著者
長岡 朋人 安部 みき子 蔦谷 匠 川久保 善智 坂上 和弘 森田 航 米田 穣 宅間 仁美 八尋 亮介 平田 和明 稲原 昭嘉
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.121, no.1, pp.31-48, 2013 (Released:2013-06-21)
参考文献数
57
被引用文献数
3 4

本研究では,兵庫県明石市雲晴寺墓地から出土した明石藩家老親族の人骨1体(ST61)について,形態学,古病理学,同位体食性分析の視点から研究を行った。板碑から人骨は明石藩の家老親族であり,1732年に77歳で亡くなった女性である。本研究の結果,(1)骨から推定された性別は女性で,死亡年齢は50歳以上で,墓誌の記録を裏付けるものであった。(2)頭蓋形態を調べたところ,脳頭蓋最大長が大きく,バジオン・ブレグマ高が小さく,頭蓋長幅示数は75.3で長頭に近い中頭,また上顔部が細長いものの顔面全体が大きく,いずれの特徴も徳川将軍親族,江戸庶民,近代人とは異なっていた。(3)炭素・窒素安定同位体分析の結果,ST61の主要なタンパク質摂取源は,淡水魚,または,陸上食物と海産物の組み合わせと推定された。当時の上流階級の人骨のデータの積み重ねは今後の江戸時代人骨の研究に不可欠であるため,今回一例ではあるが基礎データの報告を行った。
著者
青野 友哉
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological science. Japanese series : journal of the Anthropological Society of Nippon : 人類學雜誌 (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.118, no.1, pp.11-22, 2010-06-01
参考文献数
13

本稿は,埋葬時の遺体周辺が充填環境か空隙環境かによって骨の移動に差が生じるとの考え(奈良,2007)を基に,人骨の出土状況から遺体周辺の環境を判断するための基本事項を整理した。まずは,「充填環境」と「空隙環境」とは埋葬時から白骨化の完了までの遺体周辺の環境を表しており,白骨化の途中で空隙環境から充填環境へと移行する例を示すことで,環境変化を時間的に捉える必要性を指摘した。また,遺体の一部分が空隙となる「部分的空隙環境」には,土砂の流れ込みなど,空隙環境から充填環境への移行時に起こる状況と,遺体を包装するなどの理由で埋葬時から生じる状況の2パターンが存在すると考えた。そして,時間的変化を考慮して人骨の出土状況を観察することで,全パターンの判別と具体的な環境変化の復元が可能となるとの方法論を提示した。次に北村遺跡出土の縄文人骨42例に対して遺体周辺の環境判断を行い,方法論の検証を行った。まずは,充填環境においても遺体の腐食による沈み込みは存在し,埋葬姿勢によっては骨が移動することや,甕被り葬や枕石の存在が骨の移動の要因であることを明らかにした。その結果,明らかに判断可能な人骨の割合は95.2%を占め,人骨を用いた遺体周辺の環境判断は大部分が可能であることを示した。<br>
著者
瀧川 渉
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.114, no.2, pp.101-129, 2006 (Released:2006-12-15)
参考文献数
140
被引用文献数
8 22

縄文人の身体形質に見られる地域差に関しては,頭蓋や歯の計測的特徴や形態小変異,推定身長に基づく研究が行われてきたが,これらの先行研究から,縄文人の形質の地域差は現代日本人との時代差よりも小さく,全国的にほぼ均質であると認識されてきた。今回,四肢骨の計測的特徴を中心に,北海道から九州までの6地域について,縄文人と現代日本人の地域間変異を比較した。単変量解析では,最大長において縄文人の方が現代日本人よりも地理的な変異幅が大きいこと,骨幹断面示数において縄文人の大半の項目に有意な地域差が見られるが現代日本人にはそれが全く認められないことが判明した。また,両集団の各地域間で四肢骨計測値を基にマハラノビスの距離を求めると,縄文人の地域間距離は現代日本人のそれよりも大きく,二次元展開図でも縄文人の分布領域の方が広くなった。頭蓋計測値で同様の分析を実施したところ,男性では縄文人と現代日本人の平均距離は同程度だが,女性では縄文人の地域間変異の方が大きくなった。この様相は四肢骨と頭蓋の形態を形成する各々の背景の相異を示唆しており,他の解剖学的特徴や遺伝的多型からも縄文人の地域差を検討する必要がある。
著者
長岡 朋人 平田 和明 大平 里沙 松浦 秀治
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
Anthropological science. Japanese series : journal of the Anthropological Society of Nippon : 人類學雜誌 (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.116, no.1, pp.25-34, 2008-06-01
被引用文献数
1 6

