著者
中丸 禎子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.51-60, 2010

明治から戦後までの日本における北欧文学の受容史を、セルマ・ラーゲルレーヴのそれを中心に概説する。 具体的な考察対象は、新劇運動における北欧演劇の受容、女性解放運動・児童教育運動に対するエレン・ケイの影響、無教会グループを中心とした、平和主義としての北欧受容、山室静による北欧文学およびラーゲルレーヴ受容である。この研究の日的は、邦訳作品の傾向・翻訳者の関心のあり方と日本史・日本文学史上の立場を関係付け、北欧のステレオタイプ・イメージの起源を明らかにすることである。
著者
田辺 陽子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.27-36, 2018

本稿の目的は、ノルウェーの先住民高等教育機関・サーミ大学において成人向けに開講されている「北サーミ語初心者実践コース」に注目し、受講生の学習動機、言語復興に関する学習の成果や課題を提示することである。インタビュー調査の分析によって明らかになったのは、主に次の事項である。①学習動機に関しては、サーミ以外の受講生に「道具的志向」と「統合的志向」が目立ったのに対し、サーミの受講生には「連続的志向」がみられた。②学習成果としては、地域社会や自然・文化資源を学習環境の一部として取り入れたプログラムに対する生徒からの評価は高く、特に会話力の向上を指摘する声が多かった。その一方で、辞書や補助教材については課題が幾つくか残っている。次世代への言語継承には親世代の取組みが重要となるが、サーミ語を学ぶ成人向け教育プログラムが言語復興に果たす役割は大きく、今後の重要な研究課題の一つとなるだろう。
著者
渡辺 博明
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.15-25, 2005

スウェーデンでは、1920年代以降、最大勢力の社会民主主義を中心に、共産主義、保守主義、自由主義、農民勢力のそれぞれの政党からなる5 党制の時代が長く続いた。 しかし、1980年代末から新党の参入が相次ぎ、長期安定を誇った同国の政党システムにも明確な変化が表れた。 その背景には、政党支持構造の流動化と政治的争点の多様化があった。他方、そうした変化が進む中でも、主要政党が左派と右派に分かれて対峙する「ブロック政治」の枠組みは、双方に新たな政党を加える形で存続し、それと結びついた社民党の優位も続いている。こうしたことから、スウェーデンの政党システムについては、時とともに不安定化要因を多く抱え込みながらも、今までのところ、包括的な対抗軸に基づいて作動する従来の形態が辛うじて維持されているといえる。
著者
渡辺 博明
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.65-74, 2007

スウェーデンの環境党は支持率5 %前後の小政党であるが、1998年から2002年までの2期8年にわたって閣外協力の形で社民党政権を支え、その影響力は無視できないものとなっている。環境党は88年に議会進出を果たした当初、他党との協力の可能性を否定していたが、やがて社民党との交渉を通じた政策決定への関与を模索するようになり、98 年選挙で「要政党」 となると閣外協力に踏み切った。かつて圧倒的な優位を誇った社民党の勢力に翳りが見え始め、同党と環境党および左翼党との協力が進むと、他方で保守・中道4党も、従来には見られなかった周到な協力体制の構築によって政権奪取を目指し始めた。左右二大陣営間のバランスの変化が環境党の議会政治戦略の変化につながった一方、同党が「左派ブロック」入りしたことで、今日のスウェーデンの政党政治において、多党化と政党支持構造の流動化にもかかわらず、「ブロック政治」の作用が強まることとなった。
著者
倉地 真太郎
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.1-11, 2018

デンマークは高負担税制を維持する国の一つである。しかし、デンマークは1970年代初頭に反税政党・進歩党による所得税廃止運動を経験した国でもある。1980年代以降、反税政党の勢いは衰えたが、代わりに極右政党・デンマーク国民党が台頭し、2001年11月国政選挙で第三政党まで躍進した。本稿では、極右政党の台頭がデンマーク税制に与えた影響を明らかにするため、2004年税制改革の政治過程を分析した。2004年税制改革は、労働所得税減税だけでなく選別主義的な高齢者手当が導入されたが、これはデンマーク国民党にとって移民高齢者に恩恵が行き渡らないようにすることが狙いであった。
著者
岩﨑 昌子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.39-48, 2009

