- 著者
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金子 守恵
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.77, no.1, pp.60-83, 2012-06-30 (Released:2017-04-10)
本論は、エチオピア西南部に暮らす農耕民アリの女性土器職人たちの手指の動きを手がかりとし、それが職人の行為や土器の評価にむすびつく過程を描きだすことをめざした。具体的には、職人の手指の動きやその配列を記録し、その動きの配列を経てうみだされる土器を「アーニ(=手)」という言葉で人びとが評価する過程に注目して、職人(の身体)と自然環境が双方向的に関わって(=「交渉」)土器つくりが実践されているととらえる視点にたつ。女性職人は、粘土の採取、土器の成形と焼成、そして市場において社会集団の異なる農民へと土器を販売するまでを担っていた。女性のライフコースと職人が成形できる土器種との関連性について検討すると、結婚したばかりの女性職人のなかに、成形途中や焼成後に土器が壊れてしまって生計をなりたたせることができないものがいた。本論でとりあげた職人Dは、約6ヶ月のあいたに自らのアーニにあわせて一定の配列を確定させるべく試行錯誤を続けた。一方、土器の利用者である農民は、アーニという土器つくりの行為に関わる表現をもちいて土器を評価し、その土器を介して社会集団を超えた盟友的な関係を職人とむすんでいた。このことを手がかりにして本論では、手指の動きの配列は、個々の職人と環境との関わりの歴史であり、それが前提となって社会的な関係が形成されていると論じた。手指という身体が自然環境との絶え間ない「交渉」を続ける過程で私のアーニという認識がつくりだされ、さらにそれはアリの人びとのあいだで新しい土器のかたちを創りだしていることも示唆された。土器を介した人びとのむすびつきは、環境や他者との関わりによって見いだされる自らの身体的な経験を基盤にしていた。手指の動かし方だけをとりあげると、それは土器を成形するうえでの微細な身体動作でしかない。だがその動作はそれが連鎖となって一定の配列を確立すると、異なる社会集団を架橋するような社会的な実践として認識され、さらには身体を基盤としたコミュニティをとらえる切り口となる可能性をもっている。