著者
藤井 義博
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.13-26, 2014-03-31

西洋近代医学の草創期に活躍したドイツ人医師クリストフ・ヴィルヘルム・フーフェラント(1762-1836)は、「長生法」や「医学必携」を著し、その影響は広く、当時のみならず長く後世にも、医師のみならず一般人にも、西欧諸国のみならず日本にも、江戸の蘭学医から明治以降の医師・医学生にも及んだ。本研究は、フーフェラントが医学を統合する原理とし一般人の長生法を正す礎とした「生命ないしは生命力の原理」が、フーフェラントにおいて確立された内面主体である「正直で感性のある人間」と密接に関係していることを明確にする試みであった。「正直で感性のある人間」は、フーフェラントにおいて臨床実践と現象観察とが経験に転調する内面主体であり、フーフェラントが医師として医学を実践した主体であり、フーフェラントに長生法のアイディアを可能にした主体であり、長生法を通じてフーフェラントが一般人とくに若者に獲得させようとした人間のもうひとつの在り方としての内面主体であった。「正直で感性のある人間」は、新渡戸稲造における内的基準を持ったパーソン(人格)すなわちトワイス・ボーン・メンの誕生に伴う主体である。あるいはエマヌエル・レビナスにおける、全体性(totality)から分離され、孤独で利己的なそれゆえに幻想の世界に生き得る内的自己が、他者の顔との超越的な関係において、無限(infinity)の利他性へと深化し続けるようになる内面主体である。近代西洋医学における医師としての主体は万人に共有されている良識(lebonsens)を備えた主体であり、フーフェラントの「正直で感性のある人間」はその必要条件ではない。この良識を備えた主体者による実践が科学であるならば、医師に科学者と同じ良識の備えのみを要請する近代西洋医学は、医学の長い歴史における科学革命の成立を意味する。「正直で感性のある人間」は、良識を備えた主体者による科学や近代西洋医学の中にどのように再統合されるのかされないのか。身体運動習慣は、この両者の接点になり得ることをフーフェラントは示唆している。すなわち現代科学と現代医学とが健康長寿における有効性を実証している身体運動習慣は、フーフェラントの長生法では健康、修復の一貫性、身体の耐久において動物力が有効に行使される内容である。その内容を魂の喜びやユーモアなど人間の精神力が同時に行使されるものに転調するならば、良識を備えた主体者と「正直で感性のある人間」の活動の中庸が回復され得る。そのときこそ、動物力と精神力を行使する人間が、良識ある主体者かつ「正直で感性のある人間」として創造された目的を完全に遂行している状態ということができる。
著者
隈元 晴子
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.25-33, 2016-03-31

地域社会のつながりの希薄化や家族のあり方の多様性などが、個人や家族を孤立させ、健康状態の悪化や孤食、虐待、孤独死などのさまざまな問題をもたらしている。それらを解決するカギとして、家族や地域における「人と人との絆」の再構築が求められており、地域コミュニティの形成や促進の主体として商店街への期待が高まっている。本論文では、商店街振興組合と大学生、NPO法人などが取り組んできたコミュニティカフェを拠点とする「子どもの居場所づくり」事業について、地域における活動の意義や役割を再検討することを目的として、2013年からの実践活動を振り返ることにした。コミュニティカフェの運営は、支援者や地域住民との間に信頼関係が構築され、商店街からの人的および経済的サポートがあることが持続可能性と安定性をもたらしている。そして、この活動が「子どもたちの問題」に目を向けた事業であることから、新たなつながりの拡がりを見せている。子どもたちへの支援を行っている大学生やNPOの活動が、より多くの人々の関心や支援を引き寄せており、今後の事業展開の方向性を示唆している。
著者
藤井 義博
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.19-31, 2013-03-31