ノルウェーの新右翼政党 「進歩党」 は、1980年代後半から、流入する移民の急増とともに台頭を始めた。従来のノルウェーの移民政策は、移民を「ノルウェー語を話せない」ハンディキャプトと見なし、ネイティブ・ノルウェー人との社会的平等を図るための特別の支援を行うというものであった。進歩党は、これをノルウェー人への逆差別であると批判する。この主張は、多文化化が進行する中で有権者から一定の支持を得るが、既存政党が従来の路線に結集する中で、進歩党は徐々に反移民票を失う。その結果、ノルウェーの移民政策は従来の路線を踏襲することとなった。これは、移民を福祉国家の「社会的連帯」の範疇に含めることに、ネイティブが同意したことを意味すると考えられるだろう。この「社会的連帯」の再構築は、 進歩党が移民問題を政治アリーナに持ち込んだことによって、初めて確固たるものとなったのではないかと考えられる。
著者
小川 有美
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.1-9, 2015

共に北欧型福祉国家デモクラシーと呼ばれながらも、スウェーデンとデンマークは、移民の包摂や「福祉排外主義」の定着において異なる姿を示す。 その差異は、民主的な福祉国家に至るレジーム形成局面に遡って分析することができる。すなわち、1. 北欧各国ではナショナル・レジーム、民主レジーム、社会レジームの三つが重層的に成り立っているが、各レジームの確立するタイミングとその政治的規定力は異なった。2.スウェーデンの場合、社会を国家が包摂する社会包摂ステイティズムが先に確立し、ナショナル・レジームの問題が大きな影響をもつことはなかった。3. デンマークの場合、ナショナル・レジームの問題が繰り返し政治化し、「小国」としての民主的なナショナル・レジームが確立した。それは国民国家の枠組みを強調するリベラル・ナショナリズム的な性格を有するものとなった。
著者
中丸 禎子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.51-60, 2009

現在の日本において、北欧には「理想的・牧歌的な福祉国家」、ラーゲルレーヴには、そのイメージに合致する「母性的な平和主義者」というステレオタイプ・イメージがある。<改行>本論文では、このようなイメージの起源を明らかにすることを目的に、ラーゲルレーヴの邦訳作品の傾向・翻訳者の関心のあり方と日本史・日本文学史上の立場を関係付けながら、明治から戦後までの日本における北欧文学の受容史を概説する。<改行>まず、1905年にラーゲルレーヴを日本で初めて翻訳した小山内薫と、1908年に訳した森鷗外の当時の接点として、新劇運動に着目する。同運動においては、日本の近代化・西欧化の一環として、イプセンなどの北欧演劇が最新のヨーロッパ演劇として紹介された。<改行>第二に、1920年前後に児童文学作品が翻訳されていることと、その訳者の多くが〈青鞜〉と関わっていたことから、大正期の女性解放運動・児童教育運動に着目する。ここには、平塚らいてうが理論的なよりどころとした、スウェーデンの女性解放運動家・教育学者のエレン・ケイの影響を見て取ることができる。<改行>第三に、「キリスト教文学」として訳された作品が多いことに着目する。ラーゲルレーヴを複数冊訳した人物には、無教会グループのメンバーをはじめとするキリスト教徒が多い。この背景には、内村鑑三のデンマーク受容があることが推察される。彼らは反戦運動の中で、ラーゲルレーヴを平和主義者として理想化した。<改行>最後に、日本において初めて包括的・体系的に北欧文学を受容した山室静に着目する。山室は、戦前にマルクス主義運動に身を投じたが転向し、戦後、雑誌〈近代文学〉を創刊した。山室は西欧や日本の「近代」を疑問視する立場から、近代北欧文学を受容したが、その際に、ラーゲルレーヴを「近代的」ではないと捉え、「牧歌的な児童文学作家」へと局限した。<改行>これらの例からは、北欧が、最初は「欧米」の一部でありすぐれた近代化モデルとして、次いで、受容者たちが抱いた日本の近代化のあり方への疑問から、西欧やアメリカとは別の近代化モデルとして受容され、理想化されたこと、そのことが現在の理想化・牧歌化の一因であったことがうかがえる。