著者
鉢呂 光恵 Mitsue HACHIRO 藤女子大学人間生活学部保育学科
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学紀要. 第2部 (ISSN:13461389)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.185-193, 2012-03-31

Sherrie Levine is one of the most well-known postmodernism artists in the United States. In 1981, Levine rephotographed the photos of "Allie Mae Burroughs" (1936) by Walker Evans. This work, "After Walker Evans" (1981) brings out the "difference" of 45 years as presented by the "differences" in images between Evans's photographs and her own. Reproduction techniques were widespread in the 1980s, and Levine turned her cool gaze on the "real" world to produce simulation works that instantly change like a television screen. This "After Walker Evans" series drew considerable attention from critics. Through her works, Levine has added another aspect to the diversity of Contemporary art.
著者
出口 拓彦
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学紀要. 第II部 (ISSN:13461389)
巻号頁・発行日
vol.44, pp.45-51, 2007-03-31
被引用文献数
2

本研究は、「私語をすること」と「私語をされること」の相違や視点取得の高低に着目して、教室における座席位置と私語の頻度との関連について検討することを目的とした。東海地方・北海道における2大学の学生418名(男子108名,女子297名,不明13名)を対象に、質問紙調査を行った。その結果、視点取得が高い学生は、低い学生に比べて私語の頻度と被私語頻度の相関が高い傾向が示された。このことから、視点取得が高い学生は、他者ないし友人から私語をされた場合に、「私語をしないことで友人に不快感を生じさせる可能性」(出口・吉田,2005)を感じやすくなることが一因となっている可能性が考えられた。なお、座席位置については、教室後方ほど、「授業と無関係の私語」の頻度および被私語頻度が高い傾向が示された。また、友人の数についても教室後方ほど多い傾向が見られた。さらに、友人の数と私語の頻度・被私語頻度の間には、全般的に弱い正の相関が示された。
著者
後藤 昌彦
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学紀要. 第II部 (ISSN:13461389)
巻号頁・発行日
vol.48, pp.149-157, 2011-03

The one of the principles of the Public Assistance Act is the supplementary nature of welfare (Public Assistance Act, Article 4). "Duty of kinship support," in terms of the receipt of public assistance, was established (National Assistance Act Article 4 Clause 2) on the assumption that "any support given by a person responsible for support prescribed by the Civil Code (Act No. 89 of 1896) and any assistance prescribed by any other Act shall be provided in precedence to public assistance under this Act". Today's applicants for welfare face greatly changed conditions in terms of duty of kinship support, and family social and economic environment to when the Public Assistance Act was enacted in 1950. Nevertheless, administrative guidance for the enforcement of the duty of kinship support for the receipt of welfare dates from that time. However, 60 years have now passed since the enactment of the Public Assistance Act and, due to the conditions imposed by the duty of kinship support for the receipt of welfare, the welfare administrators faces various problems and various difficulties arise in their response to welfare applicants. In this study I discuss the deficiency in the supplementary nature of welfare in duty of kinship support from three standpoints: 1) changes in family structure, 2) changes in the public attitude to kinship support and 3) the obsolete nature of the welfare office's handling of the duty of kinship support. As a result, in order to adapt to today's family situation and public awareness, I emphasize the necessity of changing of the notion "duty of kinship support" to that of" duty of life preservation" when dealing with the receipt of welfare.
著者
藤井 義博
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.13-26, 2014-03-31