本研究は、宮澤賢治を天才ないしは病人ととらえないで、健常人の枠内において位置づけ解釈する試みであった。その結果、賢治が心象スケッチ「春と修羅」に事実として記録した自らの感性的違和感は、人格(パーソン)の創造過程における新たな経験、未知の経験の証であると理解された。賢治が詩ではなく心象スケッチと認識していた「春と修羅」は、自我に同化し得ない(超越する)他者による幻想する自己に対する自己否定をてことした、人格すなわち内的基準を獲得するに至ったパーソン(トワイス・ボーン・パーソン)の誕生の記録ではなかったのか。この自己否定の過程において、物理学の法則の支配する実在の現象世界から起つことを決意した賢治がそこから受けとった真実の言葉(「まことのことば」)は、普遍的な非個人的な科学法則ではなかった。それは「善逝(スガタ)から来てそしてスガタに至る」徳性により螺旋的回転を続けて止まない陰陽の原則であった。賢治は、この継起する螺旋的回転体を「そらや愛やりんごや風、すべての勢力のたのしい根源萬象同帰のそのいみじい生物」と表明した。それは、自ら表現する「他者の顔」が発し、対話を介して受けとられる個人的な真実(「まことのことば」)が現象世界に存在するとの確信の証であった。賢治の心象スケッチ「春と修羅」は、普遍的な科学の法則に基づいた非個人的な真実の言葉を知った近代人が、現象世界から出発して、非個人的科学的法則ではなく、それとは別次元の個人的真実を把握する伝統的な直観の精神の創造過程を示している。
著者
三田村 理恵子
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.5-10, 2010-03

本研究では、乳酸発酵野菜入り野菜・果実混合飲料を2週間連続摂取した際に、便通の改善が得られるか否かを検討した。インフォームドコンセントの得られた健常な女子大学生38名(24.4±7.4歳)を対象とし、2週間の観察期間を設けた後、試験飲料を1日200ml、摂取時間帯は定めずに2週間連続摂取させた。摂取期間中は下剤や便通を促すサプリメントを禁止した他、摂取する食品に関しての制限はしなかった。「便通」に関する排便日誌を用い、前後比較デザインによる便通改善効果の評価を行った。全38例を解析した結果、主要評価項目である排便回数が観察期間は12.1回であったのに対して、摂取期間では13.7回となり有意に増加した。また、排便日数も観察期間9.3日が摂取期間では11.0日となり、有意な増加が認められた。さらに、便秘がちな群と非便秘群に分け便通改善効果の解析を行ったところ、便秘がちな群は観察期間7.5回の排便回数が摂取期間では10.5回と変化した。一方、非便秘群における排便回数は、飲料の摂取前後で差はほとんど見られなかった。排便日数についても同様であった。以上の結果より、乳酸発酵野菜入り野菜・果実混合飲料の連続摂取による便通改善効果が示された。特に、便秘がちな女性では便通改善効果が得られやすいと思われる。
著者
大矢 一人 伊井 義人
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.17-26, 2009-03

実施より丸10年を経過した介護等体験について、藤女子大学の総括を行う。11年間での実施者数は約900人であり、その人数は最近減少傾向にある。お世話になった特別支援学校数は26校となった。また社会福祉施設数はのべ700以上となり、施設での体験実施は夏に集中している。事前指導は、少なくとも初期に比べれば丁寧になっており、他大学と比べても遜色はない。しかし現実には、いくつかのトラブルが発生してきており、その事例を紹介した。また、他大学との違いを事前指導のあり方とともに実施時期の点から行い、執筆者自身による介護等体験の経験についても述べた。最後に、今後の課題として、事前指導のさらなる検討と実施時期について触れた。
著者
若狹 重克
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.79-86, 2016-03-31

権利擁護は、「権利侵害から守る」という意味で使われることが多かった。しかし、介護保険制度の実施による福祉サービス利用方式の転換により、自己決定を支援し利用者をエンパワメントする積極的な意味を持つようになった。一方で、自己決定やエンパワメントは、ソーシャルワークにおける原則や理念としても重視されている。本研究は、権利擁護をソーシャルワークとして推進する際の基礎となる立場を示すことを目的とする。社会福祉における権利と権利擁護の意味および地域包括支援センターを対象とした調査結果から、ソーシャルワークとしての権利擁護推進の視座を以下のように考察した。1.高齢者や家族等を対象とする直接的な権利擁護実践(ミクロレベル)2.権利擁護支援が必要な者の早期発見・把握に向けたネットワークやシステム構築などの間接的な権利擁護実践(メゾレベル)3.権利擁護支援への強い関心により権利侵害を予防する・無くす社会を目指すソーシャルアクションによる環境変革(メゾ〜マクロレベル)
著者
伊井 義人 中村 伸次 岩崎 遥 西川 絵梨 足立 瞳 深澤 麻依 外川 茜
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.77-90, 2013-03-31

