著者
中村 満紀男
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.49-65, 2001-03

障害者の教育と生活は、諸科学の知見により規定される側面がある。歴史上、諸科学によりその生活と教育が最も翻弄されたのは精神薄弱の範疇に位置づけられた人々であった。本研究では、1910年代のアメリカ合衆国における優生学運動を発展させた諸科学のうち、自然科学的知見に依拠した新興諸科学であり、精神薄弱者の生活の在り方に関係した領域である社会学・社会事業、心理学、精神医学が提起した社会的不適論およびその典型としての精神薄弱の範疇化と優生学との関係について、その理由と動機、精神薄弱と対極にあった理想的人間像、社会的認識を中心に検討した。1910年代のアメリカの精神薄弱学説は基本的には家系説と社会的脅威論から構成されたが、生活実態としてはそれに反する事実が明示され始める時期であった。新興諸科学は、20世紀初頭には精神薄弱問題の社会的重要性を高めることに貢献したが、同時に、相互には共存・拮抗関係をもちつつ、科学としての自律性の確立と社会的認知を緊要な課題としてもいた。それゆえ、新しい技術を開発し、それを実地化して、各領域の社会的存在意義をアピールした。また、諸科学は、アメリカの国家としての国際的競争という社会的現実を意識して、それに勝利するためのアメリカ民主制社会の理想的市民像とそれを阻害する対極として精神薄弱を設定したのである。かくして精神薄弱は発生を防止されるべき存在となった。この時期に展開しはじめた新しい人間観や専門技術は普遍化されず、社会的効用の違いによって二元的に利用され、精神薄弱はその適用から除外されることになった。
著者
白澤 麻弓 斉藤 佐和
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.197-209, 2001-03

手話通訳に関する研究の多くは、通訳の結果、つまり手話の特徴や受け手の反応を研究対象としてきた。本研究では、手話通訳の過程に焦点をあて、音声同時通訳における研究と対比しながら、手話通訳中に行われている作業について文献的に考察した。この結果、手話通訳においても、言い換えや付加などの作業や、日本語から手話へ翻訳する際の処理単位の違いといった音声同時通訳に類似した特徴が指摘され、同様の手法を用いて研究ができることが推察された。しかしながら、日本語対応手話の存在や空間モダリティーの活用といった手話独自の特徴については未だ十分な研究が行われておらず、こうした特徴を視野に入れた研究の必要性が示唆された。
著者
中村 満紀男
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.1-14, 2004-03

本論文は、アメリカ合衆国におけるインクルージョンの成立と展開を支えた社会的文脈を解明する研究の一環として、M.C.ウィル(Will,Madeleine C.1945-現在)の特殊教育に関する評価とその鍵となる概念を究明することを目的とする。ウィルは、1983年、アメリカ合衆国教育省特殊教育・リハビリテーション局(OSERS)担当の長官補佐に就任し、後に通常教育主導(REI)の主導者と評価されるようになる。ウィルの構想では、権利擁護や差別解消からの発想・立論と、教育改革に対する政策当事者としての現実的必要性がモザイク的に構成されていた。彼女のREI提唱は、前者の実現という目標と後者の実効的な方法とを両立させるものとして構想された。しかし彼女が直面した現実的課題は、学習困難問題にせよ、古典的かつ喫緊性ある移行問題にせよ、社会的・経済的な複合性をもっていた。また、これらの問題発生の源泉も単純ではなかった。
著者
丸山 豊 小畑 文也
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.173-181, 2003-03
被引用文献数
2

飲酒運転常習者としてのアルコール依存症患者の運転意識を検討するために、アルコール依存症患者110名を対象に、過去の飲酒運転に関する調査を実施した。調査内容は、年齢、断酒歴、運転頻度、飲酒運転の経験、事故・検挙の回数、主観的運転態度、罪悪感、危険意識等であった。この結果、対象者の殆どが飲酒運転の経験者であり、うち6割が何らかの事故を起こしていることが明らかとなった。また、半数近くの者は飲酒運転に危険意識や罪悪感を感じていなかった。飲酒運転の抑止につながると思われる、この罪悪感や危険意識と個人的要因との関係を調べるために、数量化2類による分析を行った結果、罪悪感は事故の頻度が影響を及ぼしていることが分かったが、高頻度に事故を起こしている者は罪悪感を感じてはいなかった。危険意識に関しては運転歴が強く関係しており、運転歴が長いものほど、飲酒運転に危険意識を持っていた。また事故頻度は、危険意識にも比較的強く影響を与えており、飲酒運転常習者が事故を起こしたときの対応が重要であることが明らかとなった。現在、わが国では飲酒運転常習者に対しては法的な措置がとられているのみであるが、本人の治療と、飲酒運転事故の抑止のためにも医療的監察の必要性が示唆された。
著者
中村 満紀男
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.63-80, 2002-03 (Released:2013-12-12)

