- 著者
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米原 謙
赤澤 史朗
出原 政雄
金 鳳珍
區 建英
松田 宏一郎
- 出版者
- 大阪大学
- 雑誌
- 基盤研究(B)
- 巻号頁・発行日
- 2005
本研究は、近代日本のナショナル・アイデンティティの歴史的形成と変容を、中国や韓国と関連づけて、政治思想史の観点から明らかにしようとしたものである。この三国は、ともに「欧米の衝撃」によって国民国家形成の課題に直面したが、日本だけがいち早く欧米の政治文化を受容し、1890年には立憲政度を導入した。植民地となった韓国や、侵略と内戦によって国家統一に時間を要した中国に比べると、日本は順調に国民国家形成に成功したといえる。しかし日本の立憲主義は、「国体論」という一種の「市民宗教」(ルソー)とセットだったので、1930年代に国体論による立憲主義への逆襲が起こった。つまり政治思想や政策過程の内面まで立ち入ると、近代日本の政治は常に興亜論(アジア主義)-脱亜論、伝統-近代の間を動揺したことがわかる。こうした分裂の構造を、一方ではナショナル・アイデンティティという分析ツールを使うことで、他方では中国や韓国との構造的連関によって明らかにするのが、本共同研究の目的意識である。C・テイラーによれば、アイデンティティの形成は常に「重要な他者」を媒介にしている。近代日本にとって「重要な他者」はまず欧米だったが、中国や韓国は、日本にとって近代化のための反面教師であるとともに、ナショナル・アイデンティティの根拠となる「重要な他者」でもあった。本共同研究の参加者は、国体論・アジア主義・国粋主義・ナショナリズムなどを切り口にして、こうした問題にアプローチした。