中世人骨の形態的特徴の研究は,当時の人々の姿かたちを明らかにし,日本人の身体形質の時代的な移り変わりを解明するために重要である。本研究の目的は,中世人骨の四肢骨長に基づき身長推定を行うこと,中世人骨の身長推定に適切な推定式を検証すること,日本人の身長の時代的な移り変わりを再検討することである。資料は,鎌倉市由比ヶ浜南遺跡出土中世人男性59体,女性52体の上腕骨,橈骨,大腿骨,脛骨である。まず,各四肢骨長に基づき男性6種類,女性3種類の身長推定式から平均推定身長を求めた。次に,身長推定式を評価するために,男性6種類,女性3種類の各方法について,4長骨に基づく推定値の差異を分散分析で検討した。4長骨に基づく身長推定値の差異が小さい式は,男性では藤井の式,Trotter and Gleserのモンゴロイドの式,女性では藤井の式,佐宗・埴原の式であり,これらの式は中世人骨の身長推定に適していた。続いて,由比ヶ浜南遺跡の中世人骨に対して,藤井の大腿骨最大長の式に基づく身長推定を行い,他集団との比較を行った。その結果,男性では弥生時代人,古墳時代人との間に1%水準の有意差を認め,また,女性では弥生時代人との間に1%水準の有意差を,古墳時代人と近代人との間には5%水準の有意差を認めた。日本人の平均推定身長は古墳時代から明治時代の間に低くなる傾向が再確認された。<br>
著者
長岡 朋人 平田 和明 大平 里沙 松浦 秀治
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.116, no.1, pp.25-34, 2008 (Released:2008-06-30)
参考文献数
49
被引用文献数
4 6

中世人骨の形態的特徴の研究は,当時の人々の姿かたちを明らかにし,日本人の身体形質の時代的な移り変わりを解明するために重要である。本研究の目的は,中世人骨の四肢骨長に基づき身長推定を行うこと,中世人骨の身長推定に適切な推定式を検証すること,日本人の身長の時代的な移り変わりを再検討することである。資料は,鎌倉市由比ヶ浜南遺跡出土中世人男性59体,女性52体の上腕骨,橈骨,大腿骨,脛骨である。まず,各四肢骨長に基づき男性6種類,女性3種類の身長推定式から平均推定身長を求めた。次に,身長推定式を評価するために,男性6種類,女性3種類の各方法について,4長骨に基づく推定値の差異を分散分析で検討した。4長骨に基づく身長推定値の差異が小さい式は,男性では藤井の式,Trotter and Gleserのモンゴロイドの式,女性では藤井の式,佐宗・埴原の式であり,これらの式は中世人骨の身長推定に適していた。続いて,由比ヶ浜南遺跡の中世人骨に対して,藤井の大腿骨最大長の式に基づく身長推定を行い,他集団との比較を行った。その結果,男性では弥生時代人,古墳時代人との間に1%水準の有意差を認め,また,女性では弥生時代人との間に1%水準の有意差を,古墳時代人と近代人との間には5%水準の有意差を認めた。日本人の平均推定身長は古墳時代から明治時代の間に低くなる傾向が再確認された。
著者
河内 まき子 持丸 正明
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
Anthropological science. Japanese series : journal of the Anthropological Society of Nippon : 人類學雜誌 (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.114, no.1, pp.45-53, 2006-06-01
被引用文献数
2

