著者
日下 宗一郎 五十嵐 健行 兵藤 不二夫 藤澤 珠織 片山 一道
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.119, no.1, pp.9-17, 2011
被引用文献数
8

江戸時代は,急激な人口増加とその後の人口安定,また陸・海路による交易網の発達によって特徴づけられ,コメや野菜や魚介類を主要な食物としていたと言われる。そのような江戸時代の人々の食性を,遺跡から出土した人骨を用いて実証しようとするのが本研究である。伏見城跡遺跡(京都市)より出土した江戸時代人骨および動物骨からコラーゲンを抽出して,炭素および窒素の安定同位体比を測定した。合計で27個体(男性9個体,女性12個体,子ども6個体)の人骨を分析に用いた。それにより,伏見江戸時代人の食性,その性差を検討することを目的とした。江戸時代の伏見の人々は,タンパク質源を淡水魚類に強く依存した食生活,もしくは陸上生態系から得られるC3植物と海産あるいは淡水魚類などを主たるタンパク質源とする食生活を送っていた可能性を示した。江戸時代の都市では,食生活が米,野菜,魚介類からなり,アワやヒエ,キビなどC4植物の消費が少ないとする古記録を考慮に入れると,後者の食生活像が支持される。また,男性の炭素同位体比は女性よりも高く,より多くの海産魚類や貝類などを摂取していた可能性がある。また,年齢が上がると子どもの窒素同位体比は下がる傾向があり,これは母乳の摂取と離乳の開始に関連していると考えられる。
著者
西村 剛
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.116, no.1, pp.1-14, 2008 (Released:2008-06-30)
参考文献数
105
被引用文献数
2 2

ヒトの話しことばにみられる連続的で変化に富んだ音声は,他の霊長類の音声とは異なり,言語で整理された多種多様な情報のすばやい効率的な伝達を可能にする。ヒトは,ヒト以外の哺乳類とは異なり,脳で作られた音声計画に合わせて音声器官の運動を随意に制御し,声道形状を的確なかたちへと連続的に変化させて,話しことばをつくりだす。古人類学的研究では,その話しことばに関連すると考えられる形態学的特徴を探し出し,その特徴に関する古人類の比較形態学的分析を通じて,言語の起源が論じられてきた。一方,ヒト以外の霊長類における音声器官の比較形態学的研究や音声の生物音響学的研究の進展は,話しことばの生物学的基盤は,ヒト系統以前から,それとは関係のない別々の適応を経て現れたというモザイク進化モデルを描き始めた。今後,両研究アプローチによる知見の蓄積とともに,それらが運動学的分析のもとに統合されることを期待したい。それにより,話しことばの解剖学的基盤の何がヒト特異的であるのか,あらためて浮き彫りになるだろう。その実証的知見が古人類学的研究へ還元されるとき,話しことばを含む言語の長い進化プロセスの解明への新たな一歩がふみ出されるに違いない。
著者
近藤 信太郎 金澤 英作 中山 光子
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.114, no.1, pp.63-73, 2006 (Released:2006-06-23)
参考文献数
78

ヒトの上顎大臼歯と第二乳臼歯に見られるカラベリー結節は最もよく知られた歯冠形質のひとつである。この形質に関しては様々な観点から多数の研究が行われてきた。本稿では最近の研究を紹介するとともに,この形質が歯の人類学に与えた多くの課題を3つのキーワード「分布」,「遺伝」,「系統と発生」にしたがって検証した。「分布」の項では形質の基準,集団間の違い,ヨーロッパ人にカラベリー結節が多く見られる理由を検討した。「遺伝」の項ではカラベリー結節の遺伝,左右側の非対称性,性染色体とカラベリー結節,性差について考察した。「系統と発生」の項ではカラベリー結節の系統発生と個体発生,カラベリー結節は大きい歯にみられるのか,に関して検討した。歯の内部構造の研究方法の開発や分子生物学的な研究によりカラベリー結節は多方面からより詳細に研究され,未解決の課題が解明されることであろう。
著者
近藤 信太郎 金澤 英作 中山 光子
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
Anthropological science. Japanese series : journal of the Anthropological Society of Nippon : 人類學雜誌 (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.114, no.1, pp.63-73, 2006-06-01
被引用文献数
2

