著者
向井 良人
出版者
熊本保健科学大学
雑誌
保健科学研究誌 (ISSN:13487043)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.49-62, 2012-03-31

戦争,公害,災害など,暴力的な出来事を「なかったこと」にしないためには,その体験者の記憶が語られなくてはならない。そこで体験者は〈語り部〉となる。また,災厄の痕跡は博物館や資料館に保存され展示される。あるいは災厄の現場自体が巡礼地となる。語りは痕跡に文脈を与え,痕跡は語りを媒介する。こうして,体験者の語りと物理的な痕跡によって出来事の記憶は聞き手の前に可視化される。そのストーリーは,語り手と聞き手の出会いの産物である。ただし,想像を絶するほど凄惨な出来事は,体験者にとって語ることのできないものでもある。他方,聞き手が期待しているのは,悲劇の再演やモデル・ストーリーの補完かもしれない。それゆえ,出来事は聞き手の日常を脅かすことのない,一過性のものとなりがちである。語り手が発するメッセージは,聞き手による共感も解説も受け付けないものであるかもしれないが,両者が出会う意義は,まさにそうした断絶を可視化することにある。
著者
多久島 寛孝 山田 照子 林 智子
出版者
熊本保健科学大学
雑誌
保健科学研究誌 (ISSN:13487043)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.51-62, 2004-03-15
被引用文献数
1

「お待ちください」という言葉に対する患者・家族,看護師の意識を明らかにすることを目的に,口頭および文書で同意の得られた患者・家族100名および看護師46名に調査を行った。患者・家族には面接による聞き取り調査を,看護師には自記式調査用紙を用いて調査を行った。分析は,患者・家族が「お待ちください」と言われ待てると返答した時間および看護師が「お待ちください」と考える時間については有意差検定を行い,その他の項目については質的に分析した。その結果,1.患者・家族が「お待ちください」と言われ待てる時間は平均12.98分,看護師が「お待ちください」と考える時間は平均4.27分であり有意差があった。2.患者・家族は「お待ちください」と言われ思ったことは,【普通のこと】【すぐに対応してもらえない不満】であった。3.患者・家族は「お待ちください」と言われ不安に思ったことは,【行き場のない怒り】【見通しのつかなさ】【一方的な関係】であった。4.「お待ちください」の後に看護師に望む対応は,【安心感を得たい】【見通し】【信頼を望む】であった。5.待たせる場面での看護師の声かけの仕方は,【見通しのつかない示唆】【見通しのつく示唆】であった。6.看護師は,「お待ちください」をどう思って使用しているかは,【信頼の提供につながる支援】【罪悪感】であった。7.「お待ちください」を患者・家族がどう感じていると思うかは,【不信感への変化】【答えの出ない待ち時間】【我慢の強要】【裏切り】であった。
著者
横山 孝子 大澤 早苗 嶋井 久美子 高水 佳寿美
出版者
熊本保健科学大学
雑誌
保健科学研究誌 (ISSN:13487043)
巻号頁・発行日
no.2, pp.59-68, 2005-03-15

看護教育における臨地実習は,複雑な看護場面の中での経験を学習者自らが意味づけしていくという学習形態をとり,その意味づけをどのようにしていくかが学生の成長に大きく関わっている。今回,「主体的な学習姿勢への変化」を指導目標に設定し,臨地実習に臨んだ一学生の学習過程より"経験の意味づけを抽出し自己効力の影響因子の視座から分析した。その結果,学生の経験の意味づけの深まりと共に学生の自己効力は促進,維持されていた。そのことで学生は,1)不安から安心状態へと変化し,2)それを機に受動的から能動的姿勢へと変化して,3)自分自身と向き合うという自己の対象化ができ,4)更に意識的に自己の課題に取り組み,その達成に向かうという,4段階のステップを踏み自己の成長に繋がっていた。そのような学習過程の基盤になっていたのは,実習環境からの「肯定的な関わり」が有用であったと考えられる。
著者
末永 芳子 嶋松 陽子 本田 千浪
出版者
熊本保健科学大学
雑誌
保健科学研究誌 (ISSN:13487043)
巻号頁・発行日
no.2, pp.51-58, 2005-03-15
被引用文献数
1

母親が過去の出産体験をどのように受け止めているのかについて聞き取り,その体験から現在の心理状態を「改訂出来事インパクト尺度IES-R(lmpact of Event Scale-Re vised)」を用いて検討したものである。対象は出産後2~3年経過し,調査時点で子どもが一人いるが,妊娠していない母親3名である。半構造化面接法によるインタビューを行い,その内容から出産体験に関する要因を抽出した。その結果,母親は出産後2~3年経過しても出産体験を鮮明に記憶しており,中でも否定的な体験が残っている傾向がみられた。否定的な体験をした母親の心理状態を. TES-Rの結果からみると,心的外傷後ストレス障害PTSD (post-traumatic stress disorder)の高危険者はいなかった。これらのことから,辛い妊娠・分娩の体験は2~3年経過しても母親に心理的な影響を及ぼしていると考えられ,次子出産の意思決定に影響する要因の一つになり得ると推測された。
著者
向井 良人
出版者
熊本保健科学大学
雑誌
保健科学研究誌 (ISSN:13487043)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.49-62, 2012-03-31
著者
多久島 寛孝 山口 裕子 水主 いづみ
出版者
熊本保健科学大学
雑誌
保健科学研究誌 (ISSN:13487043)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.7-16, 2005-03-15

