- 著者
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野元 弘幸
- 出版者
- 一般社団法人 日本教育学会
- 雑誌
- 教育学研究 (ISSN:03873161)
- 巻号頁・発行日
- vol.66, no.4, pp.436-442, 1999-12-30 (Released:2007-12-27)
本論は、外国人住民が急増する日本社会における教養問題の構造を明らかにし、多文化社会における教養の再構築をめざす教育のあり方を模索するものである。その際、日本語文字(漢字、ひらがな、カタカナ)によるコミュニケーション問題に注目する。なぜなら、1980年代から急増している外国人住民(いわゆるニューカマー)の多くが、非識字の状態にあり、住民としての基本的な諸権利を行使するに不可欠な基礎教養である日本語読み書き能力を欠いているからである。そこに多文化社会における教養問題が最も鋭い形で表れていると思われる。筆者は1998年7月・8月に、愛知県豊田市の団地で日系ブラジル人80名を対象にした日本語読み書き能力に関する調査を実施した。そこで以下のことが明らかとなった。(1)漢字によるコミュニケーションは、ほとんどの人が不可能で、「禁止」「注意」「危険」「禁煙」など、自らの生命に直接関わる重要な表示・標識をまったく理解できない状態で生活している。(2)漢字の読み書きがほとんどできないのに対して、ひらがな・カタカナを読み書きできる人はある程度いる。(3)厳しい学習環境にもかかわらず、文字の読み書きへの学習意欲は低くない。こうした調査結果を踏まえて、外国人住民が急増する中で地域社会を支える基礎教養の一つである文字によるコミュニケーション力確保のために以下の3つの提案を行った。(1)役所・病院など公共の施設・スペースと職場の掲示・表示に使われる漢字のすべてにルビを振る。(2)その上で、外国人住民の基礎教養としてひらがな・カタカナの習得を促す。(3)来日初期の外国人のための基本的サービスにかかわるものは多言語表示を行う。これらの提案を実現するための課題の一つは、外国人住民のひらがな・カタカナ習得をすすめるための識字教育をどう行うかである。日本語教室等の数は急速に増えているが、外国人住民の数と比べると依然として不十分で、外国人住民の一部しか日本語教室等で学ぶ機会を得ていない。こうした厳しい状況のもとでは、外国人住民の基礎教養としてのひらがな・カタカナ習得を促すことは極めて困難である。そこで、ひらがな・カタカナの学習支援を基礎教育の一つとして制度化し、国や地方自治体の積極的関与を義務づけることが必要となる。その際に、「社会基礎教育」という新しい概念を導入することが有効かつ必要であろう。もう一つは、主に日本人住民が、地域社会を支える教養の維持という視点から、外国人住民の急増に伴うコミュニケーション手段確保のための具体的な取り組の必要を自覚し、実際生活に活かしていくための教育をどう組織していくかである。具体的な実践的課題を提示する学習プログラムを開発し、外国人住民との共生のための新しい文化的教養を創造する、質の高い学習が組織されなくてはならない。