- 著者
-
飯野 雄一
- 出版者
- 東京大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 1995
本研究では、線虫C.elegansを用い、性行動に関する突然変異体を分離することを目的とした。性行動は霊長類以外の多くの生物においては生後の学習を必要とせず、完全に遺伝的にプログラムされたものである。ところが、各種生物における性行動の記述は比較的よくなされているものの、その行動がいかにプログラムされているかという遺伝子レベルでの研究は非常に少ない。そこで、性行動の分子遺伝学的研究の第一歩として、線虫においてオスの性行動に異常のある突然変異体の分離を行った。オスが高頻度で出現するhim-5変異と、精子の注入に伴い雌雄同体の陰門に盛り上がり(プラグ)を生じるplg-1変異を持つ二重変異体に変異原処理を施し、プラグの形成を指標としてスクリーニングを行った。この結果、精子の注入に至らない突然変異体を39株分離した。線虫のオスの性行動は大まかにresponse to contact,turning,vulva location,spicule insertionの4つのステップから成るが、得られた変異体の中にはresponse to contactに異常があるものが14株、turningの異常が23株、vulva locationの異常が5株含まれていた。ただし、複数のステップに異常がある変異体も含まれている。また、これらの性行動不能変異体のうちの20株は、性行動に特に重要である尾部の形態に異常が見られた。オスの尾部にはSensory rayと呼ばれる感覚器官が左右9対存在するが、見られた異常の多くはSensory rayの融合、欠失などであった。また、精子の注入に重要な交尾針(spicule)の伸縮に欠陥があると思われる変異体も6株見出された。また、明らかな形態上の異常が見られない変異体の中の11株は蛍光色素DiOによる染色の結果、感覚神経の異常が明らかとなった。これらの突然変異体はオス特異的な構造、特に感器官の発生、分化に関わる遺伝子に変異を持つものと考えられる。本研究により、このような性分化に関わる遺伝子カスケードを明らかにするための端緒が得られた。