ヒトの上顎大臼歯と第二乳臼歯に見られるカラベリー結節は最もよく知られた歯冠形質のひとつである。この形質に関しては様々な観点から多数の研究が行われてきた。本稿では最近の研究を紹介するとともに,この形質が歯の人類学に与えた多くの課題を3つのキーワード「分布」,「遺伝」,「系統と発生」にしたがって検証した。「分布」の項では形質の基準,集団間の違い,ヨーロッパ人にカラベリー結節が多く見られる理由を検討した。「遺伝」の項ではカラベリー結節の遺伝,左右側の非対称性,性染色体とカラベリー結節,性差について考察した。「系統と発生」の項ではカラベリー結節の系統発生と個体発生,カラベリー結節は大きい歯にみられるのか,に関して検討した。歯の内部構造の研究方法の開発や分子生物学的な研究によりカラベリー結節は多方面からより詳細に研究され,未解決の課題が解明されることであろう。<br>
著者
佐竹 隆
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
Anthropological science. Japanese series : journal of the Anthropological Society of Nippon : 人類學雜誌 (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.118, no.1, pp.37-46, 2010-06-01
参考文献数
15

フルドリチカ生誕140周年の今年(2009年)9月2日から5日までの4日間,第5回フルドリチカ国際人類学会がチェコのプラハとフルドリチカの生地フンポレツ(Humpolec)で,"Quo vadis homo…societas humana?"をスローガンに開催された。学術発表は17のセクションに分けて3つの会場で行われた。午前にPlenary SessionがInstitute of Anatomy, Charles University in Pragueで行われ,午後はOral SessionとPoster SessionがNational MuseumとFaculty of Science, Charles University in Pragueで行われた。3日目の午後はフンポレツに場所を変え,記念講演とフルドリチカ・メダルの受賞式が行われた。公式発表による参加者総数は約350名,Plenary session 11題,Oral session 103題,Poster session 58題の発表があった。学会で配布された資料をもとにフルドリチカの生涯について簡単に最新の情報から紹介する。<br>
著者
巻島 美幸 荻原 直道
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.117, no.1, pp.11-21, 2009 (Released:2009-06-20)
参考文献数
31
被引用文献数
2 3

津雲,吉胡貝塚出土の縄文時代人計19個体と現代日本人計22個体の頭蓋骨の形態変異を,3次元幾何学的形態測定学に基づいて分析し,従来の頭蓋計測値に基づく多変量解析の結果を再現するか,また今まで報告されていない新たな形態変異を検出するか検証を試みた。まず,CTスキャナを用いて頭蓋骨の精密3次元立体形状モデルを構築し,計35点の解剖学的標識点の3次元座標を取得した。そして縄文時代人と現代日本人の頭蓋形状の変異傾向を,幾何学的測定形態学に基づいて分析した。分析は,35標識点すべてを用いるが縄文時代人の個体数が少ない分析Iと,個体数は多いが遺存の悪い部位を除いた計23標識点のみを用いる分析IIに分けて行った。その結果,現代日本人は,津雲貝塚人と比較して相対的に上顔高と鼻高が高く,脳頭蓋幅と頬骨弓幅が狭く,口蓋と頭蓋底が下方に位置し,顔面が立体的で歯槽性突顎の傾向があることが示され,幾何学的形態測定学に基づく分析結果は,従来手法に基づく先行研究の結果と基本的には一致することが明らかとなった。また,現代日本人の頭蓋骨では,津雲貝塚人と比較してラムダが相対的に前方にイニオンが後方に位置し,後頭鱗が相対的により垂直になる傾向があることが新たに検出された。幾何学的形態測定学に基づく古人骨の分析は,破損・欠損のため解析に含められる標本が必然的に限られてしまう問題があるが,形態の変異傾向を統計学的に抽出し,また視覚的に表示する上で有効であることが確認された。