日本人の顔面平坦度が20世紀において変化したかどうかを明らかにするため,生年が約80年異なる男性二群(1894年群,1974年群)の顔面石膏模型を比較した。石膏採取時の年齢は大差ないが(平均年齢29.5歳,26.1歳),1894年群はデスマスク(N = 52),1974年群は座位で採取したライフマスク(N = 56)である。石膏模型上に11の計測点を定義し,それらの3次元座標値をデジタイザで取得し,顔面平坦度にかかわる8項目および4示数を算出した。両群の差をt-検定で検定した。1894年群のうち11体については,頭骨についても10の計測点座標値を取得し,6項目および3示数を算出した。頭骨からの対応する項目との間に有意な相関が系統的に認められた石膏からの項目は,眼窩内側間幅(mf間幅),鼻根―眼窩内側深さ(セリオン―mf深さ),鼻根―眼窩内側扁平示数(セリオン―mf扁平示数)だけであった。鼻根から眼窩内側,眼窩外側,眼裂外側までの深さと扁平示数に有意な群間差が認められ,いずれにおいても1974年群の方が深さが大きく,扁平示数が大きい,すなわち扁平傾向が小さかった。骨格と関連が認められた鼻根―眼窩内側深さと鼻根―眼窩内側扁平示数について,二群の差の原因として計測誤差,栄養状態の違いによる軟部の厚みの差の効果,石膏採取時の姿勢の違いについて検討した。これらだけでは群間差を説明できないことから,過去80年間に鼻根部形態は変化し,立体的になったと考えられる。<br>
著者
服部 恒明 廣原 紀恵
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.127, no.2, pp.73-79, 2019 (Released:2019-12-18)
参考文献数
31

戦後日本人の身長が年年増加を続けたことは多くの時代差研究で明らかにされてきた。この伸長化の傾向は1994年から2001年あたりをピークに終了したとされ,高径のプロポーションは今後変わることはないだろうという指摘がされている。本研究は,学校保健統計調査報告書(文部科学省)のデータを用いて,成人値に最も近い17歳の日本人青年における座高と下肢長の変化を戦後から現代までBody Proportion Chart法によって観察した。このチャート法により,身長,座高,下肢長および座高に対する下肢長の比の経年変化を同時に観察した。その結果,現代の青年は身長の増加は止まったが,座高の増加と下肢長の減少が同期してみられることから,高径のプロポーションは今なお変化していることが明らかになった。この経年変化は,対象集団の中で座高が高くなる資質をもった人の割合が増加したことに起因する可能性がある。それをもたらした要因として,対象集団の親世代において,長胴傾向にある女性で出産割合がより高いことなどが推測された。日本の青年の高径比率が依然として変化していることを考慮すると,今後その変化の要因を検証するうえでも,座高の測定は学校保健調査の一環として再開されることが望まれる。
著者
蔵元 秀一 譜久嶺 忠彦 久高 将臣 西銘 章 石田 肇
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.117, no.2, pp.55-63, 2009 (Released:2009-12-25)
参考文献数
25
被引用文献数
2 2

久米島近世の成人距骨193個体343側,脛骨151個体227側を用い,距骨蹲踞面形状を5型{ストレート型,内側関節面前方延長型,内側蹲踞面型(複合1),内側蹲踞面型+外側滑車面前方延長型(複合2),内側関節面前方延長型+外側滑車面前方延長型(複合3)}に,脛骨は外側蹲踞面有りと無しの2型に分類した。結果,1)男性は女性より,複合2と複合3の出現頻度が高い傾向にあり,複合2の右側で男性の頻度が有意に高い。2)左右差では,女性の複合1で右側の頻度が有意に高い。3)脛骨外側蹲踞面の出現頻度も男性が女性に比べて高い。4)脛骨外側蹲踞面が存在する時は,距骨に外側滑車面前方延長型を伴うことが多い。距骨および脛骨蹲踞面出現頻度から,久米島近世人骨では男性の方が女性よりも蹲踞姿勢を習慣的にとっていると考えられた。距骨蹲踞面形成を運動学的に解釈すると,内側蹲踞面は足関節が伸展(以下,背屈)することにより,距骨内側部と脛骨下端部に靭帯や関節包などの軟部組織がはさまれて形成される。足関節がさらに背屈すると,距骨外側滑車面前方部と脛骨下端前縁部外側が衝突し,距骨の外側蹲踞面が形成されると思われる。本土の縄文時代,江戸時代および近代人骨よりも,距骨蹲踞面と脛骨外側蹲踞面の出現頻度が低いことから,久米島近世人骨においては習慣的な蹲踞姿勢が少なかった可能性を示した。
著者
木村 賛
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.114, no.1, pp.1-3, 2006 (Released:2006-06-23)
参考文献数
5
被引用文献数
1
著者
澤藤 りかい 蔦谷 匠
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.128, no.1, pp.1-19, 2020 (Released:2020-06-23)
参考文献数
130