本論では、今年度で二年目を終えた藤女子大学の学生による石狩市立厚田中学校での学習支援(スクール・アシスタント・ティチャー:SAT)事業の現状と課題、そして将来的な展望を報告する。厚田中学校は、藤女子大学花川校舎から車で50分ほどの海岸部に位置する全校生徒22名の小規模校である。そこで主に教職課程を履修している大学生が、中学校教員や保護者と協力しつつ、数学や家庭科などの授業、学校行事の面で、生徒と触れ合い、多様な学習支援を行なっている。本論は、大学・中学校側のSAT担当教員だけではなく、実際に学習支援に参加した学生の視点から、今年度を振り返り、来年への展望を述べている。現状分析としては、1. 学校行事(学校祭・餅つき大会・卒業式)への参加、2. 地域との関わり(ピザ教室)、3. 学生主体の連絡調整が促進されたことが、今年度の成果といえる。その一方で、依然として、遠隔地域での学習支援という特色上、1. 厚田への交通手段、それに伴う2. 学生の時間の確保が課題として残った。しかし、来年度(2013年)は、厚田中学校での学習支援を経験し三年目の学生も4年生として在籍するため、SAT事業の継続性・発展性を視野に入れた、彼女たちの集大成に期待したい。なお、今年度のSAT事業は、石狩市教育委員会の予算と共に、藤女子大学QOL研究所からの補助金を通して、運営された。
著者
水上 香苗 高橋 さおり 楠木 伊津美 高瀬 淳 Kanae MIZUKAMI TAKAHASHI Saori KUSUNOKI Itsumi TAKASE Atsushi 藤女子大学非常勤講師 北海道大学大学院文学研究科・大学院生 藤女子大学人間生活学部食物栄養学科 岡山大学大学院教育学研究科 Part-time Lecturer Fuji Women's University Graduate Student Hokkaido University Fuji Women's University Okayama University
出版者
藤女子大学QOL研究所
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.35-42, 2010-03

2006年にマスコミ等で大きく取り上げられた学校給食費の未納問題は、従来から学校が潜在的に抱える問題であった。その対策として、学校給食の教育における意義、必要性等の配慮から、就学援助制度等の整備も行われてきている。しかし、その対応については、給食費の徴収・管理を始め実に様々であることがわかった。一方で、食育基本法の制定に伴い、法の制定以来改正されてこなかった学校給食法の改正が行われ、教育における学校給食の位置づけも変わることとなった。これらのことを踏まえ、今後給食費の未納問題を未然に防ぐためには、学校給食の事前説明と公会計による給食費の管理が必要といえる。
著者
藤井 義博 Yoshihiro FUJII 藤女子大学人間生活学部食物栄養学科・藤女子大学大学院人間生活学研究科食物栄養学専攻 Department f Food Science and Human Nutrition Faculty of Human Life Science and Division of Food Science and Human Nutrition Graduate School of Human Life Science Fuji Women's University
出版者
藤女子大学QOL研究所
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.11-24, 2008-03-01

本論文では、良寛禅師の戒語を分類するに先立って2つの仮説を立てた。一つは、戒語は人々を「調え御する」大乗仏教の托鉢僧の布施行の一環として行なわれたという仮説であった。もう一つは、戒語は道元禅師の愛語の思想に基づいているという仮説であった。これらの仮説に基づいて、良寛禅師の戒語は、道元禅師の愛語を実現するために必要な「慈愛の心」すなわち「もとの心」へ人々をして立ち返えらせるための戒めであると定義した。戒語の項目の分析を行った結果、良寛禅師の一般人に与えた戒語をまず次のように3大分類した。I. 縦社会における戒語、II. 傾聴のための戒語、III. 日常の生活場面における戒語。そしてそれぞれの大分類をさらに分類した。すなわちI. 縦社会における戒語は、1. 上位者、2. 下位者、3. 同類、および4. 子どもに小分類した。II. 傾聴のための戒語は、1. 自慢、2. 情動誘発、3. 無責任、4. まね、5. おだて・おどけ、6. 言い過ぎ、7. へだて、8. とがめ、に小分類した。III. 日常の生活場面における戒語は、1. 生活の仕方、2. 人々の状態、3. その他、に小分類した。小分類の中にはさらに細分類をしたものがある。このように戒語を分類することによって、戒語は現代人にとってよりわかりやすいものになったと思われる。In the present paper, two hypotheses were made to classify Ryokan's Warnings for People about Language; One is that they would have been a part of his giving as a Mahayana mendicant monk, who intended to train and lead people. Another is that they would have been based upon Dogen's idea of kind speech. They were intended to warn people to come to their senses, which, expressed as "the original mind" and "the mind of compassion" by Ryokan and Dogen respectively, were required to realize Dogen's kind speech. The Warnings for People about Language were classified into three main groups: I. Warnings in the hierarchical society; II. Warnings to realize attentive listening; III. Warnings in aspects of the daily life. The three main groups were further divided into subgroups. Group I was subdivided into four subgroups: 1. about people in higher position, 2. about people in lower position, 3. about people in similar position, and 4. about children; Group II into eight subgroups: 1. Pride, 2. Causing negative emotions, 3. Irresponsibility, 4. Mimicry, 5. Flattery & Clowning, 6. Speaking too much, 7. Separation, and 8. Blaming; and Group III into three subgroups: 1. Way of living, 2. Aspects of people, and 3. the others. The classification of the Warnings for People about Language is suggested to have made them more comprehensive for people of today.
著者
三田村 理恵子 三田村 保
出版者
藤女子大学QOL研究所
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.37-43, 2017-03