西洋近代医学の草創期に活躍したドイツ人医師クリストフ・ヴィルヘルム・フーフェラント(1762-1836)は、「長生法」や「医学必携」を著し、その影響は広く、当時のみならず長く後世にも、医師のみならず一般人にも、西欧諸国のみならず日本にも、江戸の蘭学医から明治以降の医師・医学生にも及んだ。本研究は、フーフェラントが医学を統合する原理とし一般人の長生法を正す礎とした「生命ないしは生命力の原理」が、フーフェラントにおいて確立された内面主体である「正直で感性のある人間」と密接に関係していることを明確にする試みであった。「正直で感性のある人間」は、フーフェラントにおいて臨床実践と現象観察とが経験に転調する内面主体であり、フーフェラントが医師として医学を実践した主体であり、フーフェラントに長生法のアイディアを可能にした主体であり、長生法を通じてフーフェラントが一般人とくに若者に獲得させようとした人間のもうひとつの在り方としての内面主体であった。「正直で感性のある人間」は、新渡戸稲造における内的基準を持ったパーソン(人格)すなわちトワイス・ボーン・メンの誕生に伴う主体である。あるいはエマヌエル・レビナスにおける、全体性(totality)から分離され、孤独で利己的なそれゆえに幻想の世界に生き得る内的自己が、他者の顔との超越的な関係において、無限(infinity)の利他性へと深化し続けるようになる内面主体である。近代西洋医学における医師としての主体は万人に共有されている良識(lebonsens)を備えた主体であり、フーフェラントの「正直で感性のある人間」はその必要条件ではない。この良識を備えた主体者による実践が科学であるならば、医師に科学者と同じ良識の備えのみを要請する近代西洋医学は、医学の長い歴史における科学革命の成立を意味する。「正直で感性のある人間」は、良識を備えた主体者による科学や近代西洋医学の中にどのように再統合されるのかされないのか。身体運動習慣は、この両者の接点になり得ることをフーフェラントは示唆している。すなわち現代科学と現代医学とが健康長寿における有効性を実証している身体運動習慣は、フーフェラントの長生法では健康、修復の一貫性、身体の耐久において動物力が有効に行使される内容である。その内容を魂の喜びやユーモアなど人間の精神力が同時に行使されるものに転調するならば、良識を備えた主体者と「正直で感性のある人間」の活動の中庸が回復され得る。そのときこそ、動物力と精神力を行使する人間が、良識ある主体者かつ「正直で感性のある人間」として創造された目的を完全に遂行している状態ということができる。
著者
寺沢 重法
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学人間生活学部紀要 (ISSN:21874689)
巻号頁・発行日
vol.52, pp.13-28, 2015-03-31

Objective: To examine whether respondents majoring in natural science (rikei) in higher education(under graduate and graduate university) are non-religious. Methods: Data from the 2008 ]apanese General Social Surveys (JGSS・2008) is analyzed. Dependent variables are 1) religious affiliation,2) devotion,a nd 3) confidence in religious organizations. Independent variable is whether respondents majoring in natural science (rikei) or human-social science (bunkei) in higher education. After cross-tabulation analyses,mu ltinominallogit analyses and ordered logit analyses are conducted with the net effects of various socio-demographic and educational variables. Results: Respondents majoring in natural science are not significant1y less religious than those who majored in human-social science in higher education, even though controlling various control variables. Conclusions: The widely accepted idea that those who majored in natural science in higher education are non-religious is partially rejected.
著者
隈元 晴子
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.25-33, 2016-03-31

地域社会のつながりの希薄化や家族のあり方の多様性などが、個人や家族を孤立させ、健康状態の悪化や孤食、虐待、孤独死などのさまざまな問題をもたらしている。それらを解決するカギとして、家族や地域における「人と人との絆」の再構築が求められており、地域コミュニティの形成や促進の主体として商店街への期待が高まっている。本論文では、商店街振興組合と大学生、NPO法人などが取り組んできたコミュニティカフェを拠点とする「子どもの居場所づくり」事業について、地域における活動の意義や役割を再検討することを目的として、2013年からの実践活動を振り返ることにした。コミュニティカフェの運営は、支援者や地域住民との間に信頼関係が構築され、商店街からの人的および経済的サポートがあることが持続可能性と安定性をもたらしている。そして、この活動が「子どもたちの問題」に目を向けた事業であることから、新たなつながりの拡がりを見せている。子どもたちへの支援を行っている大学生やNPOの活動が、より多くの人々の関心や支援を引き寄せており、今後の事業展開の方向性を示唆している。
著者
葛西 隆則 山村 主香
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学紀要. 第II部 (ISSN:13461389)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.19-34, 2009-03-31
著者
藤井 義博
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.19-31, 2013-03-31

本研究は、宮澤賢治を天才ないしは病人ととらえないで、健常人の枠内において位置づけ解釈する試みであった。その結果、賢治が心象スケッチ「春と修羅」に事実として記録した自らの感性的違和感は、人格(パーソン)の創造過程における新たな経験、未知の経験の証であると理解された。賢治が詩ではなく心象スケッチと認識していた「春と修羅」は、自我に同化し得ない(超越する)他者による幻想する自己に対する自己否定をてことした、人格すなわち内的基準を獲得するに至ったパーソン(トワイス・ボーン・パーソン)の誕生の記録ではなかったのか。この自己否定の過程において、物理学の法則の支配する実在の現象世界から起つことを決意した賢治がそこから受けとった真実の言葉(「まことのことば」)は、普遍的な非個人的な科学法則ではなかった。それは「善逝(スガタ)から来てそしてスガタに至る」徳性により螺旋的回転を続けて止まない陰陽の原則であった。賢治は、この継起する螺旋的回転体を「そらや愛やりんごや風、すべての勢力のたのしい根源萬象同帰のそのいみじい生物」と表明した。それは、自ら表現する「他者の顔」が発し、対話を介して受けとられる個人的な真実(「まことのことば」)が現象世界に存在するとの確信の証であった。賢治の心象スケッチ「春と修羅」は、普遍的な科学の法則に基づいた非個人的な真実の言葉を知った近代人が、現象世界から出発して、非個人的科学的法則ではなく、それとは別次元の個人的真実を把握する伝統的な直観の精神の創造過程を示している。
著者
菊地 和美 市川 晶子 尾澤 典子
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学紀要. 第II部 (ISSN:13461389)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.45-49, 2012-03-31
被引用文献数
1

