著者
遠藤 智子 横森 大輔 林 誠
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.100-114, 2017-09-30 (Released:2018-02-07)
参考文献数
26

一般的には疑問代名詞として分類される「なに」には,極性疑問文の中で感動詞的に使われる用法がある.本研究は自然な日常会話におけるそのような「なに」について,認識的スタンスの標識として記述を行い,その相互行為上の働きについて論じる.まず,極性疑問文における「なに」は,会話の相手が明示的には述べていないことに対して話し手が確認を要求する際に用いられる.そのような環境における「なに」は,相手に確認を求める内容が,先行する会話の中で得た手がかり等の不十分な証拠に基づいて推論を行うことで得られたものであり,その正しさについて強い確信を持たないという話し手の認識的スタンスを標識するものである.さらに,「なに」は発話が行われる個々の文脈に応じて,確認内容に対する驚きおよび否定的態度等の情動表出や,からかいまたは話題転換等の行為を行う資源としても働く.
著者
遠藤 智子 ヴァタネン アンナ 横森 大輔
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.160-174, 2018-09-30 (Released:2018-12-26)
参考文献数
29

本研究は,フィンランド語・日本語・中国語における先行発話に重なって開始される応答,特に同意的応答について,対面会話の録画をデータとして検討する.会話分析の手法を用いた分析により,まず,完結可能点より早い位置で同意を開始することは,話題に関する認識的独立性を主張し,同意的応答が持つ行為連鎖上の従属的な性質を調整するということに動機づけられていることを示す.重なって開始される同意的応答の構造的特徴として,(1)同意のパーティクル+理解の提示および(2)認識性に関する修正を含む繰り返しという2つのパターンが3言語に共通して見られた.また,重ねられる側の発話には,条件節や因果節による複文構造やトピック–コメント構造が3言語に共通して見られた一方で,フィンランド語と中国語ではSVX語順が,日本語では引用構文が観察された.これらの構造は,その前半または初めの部分が次にどのような内容が産出されるかを強く投射するため,聞き手が完結可能点よりも早く応答を開始することを可能にする.本研究は,発話の開始位置と発話の言語構造を調整することによって会話参与者間の知識状態に関する相対的な位置取りを交渉するということが,人類の文化に(あるいは少なくともここで取り上げた3言語に)共通してみられる普遍的なプラクティスであることを示唆するものである.
著者
鈴木 亮子 遠藤 智子 中山 俊秀 横森 大輔 土屋 智行 柴崎 礼士郎
出版者
慶應義塾大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2017-07-18

「言語の定型性」という、従来の言語研究では殆ど顧みられてこなかった側面が、実際の言語使用では広汎に見られることが近年指摘されてきている。定型性の理解に向けて、実際の人々の言語使用を記録したデータをもとに観察・分析・記述を蓄積しつつ、言語の定型性を中軸に据えた文法理論の構築を試みることが、私たちのもつ言語知識の全体像の理解に不可欠であると考え、本研究では日中英3言語の会話をはじめとするデータの分析に取り組んでいる。定型性の分析に向けての情報収集を行った初年度に続き、2018年度はデータと向き合い個々のメンバーの専門性を生かした研究活動を進めることができた(業績参照)。2018年5月に年間活動予定を定め二通りのデータセッションを行った。まず同じ動画データ(大学生の会話)を見ながらメンバーそれぞれの定型性と言語使用に関する気付きを共有し合った後、個々のメンバーが日・中・英語のデータから短いセグメントを持ち寄り議論をした。定型性を分析する上でポイントになるリサーチクエスチョンのリストを作成した。これらが研究をまとめる際の糸口になる。9月には国際学会(Referentiality Workshop)などに複数のメンバーが研究発表を行い海外の学者との研究交流を深めた。2018年12月に海外研究協力者のHongyin Tao氏(UCLA)と大野剛氏(U of Alberta)を招聘し東京外国語大学で国際ワークショップを開催し、言語の定型性を中心に据えた理論化を見据えた発表を聞くことができた。2019年3月6日から7日にかけて九州大学で行った第3回目の会合ではこれまでの研究会合を振り返り今後の方向性を議論した。相互行為分析からは少し離れた立場の方々を招いて言語の定型性に関する議論を深める案などが出された。2020年3月には定型性研究の先鞭をつけたAlison Wray氏をイギリスから招いて国際ワークショップを開催する方向で動き出している。
著者
傳 康晴 小磯 花絵 森本 郁代 高梨 克也 横森 大輔 遠藤 智子 名塩 征史 黒嶋 智美 石本 祐一 居關 友里子
出版者
千葉大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2017-04-01

本研究の目的は、(1)新たに構築する特定場面(教授・接客・公的場面)と日常場面を統合した会話コーパスを構築し、(2)これらの多様な場面の会話コーパスの相互利用により、会話行動を多角的・総合的に分析することで、日本人の会話行動に関する言語・相互行為研究に新展開をもたらすことてである。本年度は以下のことを行なった。・国立国語研究所で開発中の『日本語日常会話コーパス』の指針に基づき、収録・公開に関わる倫理的なガイドラインをとりまとめた。・このガイドラインに基づき、以下のような場面の会話データ計106時間を収録した(うち30時間程度は公開可能):教授場面(武道指導・音楽練習・ゼミなど)・接客場面(理容室・コンビニなど)・公的場面(共同制作・宗教儀礼など)・これら新規収録データおよび既有データを用いて以下のような言語・相互行為分析を行ない、国際会議や論文集で発表するとともに、年度末に成果発表のシンポジウムを開催した:参与構造・社会的役割・身体配置・意見形成・認識的スタンス・メタファー表現・視覚の相互行為的基盤・環境認知・以上を支える研究基盤として、研究用付加情報(談話行為・発話連鎖アノテーション)やコーパス共有環境を試行した。
著者
遠藤 智子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

出産・育児のための採用中断を経て採用を再開し、最終年度の後期半年分のみとなる今年度は、データ公開のための準備と学会発表を中心に行った。データ公開のための準備として、まずサーバをレンタルしホームページを開設、国内外の研究者に研究状況や会話データの存在を周知できる環境を整えた。そして、既存の会話データを再度見直し、書き起こしの精緻化を進めた。関連する研究者とは既に連絡を取っているが、今後も学会等で共有可能な中国語自然会話データの存在をアピールし、当該分野の発展に寄与していく予定である。9月に行われた日本認知言語学会では、「会話の中の文法と認知 : 相互 : 行為言語学のアプローチ」と題したワークショップを企画、実行した。相互行為言語学の背景や研究手法の特徴を説明したのち、自身の研究発表ではターン中間部における"我覚得"の使用に焦点を当て、自然会話という時間的制約がある中での発話構築のための時間稼ぎと、対面会話という社会的行為においてスタンス表明が持ちうる危険の回避という観点からその機能を論じた。10月に行われた日本中国語学会では中国語の自然会話における舌打ちについて発表した。舌打ちという、一見したところ言語現象ではないような要素を文法との関連で研究するのは特に当該学会では非常に珍しいことであるが、100例以上のデータの観察に基づいた分析の妥当性を来場者とともに検証し、新たな文法研究の可能性を模索した。