本研究は、保育園園児用のタブレット端末による食育アプリ教材の開発と実践を目的として行った。食育アプリは、小学校でも活用が促されている三色食品群をもとに開発を行った。このアプリは、アンケートのような文字を入力することなく、タッチ操作で解答ができ、保育園児の食品分類の知識を調査することができる。この食育アプリを、保育園での食育支援活動の中で使用した。対象者は⚕、⚖歳の保育園児(男児10 名、女児10 名)とし、2015 年⚗月から11 月に調査を実施した。⚗月、⚘月の調査結果より、食べ物の色で誤分類しているケースが多く、三色食品群の色についての説明が不十分であったと判断できたため、⚙月の食育では食材の色と分類で使用している色の違いについて説明を行った。その結果食育アプリの正答率が高値になり、特にロールパンやトマト、イチゴの正解率が上昇した。食育アプリを活用して食育内容の理解度を評価することは、食育内容の見直しや次回への課題発見につながり有用であると思われる。
著者
藤井 義博 Yoshihiro FUJII 藤女子大学人間生活学部食物栄養学科・藤女子大学大学院人間生活学研究科食物栄養学専攻 Department of Food Science and Human Nutrition Faculty of Human Life Science and Division of Food Science and Human Nutrition Graduate School of Human Life Science Fuji Women's University
出版者
藤女子大学QOL研究所
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.35-46, 2016-03-31

本研究は、西洋近代医学の草創期に活躍したドイツの医師クリストフ・ヴィルヘルム・フーフェラント(1762-1836)の長生法におけるcultureの特徴を明らかにする試みであった。人間中心の近代社会の発展過程においてフーフェラントは、古代ギリシアのヒポクラテス派の医師による生活法の原則であった母なる自然(Nature)を生命力(the vital power)と等価とみなし、近代的な人間中心の思念であるcultureすなわち人為的働きかけによって生命力を可能な限り完全な発展を獲得することを目指す長生法(Makrobiotik、マクロビオティク)を樹立した。生命力は、動物機械と結合することにより中庸状態が必須の有機生命体すなわち身体を構築するものであった。cultureの欠如と同様にその過剰は、身体に対して有害であるため、長生法は中庸のcultureによって生命体である人間の完成を目指すものであり、その実現には理性力、結婚および子どもと若者のモラル教育による支援を得るものであった。理性は、この世とは別の世界に由来する存在であり、人間の中枢神経系によって受容されて啓示ないしはインスピレーションとして働くことで中庸のcultureを指南するものであり、また中庸のcultureによりその働きが実現されるものであった。結婚は、人間の最も本質的な運命の部分をなすものであり、完成に向かう人間がその利己性を脱するように働くものであった。モラル教育は、成人では中庸のcultureの諸原則により獲得される向上精神がしなやかな子どもと若者においては信念として生得になることを目的とするものであった。最先端の生物医学をもってしても対処しきれない諸病が蔓延する現代のストレス社会は、18世紀末にフーフェラントが指摘した近代社会に特徴的な社会現象の延長線上にあることから、現代の健康長寿を目指す健康教育の課題は、中庸のcultureの集成よりなる長生法を適用することにある。なぜならヒポクラテスの生活法の意義を示すプルタルコスの言葉「健康であるならば、多くの人間愛的行為に身を捧げるのにまさることはない」に示されている人間の完成の理念は、現代においてもその意義を失っていないからである。自己の健康長寿の達成だけでなく、どのように健康長寿を通じて多くの人間愛的行為に身を捧げることができるかを真剣に問うならば、現代の生物医学や健康教育に欠如する部分を中庸のcultureの集成である長生法の諸原則によって補うことは子どもや若者による主体的な健康教育を実現するための喫緊の課題である。