1930年代アメリカ合衆国における選択断種論の提唱とその形骸化について、ウェスタン・ペンシルベニア州立精神薄弱者施設長、Harvey Middleton Watkinsと他の施設長・精神薄弱専門家を中心に検討した。彼の選択断種論は、出生・養育を除いて、精神薄弱夫婦のコミュニティにおけるノーマルな生活と市民としての地位を認めるという近代社会の原理、そして生活および養育困難の防止と社会適応の促進という社会防衛の矛盾した要素を備えていたが、1928年の発表後に、それまでの優生断種論に代わって他の施設長や精神薄弱専門家に迅速に受け入れられていった。しかしその過程において、ワトキンズの選択断種論の近代的な原理は継承されず、むしろ優生断種論の後継者によって彼の新しい特徴が失われる過程と社会的・歴史的背景を明らかにした。優生断種論を促進する施設長とその支持勢力が存在した南部州では、選択断種論のもう一つの根拠である精神薄弱夫婦の養育困難と生活困難を主たる支持理由に変えたが、この根拠によって、元来、断種導入に保守的だった北東部州でも、大不況期には選択断種の実施が期待されていくようになる。
著者
高野 聡子
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.99-108, 2005-03

1919(大正8)年に藤倉学園を創設した川田貞治郎は、藤倉学園創設以前の1916(大正5)~1918(大正7)年の約2年半、アメリカ合衆国でアメリカ精神薄弱施設における教育と保護の方法を習得した。彼は、H.H.ゴダードが研究部門長を務めるヴァインランド精神薄弱者施設において、ビネ知能検査の精神年齢とIQを用いた精神薄弱分類基準を習得し、それを「児童研究」に発表した。藤倉学園創設後、彼は、ビネ知能検査を実施し、精神年齢とIQを用いた精神薄弱分類基準を「教育的治療学」の体系に盛り込むこととなる。「教育的治療学」でのビネ知能検査の使用目的は、対象児の選定と精神薄弱の程度と分類であり、検査結果は、精神薄弱の知能の程度を把握する基準として用いられた。また、ビネ知能検査では把握できない知能、たとえば注意力と反応力などについては、教育的治療学の「心練」が使用された。
著者
青柳 まゆみ 中村 満紀男
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.89-99, 2001-03

本研究では、政府が視覚障害児・者の教育や処遇問題の改善に取り組み始めた19世紀末のイギリスに焦点を当て、当時の視覚障害者の生活実態と社会の期待との関係を究明することを目的とした。主たる資料として、1889年盲・聾等王命委員会報告書の公聴会議事録を用いた。116回の公聴会における150余名の証言のうち、視覚障害者本人と視覚障害者の教育および救済関係者94名の証言を分析の対象とした。19世紀末イギリスにおいて、「経済的自立」は、人が社会の一員として認められるための基本的な条件であった。王命委員会は、視覚障害者の自活を目指した教育の重要性を指摘した。その新しい政策は、救貧費削減という国の利益につながっただけでなく、視覚障害者の生活改善にも大きな影響を与える可能性を含んでいた。一方、完全な自活が困難あるいは不可能であった視覚障害者に対しても、彼らが一定条件を満たしていれば、関係者たちは必ずしも彼らの救済に否定的ではなかった。
著者
野口 美幸 佐藤 容子 野呂 文行
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.237-247, 2005-03

本研究は、第1に不注意や多動を示す児童が示す攻撃的行動の実態を明らかにすること、第2に不注意や多動を示す児童の攻撃的行動の高低によって、抑うつや孤独感の状態が異なるかどうかを明らかにすることを目的としていた。研究1では、不注意・多動群の児童(N=85)と統制群の児童(N=86)の攻撃的行動を比較した。その結果、不注意・多動群は統制群よりも攻撃的行動尺度の得点が有意に高いこと示された。研究2では、まず、不注意・多動群と統制群の抑うつと孤独感について比較したところ、不注意・多動群は有意に孤独感の得点が高かった。次に、不注意・多動群と統制群をそれぞれ攻撃的行動高群、低群に分け、4つの群の間の抑うつおよび孤独感について比較した。その結果、抑うつについても孤独感についても群間に有意差は見られなかった。今後は攻撃的行動を細かく分類し、怒りや敵意を考慮に入れて検討してゆくことが重要であると考察された。