はNK細胞の活性化受容体発現低下、CD4+T細胞のTh1機能低下とTreg機能亢進およびCD8+T細胞の細胞傷害性低下を引き起こした。それらの知見と一致して、抗腫瘍免疫機能低下および関わる指標分子の発現量変動は悪性中皮腫患者の末梢血細胞においても確認された。以上の知見は、シリカやアスベストの曝露が炎症応答として肺胞腔内に類似の影響を与えるだけでなく、“免疫機能影響”としてリンパ球機能の活性化または機能低下を引き起こし、関連する自己免疫疾患や悪性疾患の発症にそれぞれ寄与することを示す。免疫機能分子が関連疾患の予防や早期発見に資するバイオマーカーや治療標的となることが期待される。
著者
大槻 剛巳 中野 孝司 長谷川 誠紀 岡田 守人 辻村 亨 関戸 好孝 豊國 伸哉 西本 寛 福岡 和也 田中 文啓 熊谷 直子 前田 恵 松崎 秀紀 李 順姫 西村 泰光
出版者
日本衛生学会
雑誌
日本衛生学雑誌 (ISSN:00215082)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.543-552, 2011 (Released:2011-06-24)
参考文献数
73
被引用文献数
1

The research project entitled “Comprehensive approach on asbestos-related diseases” supported by the “Special Coordination Funds for Promoting Science and Technology (H18-1-3-3-1)” began in 2006 and was completed at the end of the Japanese fiscal year of 2010. This project included four parts; (1) malignant mesothelioma (MM) cases and specimen registration, (2) development of procedures for the early diagnosis of MM, (3) commencement of clinical investigations including multimodal approaches, and (4) basic research comprising three components; (i) cellular and molecular characterization of mesothelioma cells, (ii) immunological effects of asbestos, and (iii) elucidation of asbestos-induced carcinogenesis using animal models. In this special issue of the Japanese Journal of Hygiene, we briefly introduce the achievements of our project. The second and third parts and the third component of the fourth part are described in other manuscripts written by Professors Fukuoka, Hasegawa, and Toyokuni. In this manuscript, we introduce a brief summary of the first part “MM cases and specimen registration”, the first component of the fourth part “Cellular and molecular characterization of mesothelioma cells” and the second component of the fourth part “Immunological effects of asbestos”. In addition, a previous special issue presented by the Study Group of Fibrous and Particulate Substances (SGFPS) (chaired by Professor Otsuki, Kawasaki Medical School, Japan) for the Japanese Society of Hygiene and published in Environmental Health and Preventive Medicine Volume 13, 2008, included reviews of the aforementioned first component of the fourth part of the project. Taken together, our project led medical investigations regarding asbestos and MM progress and contributed towards the care and examination of patients with asbestos-related diseases during these five years. Further investigations are required to facilitate the development of preventive measures and the cure of asbestos-related diseases, particularly in Japan, where asbestos-related diseases are predicted to increase in the next 10 to 20 years.