1 0 0 0 IR あい風の正体

著者
前野 紀一 Norikazu MAENO 北海道大学名誉教授・藤女子大学非常勤講師 Professor Emeritus Hokkaido University and part-time lecturer Fuji Women's University
出版者
藤女子大学QOL研究所
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.5-16, 2011-03

あい風という風が、日本海沿岸の各地で知られている。あい風はそれぞれの地の地形や気象で決まる局地的な風であり、風向も同じではない。しかし、各地のあい風には、A)海から幸せを運ぶ好ましい風、および、B)北前船のノボリの順風、という二つの共通な特徴がある。あい風の風向が、北海道から、東北、北陸、山陰と南下するにつれて、北寄りから東寄りの風にかわる事実は、特徴AとBによって説明される。あい風の典型例として、石狩のあい風が調べられた。石狩のあい風は、江戸時代初期、おそらく300年以上前から始まった物資の輸送や人々の交流、移住の歴史の中で、特徴AとBに沿うように生まれ、育まれてきた。石狩のあい風は、春、夏、秋に吹くさわやかな北寄りの風であるが、気象学的には、典型的な海風であることが、気象データの解析とドップラーライダーの観測から明らかにされた。
著者
若狹 重克
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.79-86, 2016-03-31

権利擁護は、「権利侵害から守る」という意味で使われることが多かった。しかし、介護保険制度の実施による福祉サービス利用方式の転換により、自己決定を支援し利用者をエンパワメントする積極的な意味を持つようになった。一方で、自己決定やエンパワメントは、ソーシャルワークにおける原則や理念としても重視されている。本研究は、権利擁護をソーシャルワークとして推進する際の基礎となる立場を示すことを目的とする。社会福祉における権利と権利擁護の意味および地域包括支援センターを対象とした調査結果から、ソーシャルワークとしての権利擁護推進の視座を以下のように考察した。1.高齢者や家族等を対象とする直接的な権利擁護実践(ミクロレベル)2.権利擁護支援が必要な者の早期発見・把握に向けたネットワークやシステム構築などの間接的な権利擁護実践(メゾレベル)3.権利擁護支援への強い関心により権利侵害を予防する・無くす社会を目指すソーシャルアクションによる環境変革(メゾ〜マクロレベル)
著者
藤井 義博
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.17-24, 2011-03

宣長の自らの墓地定めは、平田篤胤や本居大平の言動が示唆するように学者としての一貫性を危うくするかもしれない思想信念における齟齬なのか、それとも弟子たちでさえ容易に把握することができなかったその一貫性故の帰結なのか、本論はこの研究的疑問を追究する試みであった。宣長は、古事記伝のなかで、持ち去る火が遠ざかりつつ本の跡に及ぼす光の喩えでもって、死者の魂はこの世から穢い黄泉国に去り往かねばならない悲しい定めにあるものの、去りながらなおこの世に留まり得ることを述べたが、研究的疑問は死者の魂についての2つの解釈の違いに由来することが示唆された。すなわちアイデンティティーを有するもの(死者の魂は黄泉国に去るかさもなければこの世に留まる)と把握するか、あるいは死者の魂は、後に遺された親愛なる者や後世の人の生活事象において活発な社会的存在と影響を持ち続ける作因(agency)であると解釈するかである。そして後者の解釈を採用するときにのみ、宣長の言動における一貫性が確認されるように思われる。倭建命(やまとたけるのみこと)の魂が草那芸剣(くさなぎのつるぎ)にとこしえに留まっているように、宣長は造った奥つきに魂が永く留まることを希ったが、そのとき宣長は自らの魂が後世の人に及ぼす影響力を考えていた。いわば後世の人々に向かってまっすぐに伸びてゆく玉の緒のような志を宣長は抱いていた。そしてその象徴が、山室山のすばらしい風景のなかに造った奥つきであった。塚には山桜の随分花のよい木を吟味して植えてもし枯れたときは植え替えるなど、宣長の奥つき造りはすべて人として行なうべき限りを行なうという信念に基づいての行為であった。しかし自身の死後に、奥つきが永きにわたって世の人に作用力を保持するか否かは「神の御はからひ」によることから、奥つきの名が永く言い伝えられてこそ、自らのいのちは永続するであろうと宣長は推し量った。このように宣長は、自ら造った奥つきが、後世の人において新たな感覚と行動を生み出す味を保持し続けることを視野に入れていた。
著者
吉田 真弓 山田 美智子 角張 敬子 藤井 義博
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.45-53, 2011-03

