著者
近藤 暁夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.000334, 2018 (Released:2018-06-27)

1. 問題の所在 近年日本では「地政学」を名乗る一般書・入門書が陸続と出版され,『人文地理』の学界展望でも紹介されるに至っている.これらの大部分は,学術的な論究よりも著者の政治的主張や解説が前面に出ており,学術書と区別して「論壇地政学」(高木 2017)や「ポップ地政学」(土佐 2017)と括られる.日本地政学の負の歴史を背負う我々地理学界が,今更論壇地政学に関わることは憚られるべきだが,他方で昨今の「地政学ブーム」といわれる出版・言論の状況に沈黙を保つのもいささか無責任であろう. そこで本報告では,「ポップ地政学」の一般書に掲載されている地図図版に着目し,その表現や内容の科学的検討を行いたい.どのような本であれ「地政学」を名乗る以上は地図を重視しているはずであり,また地図の客観的検討に限定すれば地政学論壇に参加しない形で地理学の立場からの言及も容易となる.また,従来の批判地政学における地政言説分析の問題点とされてきたテクスト偏重の傾向を埋める役割も期待できよう.2. 検討の手順と方法 書名に「地政学」を含み,2017年12月現在インターネット書店で入手でき,かつ価格が2000円以下の書籍のうち,訳書や復刻本,ムック等を除く39冊を「地政学一般書」として抽出し,そこに掲載されている地図(主題図)の内容と表現について評価付けを行った.評価は次の基準で行った.①地形や領域の表現・表記などに,高等学校地図帳に記載されている「事実」レベルでの誤りはないか.②地理学の一般書にふさわしい水準の主題図表現になっているか.例えば方位記号や距離尺を欠いていないか.3. 結果と展望 対象とした書籍に掲載されている地図の枚数は,地図帳形式や「図説」を名乗る数冊を除けばまちまちで,10枚以下の本も少なくない.例えば,地政学論壇の第一人者とされる佐藤優の著書では対象とした5冊合計で13枚の地図しか掲載されていない.ハウスホーファー(1938)『太平洋地政治学』には47枚,マッキンダー(1942)『デモクラシーの理想と現実』には32枚の地図(主題図)が掲載されていることを考えると,地政学本としては異例の少なさといえる.渡部昇一『世界の地政学的大転換を主導する日本』(徳間書店, 2016)や黄文雄『地政学で読み解く没落の国・中国と韓国 繁栄の国・日本』(徳間書店, 2017)に至っては地図が1枚も掲載されておらず,これなどはマッキンダーらが体系化した地政学とは別の世界に属するものといえよう. これらの書籍に掲載されている地図(主題図)の表現や内容については,基礎的な事実レベルでの誤りが多く,ほとんど科学的な批判に耐えられる水準にない.例えば,山内昌之・佐藤優『新・地政学』(中央公論新社, 2016)では「南スーダンの位置にケニアが描画」され,船橋洋一『21世紀地政学入門』(文藝春秋, 2016)では「竹島が対馬海峡に描画」され,日本再建イニシアティブ『現代日本の地政学』(中央公論新社, 2017)では「チェコとスロバキアが合体」している.残念なことに,対象とした39冊のなかで,10枚以上の地図を掲載し,かつそれらすべての地図が一般的な地理学の書籍において必要される地理的知識と地図学の成果を踏まえた主題図表現の水準に達しているものはなかった.少なくとも,掲載されている地図の内容が高等学校地理修了水準未満の誤りを多々含んでいる以上,これらの書籍が「地理を下敷きにした科学」の名を名乗ることは許されないであろう. 土佐(2017)は「ポップ地政学」が地図という視覚情報を使うがゆえに,難解になりがちな地政学批判よりも一般社会への訴求力が強いことを懸念しているが,それはポップ地政学が用いる地図が高度なものであることを前提にしている.質の低い地図の大量掲載という事実は,適切に指摘さえすれば,逆に「ポップ地政学本」のレベルの低さを訴求する.日本のポップ地政学は,少なくとも用いる地図に関してはほとんど科学的な批判に耐えられる水準にない.地理学の仕事は,ポップ地政学の批判だけでなく,彼らがせめて高校レベルの地理と地図の知識を習得して出直すことができるよう,教育的見地から優しく諭すことだろう.【文献】高木彰彦 2017. 学界展望 政治地理. 人文地理69: 317-321.土佐弘之 2017. 地政学的言説のバックラッシュ―閉じた世界における不安と欲望の表出―. 現代思想45-18: 60-70.