従来の免疫的な手法によるタンパク質の検出と異なり,質量分析を利用したタンパク質の分析は,微量のタンパク質も検出でき,誤同定の恐れが小さく,処理能力が高く,未知のタンパク質を網羅的に解析できるという利点をもつ。2010年代以降,考古・人類学的な資料として学術的意味をもつ生物遺物体に存在する過去のタンパク質を,質量分析計を用いてハイスループットまたは網羅的に分析する古代プロテオミクスの研究が盛んになってきた。こうした古代プロテオミクスの手法は,特定のタンパク質のスペクトルパターンから分類群を判別するペプチドマスフィンガープリンティング(ZooMSなど)と,試料中に存在するタンパク質を網羅的に同定するショットガンプロテオミクスに分類できる。現在行なわれている古代プロテオミクスの研究は,生物試料の分類群の判別と系統推定,遺伝情報の推定,有機物の同定,生理状態をあらわすタンパク質の検出,食性の推定,という5つのカテゴリーに大別できる。質量分析によるプロテオミクスに一般的な問題や,過去の試料を分析する際に特有の問題があるものの,古代プロテオミクス分析の利点を活かした研究は今後さらに増加し多様化していくものと予想される。
著者
斎藤 和子
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.108, no.2, pp.61-79, 2000 (Released:2008-02-26)
参考文献数
26

岩版•土版はこれまで, 石製または土製という材質の違いはあっても同一形式に属し, 連続的な変化を遂げ, 6型式に分類されるとされてきた。そして, 初現形態である第1類を見ると, 土偶と何ら形態的な関係がないと考えられ, ゆえに, 岩版•土版は土偶と形態的に無関係であるとされてきた。しかし本研究の解析の結果, 1) 岩版•土版は同一形式に属するとしても, 連続的に変化するとはいいがたいこと 2) 細別されていた従来の6型式は, 3型式に大別されること3) 第2類•第3類の岩版•土版は, 土偶の人体意匠の表現様式に影響を受けていること, を指摘した。
著者
篠田 謙一 神澤 秀明 角田 恒雄 安達 登
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.127, no.1, pp.25-43, 2019
被引用文献数
5

<p>佐世保市下本山岩陰遺跡から出土した2体の弥生人骨の核ゲノム解析を行った。これらの人骨は,遺跡の地理的な位置と形態学的な研究から縄文人の系統を引く西北九州弥生人集団の一員であると判断されている。しかし,次世代シークエンサを用いたDNA解析の結果,共に縄文系と渡来系弥生人の双方のゲノムを併せ持つことが明らかとなった。これらの人骨の帰属年代は弥生時代の末期にあたる。本研究結果から,この時期には九州の沿岸地域でも,在来集団と渡来した人々との間で混血がかなり進んでいたことが明らかとなった。このことは,これまで固定的に捉えられていた渡来系弥生人と西北九州弥生人の関係を捉え直す必要があることを示している。また本研究によって,古人骨の核ゲノムの解析で得られたデータは,このような混血の状況を捉えるのに有効であることも示された。今後,北部九州の弥生人骨のゲノム解析を進めていけば,日本人の成立のシナリオは更に精緻なものになることが期待される。</p>
著者
滝澤 恵美 山口 麻紀 岩井 浩一 伊東 元
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.1-8, 2014 (Released:2014-06-24)
参考文献数
25