本研究は、北海道産にしんみその調理科学的特性を明らかにし、にしんみそを北海道食材や大学生対象の調理実習ならびに二次加工品への応用を検討することを目的とした。1 色調は、にしんみそに調味料を添加することによって、明るさを示す明度が高くなった。2 にしんみその粘度は、25℃において1220〜1550mPa.sを示していた。3 官能検査の結果、評点はにしんみそペーストでは味、にしんみそディップでは総合評価が高くなった。官能検査結果より、いずれの項目においてもプラスの評点を示し、にしんみそを用いた展開が可能であることが示唆された。4大学生が「使いたい」と思うにしんみその応用例では、焼きおにぎり、石狩鍋、野菜スティックのみそなどが挙げられていた。5 大学生が考案したにしんみそを用いたレシピでは、にしんジャージャー麺、にしん梅そぼろそば、にしんマフィンや蒸しパンなどが挙げられていた。
著者
吾田 富士子
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学紀要. 第II部 (ISSN:13461389)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.77-84, 2012-03-31

The childcare facilities in Japan tend to be very noisy as there is no standard regarding noise in the facilities. In addition, although there is a standard minimum area for each child, the student numbers are often above the set limit due to the need for temporary childcare and to reduce the number of children on waiting-lists. The children,therefore, cannot choose the sounds surrounding them. The childcare staff should be aware of the noise level surrounding the children as an aspect of the childcare environment. Further, the childcare staff should undertake structural improvements to the building if noise levels cannot be reduced in the facilities via changes to the childcare method. From the study of nursery schools in which noise levels were reduced using sound absorbing material at the suggestion of the childcare staff, we were able to clarify that a major problem is the improvement in the noise awareness of the childcare staff with a little childcare experience. It is thought that the key to solving this problem lies in the training of childcare staff.
著者
鈴木 真知子
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学人間生活学部紀要 (ISSN:21874689)
巻号頁・発行日
vol.52, pp.121-131, 2015-03-31

A playcenter is a child-rearing support system for children between birth and preschool age and their parents. The parents of children who attend are voluntarily involved in playcenter operation to provide places where children can interact through play. This child-rearing support system originated in New Zealand, and playcenters are now established throughout Japan. In Hokkaido,the city of Eniwa operates playcenters incorporating the support system. The author became interested in this system after visiting the Eniwa Playcenter in 2012, and in April 2014 also had the chance to visit playcenters in New Zealand. The history and current status of playcenters in New Zealand are reported here.
著者
三田村 理恵子
出版者
藤女子大学
雑誌
藤女子大学QOL研究所紀要 (ISSN:18816274)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.5-10, 2010-03

本研究では、乳酸発酵野菜入り野菜・果実混合飲料を2週間連続摂取した際に、便通の改善が得られるか否かを検討した。インフォームドコンセントの得られた健常な女子大学生38名(24.4±7.4歳)を対象とし、2週間の観察期間を設けた後、試験飲料を1日200ml、摂取時間帯は定めずに2週間連続摂取させた。摂取期間中は下剤や便通を促すサプリメントを禁止した他、摂取する食品に関しての制限はしなかった。「便通」に関する排便日誌を用い、前後比較デザインによる便通改善効果の評価を行った。全38例を解析した結果、主要評価項目である排便回数が観察期間は12.1回であったのに対して、摂取期間では13.7回となり有意に増加した。また、排便日数も観察期間9.3日が摂取期間では11.0日となり、有意な増加が認められた。さらに、便秘がちな群と非便秘群に分け便通改善効果の解析を行ったところ、便秘がちな群は観察期間7.5回の排便回数が摂取期間では10.5回と変化した。一方、非便秘群における排便回数は、飲料の摂取前後で差はほとんど見られなかった。排便日数についても同様であった。以上の結果より、乳酸発酵野菜入り野菜・果実混合飲料の連続摂取による便通改善効果が示された。特に、便秘がちな女性では便通改善効果が得られやすいと思われる。