著者
近藤 暁夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

<b>1.</b><b> 問題の所在</b><br><br> 近年日本では「地政学」を名乗る一般書・入門書が陸続と出版され,『人文地理』の学界展望でも紹介されるに至っている.これらの大部分は,学術的な論究よりも著者の政治的主張や解説が前面に出ており,学術書と区別して「論壇地政学」(高木 2017)や「ポップ地政学」(土佐 2017)と括られる.日本地政学の負の歴史を背負う我々地理学界が,今更論壇地政学に関わることは憚られるべきだが,他方で昨今の「地政学ブーム」といわれる出版・言論の状況に沈黙を保つのもいささか無責任であろう.<br><br> そこで本報告では,「ポップ地政学」の一般書に掲載されている地図図版に着目し,その表現や内容の科学的検討を行いたい.どのような本であれ「地政学」を名乗る以上は地図を重視しているはずであり,また地図の客観的検討に限定すれば地政学論壇に参加しない形で地理学の立場からの言及も容易となる.また,従来の批判地政学における地政言説分析の問題点とされてきたテクスト偏重の傾向を埋める役割も期待できよう.<br><br><br><br><b>2.</b><b> 検討の手順と方法</b><br><br> 書名に「地政学」を含み,2017年12月現在インターネット書店で入手でき,かつ価格が2000円以下の書籍のうち,訳書や復刻本,ムック等を除く39冊を「地政学一般書」として抽出し,そこに掲載されている地図(主題図)の内容と表現について評価付けを行った.評価は次の基準で行った.①地形や領域の表現・表記などに,高等学校地図帳に記載されている「事実」レベルでの誤りはないか.②地理学の一般書にふさわしい水準の主題図表現になっているか.例えば方位記号や距離尺を欠いていないか.<br><br><br><br><b>3.</b><b> 結果と展望</b><br><br> 対象とした書籍に掲載されている地図の枚数は,地図帳形式や「図説」を名乗る数冊を除けばまちまちで,10枚以下の本も少なくない.例えば,地政学論壇の第一人者とされる佐藤優の著書では対象とした5冊合計で13枚の地図しか掲載されていない.ハウスホーファー(1938)『太平洋地政治学』には47枚,マッキンダー(1942)『デモクラシーの理想と現実』には32枚の地図(主題図)が掲載されていることを考えると,地政学本としては異例の少なさといえる.渡部昇一『世界の地政学的大転換を主導する日本』(徳間書店, 2016)や黄文雄『地政学で読み解く没落の国・中国と韓国 繁栄の国・日本』(徳間書店, 2017)に至っては地図が1枚も掲載されておらず,これなどはマッキンダーらが体系化した地政学とは別の世界に属するものといえよう.<br><br> これらの書籍に掲載されている地図(主題図)の表現や内容については,基礎的な事実レベルでの誤りが多く,ほとんど科学的な批判に耐えられる水準にない.例えば,山内昌之・佐藤優『新・地政学』(中央公論新社, 2016)では「南スーダンの位置にケニアが描画」され,船橋洋一『21世紀地政学入門』(文藝春秋, 2016)では「竹島が対馬海峡に描画」され,日本再建イニシアティブ『現代日本の地政学』(中央公論新社, 2017)では「チェコとスロバキアが合体」している.残念なことに,対象とした39冊のなかで,10枚以上の地図を掲載し,かつそれらすべての地図が一般的な地理学の書籍において必要される地理的知識と地図学の成果を踏まえた主題図表現の水準に達しているものはなかった.少なくとも,掲載されている地図の内容が高等学校地理修了水準未満の誤りを多々含んでいる以上,これらの書籍が「地理を下敷きにした科学」の名を名乗ることは許されないであろう.<br><br> 土佐(2017)は「ポップ地政学」が地図という視覚情報を使うがゆえに,難解になりがちな地政学批判よりも一般社会への訴求力が強いことを懸念しているが,それはポップ地政学が用いる地図が高度なものであることを前提にしている.質の低い地図の大量掲載という事実は,適切に指摘さえすれば,逆に「ポップ地政学本」のレベルの低さを訴求する.日本のポップ地政学は,少なくとも用いる地図に関してはほとんど科学的な批判に耐えられる水準にない.地理学の仕事は,ポップ地政学の批判だけでなく,彼らがせめて高校レベルの地理と地図の知識を習得して出直すことができるよう,教育的見地から優しく諭すことだろう.<br><br>【文献】<br>高木彰彦 2017. 学界展望 政治地理. 人文地理69: 317-321.<br><br>土佐弘之 2017. 地政学的言説のバックラッシュ―閉じた世界における不安と欲望の表出―. 現代思想45-18: 60-70.