本研究は児童における蹲踞姿勢の実態調査を行い,生活様式や運動習慣との関連性を調べた。対象は小学校1~6年生の68名(男子36名,女子32名)とした。姿勢観察は自由課題(床の高さで絵を描く際に選択する姿勢)と指示課題(踵を接地した蹲踞の可不可)の2課題とした。生活様式(便座の種類,寝具の種類,他),特定の運動習慣の有無は保護者から情報収集した。関節可動性は足関節の背屈角度と長座体前屈を計測した。結果,自由課題で蹲踞を選択した者は6割,指示課題で踵を接地した蹲踞が可能だった者は7割だった。多重ロジスティック回帰分析の結果,選択する姿勢は寝具の種類(調整オッズ比:3.6,95%信頼区間:1.2–11.5,p < 0.05)と学年(調整オッズ比:5.2,95%信頼区間:1.4–18.9,p < 0.01)が関係した。踵を接地した蹲踞の可不可には特定の運動習慣の有無(調整オッズ比:9.2,95%信頼区間:1.8–47.7,p < 0.01)が関係した。児童の蹲踞姿勢において,性や関節の可動域は有意な関係を示さなかった。生活様式や運動習慣は,多様な姿勢の1つである蹲踞に影響を与える。
著者
河野 礼子 土肥 直美
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.63-78, 2018 (Released:2018-06-28)

ここに寄せる文章は,沖縄の新聞・琉球新報に,2016年2月17日から2017年5月31日にかけて計30回にわたり連載された『旧石器人研究最前線』の記事の後半部分である。沖縄には港川や山下町など人骨出土遺跡があり,さらにこの数年は白保竿根田原洞穴遺跡やサキタリ洞遺跡での成果が報道され,三万年前の航海再現プロジェクトがスタートして注目されるなど,沖縄の旧石器人研究がひときわ盛り上がりを見せていると言っても過言ではなかろう。そうした中で地元への啓発・還元の意味で開始した連載記事を,沖縄外の人類学会員や,広くは関心のある全国の読者にも読んでもらいたく,再発信するものである。もともとが新聞の連載記事である性質上,その時点で進行中の時事ネタが多分に盛り込まれているが,その時その時の「今」を記録する意味で,あえて改稿せずほぼ新聞掲載時のまま全文転載させていただくこととした(各記事の筆者の所属も掲載時点のものである)。今回の転載を快諾してくださった筆者の皆様と,連載の趣旨に賛同し牽引してくださった琉球新報社の米倉外昭氏に心より感謝する。本寄書のこれ以降の内容はすべて,琉球新報社の提供によるものである。(なお,連載17~19回の記事については,筆者の希望により掲載しない。)
著者
荻原 直道
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.116, no.2, pp.99-113, 2008 (Released:2008-12-27)
参考文献数
97

アウストラロピテクス・アファレンシスの化石骨格(Lucy)とラエトリで発見されたその足跡化石は,初期人類が二足歩行をしていたことを示す最も直接的な証拠である。これら形態情報を生体力学的に分析し,その二足歩行を復元する試みが近年進んでいる。本稿では,こうした生体力学的方法論,特にA・アファレンシスの力学的相似則に基づく歩行速度推定と,筋骨格モデルを用いた歩行復元シミュレーションについて,その現状と課題を解説する。
著者
辰巳 晃司 奈良 貴史
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
pp.211002, (Released:2021-11-16)

本研究では,2017年に東京都港区湖雲寺跡遺跡から出土した幕府旗本永井家の歴代当主・正室の頭骨に貴族的特徴が認められるか,形態学的に検討した。貴族的特徴は江戸時代の身分制社会の頂点に位置する徳川将軍家や大名家の頭骨にみられる,極端に幅狭い顔面部,高く大きな眼窩,狭く高い鼻根部,華奢な下顎,微かな歯冠咬耗など,庶民とは異なる特有の特徴を表す。永井家の人骨は,当主10体・正室7体を含む約200年の系譜にわたる,これまで報告例のなかった旗本家の貴重な家系人骨資料である。本研究の結果,旗本永井家には当主・正室ともに貴族的特徴の傾向が認められ,当主は大名に近く,正室は将軍正室と大名正室に近い傾向がみられた。ただし,当主の下顎は庶民に近い頑丈性がみられ,貴族的特徴も世代を経るごとに強くなる傾向はみられなかった。また,顔面頭蓋形態と武家階層の高低との関連を調べた結果,特に男性において明瞭な対応関係が認められ,武家の家格や石高が高いほど典型的な貴族的特徴を呈し,低いほど庶民的特徴に近付くという階層性が示された。永井家に貴族的特徴が認められる要因としては,元々大名を出自とし,旗本の中でも7000石という高い階層にあることが考えられる。永井家当主の歯の咬耗は軽微であることから,下顎が頑丈な要因については,今後食生活以外の可能性も検討する必要がある。