老人保健施設の痴呆性専門療養棟において,ケア・スタッフが痴呆性高齢者の訴えや行動に対応した場面を,参加観察法で収集した。収集した場面を質的に分析し,ケア・スタッフのケア提供へ影響しているものについて検討した。その結果,以下の点が明らかになった。1.ケア提供へ影響するものとして,【痴呆性高齢者の日常生活支援のあり方】【痴呆性高齢者の思いとのすれ違い】【否定的感情の表面化】の3つのコアカテゴリーが抽出された。2.【痴呆性高齢者の日常生活支援のあり方】には,〔基盤となる姿勢〕〔創造的な支援〕の2つのカテゴリーが抽出され,〔基盤となる姿勢〕には,『入所高齢者への気遣い』『信頼を壊さない』『安全の保障』『入所高齢者の感情への寄り添い』の4つのサブカテゴリーが含まれ,〔創造的な支援〕には,『探索』『入所高齢者の力を生かす』の2つのサブカテゴリーが含まれた。3.【痴呆性高齢者の思いとのすれ違い】には,〔個人的体験の優位さ〕〔個人の意識の差〕〔その場をしのぐ〕の3つのカテゴリーが抽出され,〔個人的体験の優位さ〕には,『体験的ルーティン化』『強引さ』の2つのサブカテゴリーが含まれ,〔個人の意識の差〕には,『優先順位』『見過ごし』『無意識』の3つのサブカテゴリーが,〔その場をしのぐ〕には,『説得』『関心を寄せない』の2つのサブカテゴリーが含まれた。4.【否定的感情の表面化】には,〔混乱〕の1つのカテゴリーが抽出され,〔混乱〕には,『困難感』『答えが出ない』『引きずられ』の3つのサブカテゴリーが含まれた。
著者
大澤 早苗 内山 久美 横山 孝子
出版者
熊本保健科学大学
雑誌
保健科学研究誌 (ISSN:13487043)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.69-78, 2005-03-15
被引用文献数
1

看護は,多様な背景を持つ人間の生活に関わり直接的に人間と人間の関係そのものを主体とする職業である。しかし,今日の看護学生の対人関係能力はきわめて低い傾向にあるといわれている。そこで,看護教育における職業的発達の取り組みへの示唆を得るため,卒業前の学生を対象に意識調査を実施し,それを「看護識者の醸し出す雰囲気や姿勢」として定義されたPLCを指標に検証した結果,以下のことが分かった。学生が専門職者としての人間的資質として求めたものは,<思いやり><やさしさ>などで構成される【親近感】【第一印象】のカテゴリーであった。学生は患者-看護師の二者関係が成立する最も基本的な視座を提えることができていた。看護における職業的社会化にとって必要なこととして,専門職業人としての人間的資質を獲得できるよう,リフレクティブシンキングができる環境を整え段階的に支援する教育システムの重要性と今後の縦断的研究の必要性が示唆された。
著者
岩井 学
出版者
熊本保健科学大学
雑誌
保健科学研究誌 (ISSN:13487043)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.83-98, 2006-03-31

ピーター・パンは常にフェアであることを信条とする。しかしフェアプレイへのこだわりはこの永遠の少年に特有なものではなく,20世紀初頭のイギリスに広く浸透していた。というのも大英帝国衰退のさなか,フェアプレイの精神は愛国主義,そして帝国主義を押し進めるイデオロギーへとつながっていくからである。ピーター・パンは,大人になりたがらない子どもという,時代を超えたある種の原型とみなされることが多いが,彼の存在には20世紀初頭の時代状況が色濃く刻印されているのである。本稿では,大英帝国の衰亡を目の当たりにしていた20世紀初頭英国の上流,中産階級の抱いていた不安や焦り,そこから生まれた愛国主義的イデオロギー,そしてそれを流布させる装置として機能した当時の教育,といったものからテクストを読み解き,ピーター・パンとその仲間の少年たちを描くことが当時のイギリスでどのような意味を持ちえたのか,そしてこの小説全体には当時の閉塞感がどのような形で現れているのか分析してみたい。
著者
岩井 学
出版者
熊本保健科学大学
雑誌
保健科学研究誌 (ISSN:13487043)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.109-120, 2005-03-15

H・G・ウェルズの『モロー博士の島』(1896年)は、ダーウィンやT・H・ハクスリーの進化論思想を用いて分析されたり、またスウィフト的寓意として解釈されてきた。しかしこれらの批評には、このテクストが産み出された当時の歴史的状況に対する考察が欠けている。本稿では、『モロー博士の島』を社会的、政治的文脈のなかに位置づけ、当時の社会情勢がこのテクストのなかにどのように表れているかを分析した。ロンブローゾ、ウィリアム・ブース『暗黒のイングランドとその出口』、ノルダウ『退化』といったテクストを参照しながら、初稿と出版稿との比較、白人の登場人物の象徴的意味、物語の寓意的意味といった点を中心に分析し、『モロー博士の島』が、大英帝国の衰退に対する恐怖心から生まれたイデオロギー-世紀末大英帝国の人種退化、植民地主義、優生学をめぐる言説-の交錯し重なり合った重層的なテクストであることを論じた。