著者
近藤 暁夫
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.4, pp.215-227, 2008-05-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
17

本研究では, 事業所の販売促進活動の空間的な展開にみられる特性を, 屋外広告活動を事例に検討した. 調査は京都府丹後地域の主要道路沿い 103kmの区間で行い, 1, 021件の屋外広告と, 491件の広告主を確認した. 広告主を検討したところ, 屋外広告の掲出に積極的なのは, 顧客との財やサービスの交換が日常的でない業種の事業所, 主要道路から離れた地点や市街地の外縁部などの相対的に顧客誘導上の立地環境が不利な事業所が多い傾向があった. 広告主となる事業所の多くが市街地の外縁部や外部に立地しており, 彼らは市街地の出入り口付近に多く広告を出すことから, 屋外広告は市街地の中心部で少なく外縁部で多い, 同心円状の分布パターンを示す. また, 屋外広告の広告圏には業種特有の傾向がみられ, 冠婚葬祭業や不動産関係, 遊興・観光施設, 各種商品小売店などは事業所から 10km付近にまで広告を展開させるが, 飲食店やガソリンスタンドなどは 5km程度の広告展開にとどまる.
著者
近藤 暁夫
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.234-252, 2009-09-30

消費者が持つ事業所の位置や事業内容についての知識は多くの場合断片的である.そのため,企業・事業所は,消費者に対して位置や事業内容の情報伝達活動を行う.本稿では,その活動にみられる空間的な特徴について,中京大都市圏における事業所の屋外広告活動を事例に検討した.中京大都市圏北西部の主要道路沿いに屋外広告を出している事業所を調査し,屋外広告を約18,000件,広告主を約7,000件抽出した.屋外広告は,主に小売・卸売業の事業所と,対個人サービス業の事業所が掲出する.屋外広告は事業所からの距離を変数とする対数正規分布に類似したパターンをもって展開され,広告圏(広告の90%が含まれる範囲)は,事業所から半径約5.5kmの範囲である.業種別では,レジャー施設や宿泊施設の広告圏が広く,歯科医院や飲食店,理容・美容院などで広告圏が狭い.また,広告圏は市街地内に立地している事業所の方が市街地外の事業所より狭い.個々の事業所の広告展開は,基本的に「有限性」「広範性」「誘導性」の3つの原則に従う,それゆえ,事業所の広告展開には,事業所を中心として,近傍よりも一定距離が離れた岩地点に最大の広告掲出地点があるという共通の傾向が確認できる.屋外広告の空間展開が,全体として正確な対数正規分布パターンをなしているかどうかはともあれ,事業所からの距離に規定された分布パターンをなすのはこのためと考えられる.