目的:従来、配偶者との死別経験が食事満足度にどのように影響しているのかは全く検討されていない。そこで前報では、特別養護老人ホーム入所者の主観的な食事満足度に影響を及ぼす配偶者との死別経験の影響について検討し報告した。本報では、対象者を増やしてさらなる検討を行った。対象と方法:札幌市内の特別養護老人ホーム3施設の入所者81名を対象とした。施設入所者の食事満足度について、多角的に調査できるよう構成された32項目からなる食事満足度調査票を使用し、個人面接調査を行った。個人面接調査は、施設と全く関係がない管理栄養士5名が行った。食事満足度調査質問32項目について配偶者の死別経験の影響を検討するためにウイルコクスンの順位和検定を行った。結果:配偶者との死別経験者は、「食べ慣れた味付け、料理はうれしい」、「施設入所で満足」において、非経験者よりも有意にスコアが高かった。男性の死別経験者は、「いつもの食事の楽しさ」、「行事食のおいしさ」、「自分の誕生日は特別」において、男性の死別未経験者より有意に高いスコアを示した。女性の死別経験者は、「食べ慣れた味付け、料理はうれしい」において女性の死別未経験者より有意に高いスコアであった。女性の死別未経験者は、「行事食の中で自分の誕生日を1番楽しみにしている」において女性の死別経験者より有意にスコアが高かった。男性の死別経験者も、「行事食の中で自分の誕生日を1番楽しみにしている」において女性の死別経験者より有意に高いスコアを示した。女性の死別経験者は「献立内容の把握」、「うるさくて食事に集中できないことはない」において男性の死別経験者よりも有意に高いスコアであった。女性の死別経験者のうち、入所期間が8年以上の入所者は、「行事食の好物」、「行事食の待ち遠しさ」、「職員から大切にされている」、「食事は期待通り満足」、「施設入所で満足」において入所期間8年未満の入所者よりも有意に高いスコアを示した。結論:配偶者との死別経験は、施設入所高齢者の食事満足度と主観的QOLに有意な影響を及ぼしていることが示唆された。
著者
近藤 江利子 小野 百合 藤井 義博
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.51-57, 2013-03-31

糖尿病患者のセルフケア行動には、病に対する感情負担がその行動に負の影響を及ぼすことが明らかにされている。しかし、食事療法に特化した感情負担とセルフケア行動の調査研究は少ない。そこで、糖尿病患者の感情のあり方と食のセルフケア行動の関連を明らかにすることを目的として、調査を行い、糖尿病の成因別に検討した。因子分析により、本研究の対象となった患者の食事観(食事の価値観)として、「ストレス解消優先型」、「生活習慣型」、「健康目的型」、「アンバランス型」と命名した4因子が抽出された。重回帰分析の結果、1型糖尿病患者においては、糖尿病特有の感情負担(PAID得点)が、食行動(EAT・EDI過食下位尺度得点)、糖尿病非特有の感情のあり方(WHO SUBI 陽性感情得点)、HbA1cに強い影響を及ぼしていた。一方、2型糖尿病患者では、食行動(EAT・EDI過食下位尺度得点)そのものが、感情のあり方(WHO SUBI 陰性感情得点)、BMIに影響を及ぼしているのが特徴的であった。また、食行動と感情負担の問題は、摂食障害の問題を中心として1型糖尿病の女性が対象になりがちであるが、2型糖尿病患者においても感情のあり方が食行動へ与える影響は大きいことが推測された。