著者
近藤 暁夫
出版者
人文地理学会
雑誌
人文地理学会大会 研究発表要旨 2012年 人文地理学会大会
巻号頁・発行日
pp.132-133, 2012 (Released:2013-12-17)

民間掲出の誘導看板(屋外広告)に掲載されている目標地点までの距離は、実際の距離とどの程度一致しているのか、検討した。京都府丹後地域の主要道路沿いに掲出されている誘導看板300件余りを調べた結果、掲載されている距離と実際の道路距離が1㎞以上離れるものは全体の1割程度だった。誘導看板上の距離と実際の距離は、必ずしも一致していないものの、それでも許容できない水準まで離れているものもまた少ないといえよう。
著者
近藤 暁夫 鈴木 晶子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2015, 2015

<b>1.</b><b> 研究の目的</b><br><br> 経済循環が,大きく生産分野,流通分野,消費分野の連携で成り立っている以上,経済地理学においても,この三者三態の空間的特徴の総体的な把握が望まれる。この中で,近年農業分野において六次産業化の掛け声のもと,生産・加工・流通・消費を一連のまとまりとして議論,実践する動きが顕在化していることが注目されよう。現実に,各地で生産者と消費者を架橋する施設として直売所が急増している。今回はその中でも既往研究のほとんどない「インショップ形式の農産物直売所」を取り上げる。<br> インショップ形式の農産物直売所とは,スーパー等の量販店や生協の店内に開設し,少量多品目の農産物やその加工品を周年販売する半独立のコーナーを指す。近年,全国的にインショップが急速に売上額を増やしているが,その小規模性と店舗内の一コーナーという位置から,インショップの全国的な実態や実績をまとめた資料は未整備で,売上額の調査などもなされていない。<br> 本研究は,静岡県磐田市内のJA系列のスーパーマーケット「A店」とその中に設置されているインショップ形式の農産物直売所を取り上げ,店舗,生産者,消費者の検討から,インショップの存立を支える地域的な基盤の抽出を目的とした。<br>&nbsp;<br><br><b>2.</b><b> 研究の方法</b><br><br> 生産者としてインショップへの農産物出荷者34名,流通者としてA店の関係者,消費者として来店者397名に聞き取りとアンケート調査を実施した。なお,生産者には営農の実態と直売組織に参加した理由,インショップに出荷する作物と他の流通形態の作物の使い分け等を,流通者にはインショップの設立背景や運営方法,店舗経営全体の中でのインショップの役割等を,消費者には購買実態とどのような時に競合店舗ではなくA店とインショップを選択・利用するのかを訪ねた。そして,これら3者の動向をもとに,インショップ型の農産物直売所の存立を可能とする地域的な基盤の検討を行った。<br><br> <br><b>3.</b><b> 研究の結果</b><br><br> A店内の直売所への農産物の納入者は,店舗から3㎞圏内に位置する農家である。このような圏的な囲い込みが成しえたのは,A店がJA系列の店舗であり,地域の農家とのつながりがもともとあったことと関係している。しかしながら,A店が属する地域農協に所属する農家自体は3㎞より遠方にも多く居住していることから,日常的に店舗まで農産物を納入可能な範囲として3㎞がひとつの目安になっているといえよう。多くの場合,彼らは,友人や農協等による勧誘をきっかけに,通常の農協への出荷以外の副次的な農業収入を得たいと考えて,産直に参加した。農家の多くは高齢層で,売れ残った商品は自家で処理する。また,農産物の納入等でA店に来訪する折に店内で購買を行うこともまれではない。<br> A店の側は,農産物直売所自体の収益は売り場面積の割に高くないものの,競合する店舗に対して絶対的に差別化できる商品であること,来店者が同時に食料品等の他の売り場の商品の購買を期待できることから,直売所の充実に積極的である。<br> 消費者は,店舗から半径2㎞程度の圏内を中心に来店している。その多くは,食料品全般の購入のために来店する主婦層であるが,多くの場合,インショップの商品も同時購入しており,直売所の存在が店舗選択において一定のウェイトを占めている。<br> このように,A店をめぐり,生産者は自家消費の余裕分を出荷することで無理なく副収入を得る道が開け,流通者は集客の目玉を得ながら売れ残りのリスクを回避できる。消費者は農家が食べるのと同じ新鮮で安心な野菜を手軽に入手できる。このような,インショップを中心としたごく近距離間の「地産池消」の構図により,当地の農産物直売所は存立している。これには,工業地帯に位置し,混住化が進行している磐田の地域的条件が大きく関係している。他地域においても,一律横並びの整備ではなく,インショップ,独立店,道の駅など,その地域性に最も合致するような,柔軟な農産物流通の形態を探る議論が求められる。
著者
近藤 暁夫
出版者
古今書院
雑誌
地理 (ISSN:05779308)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.4-13, 2015-04