著者
中村 満紀男 平田 勝政 岡田 英己子 二文字 理明 星野 常夫 荒川 智 宮崎 孝治 渡辺 勧持
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1999

19世紀末にイギリスで誕生した優生学は、瞬く間に欧米列強にも後進国にも受容される。それは、それぞれが優生学を必要とする国内情勢と国際環境に置かれており、民族自滅を回避し、人種(種族)改良をめざしていたからである。その具体策として、肯定(積極)的優生学よりは否定(肯定)的優生学が諸科学の関与のもとに展開される。その主たる対象としては「精神薄弱」「狂気」等が、方法としては断種が選択される。断種の当初の目的は、優生学を目的とする劣等種の減少・解消と収容施設の不足に対する補完を意図する優生断種にあったが、優生学の科学的根拠に対する疑問とともに、精神薄弱者のコミュニティ生活可能論および性行動受容論、子どもをもつことによる生活・養育の困難等の社会適応上の理由に基づく選択断種へと転換することになる。この過程において、精神薄弱者およびその行動を正常とみる範囲が拡大したことは確かである。このような優生学とその影響は、国と地方によって差異があったが、それは優生学に対する支持勢力の有無に基づいていた。宗教的要素と科学の関与の度合いが最大の要因となる。概ね優生学を歓迎したプロテスタント教会と社会学等の関与が強力な場合は、優生学運動は拡大し、断種法が可決されたが、ローマ・カトリック勢力が強大で、科学が消極的な場合は、優生学運動の影響は限定され、断種は促進されなかった。20世紀末に至ってても優生学は消失していない。生殖医療と先端医療技術の普及にともなって、障害発生予防を目的として、優生学的思考を孕んだ新優生学として、社会下層やマイノリティや特定のエスニシティに関連して発展しつつある。
著者
岡 典子 中村 満紀男 米田 宏樹 佐々木 順二
出版者
東京学芸大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

本研究は、インクルーシブ教育についてその本質と課題を明らかにするため、インクルーシブ教育がもっとも盛んに議論されており、しかし同時に、インクルーシブ教育に関わる問題をもっとも深刻に抱えるアメリカ合衆国を対象として、インクルーシブ教育の理念的・制度的・方法論的出発点としての特殊学級の成立と展開の過程ならびにその教育的・社会的意味について検討した。特殊学級は、今日、インクルーシブ教育推進者によって、その対極に位置する特殊教育の象徴的存在として、特殊教育批判の重要な一角とみなされてきている。しかし、彼らの批判に反して、実は特殊学級には開設初期から既に、今日のインクルーシブ教育に連なる理念やそれを達成する方法あるいは実践が含まれていたのである。たとえば、インクルーシブ教育をめぐる現代の議論では、個別的ニーズへの着目と通常教育との一体化という理念のみが先行しているように思われるが、このような認識と議論は、特殊学級においても初期の段階から重要な課題として存在してきたし、障害種によって方法と程度は異なっていたが、その対応策も考案されてきた。アメリカの特殊学級は、すべての都市において、またすべての障害種について同一の様相を示していたわけではない。たとえば統合と分離(separation)あるいは隔離(segregation)をめぐる議論とその背景、特殊学級に対する障害当事者の見解、特殊学級の発展や挫折を生じさせた諸条件、教育内容や方法の開発・改善、スティグマなどは、いずれも時期によって、あるいは地域や障害種によって異なる実相をもつ。したがって、インクルーシブ推進者が主張するような特殊学級がすべて排除的・排他的であったという批判は正鵠を得たものではないし、むしろ特殊学級において何が達成され、何が実現できなかったのかを詳細に解明することで、インクルーシブ教育の実現に必要な課題と手段が具体化できるのである。
著者
中村 満紀男 米田 宏樹
出版者
筑波大学教育研究科カウンセリング専攻リハビリテーションコース
雑誌
筑波大学リハビリテーション研究 (ISSN:09178058)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.37-47, 1999

精神薄弱者のコミュニテイ・ケアは、19世紀末の施設隔離期以降の一時期を除けば、元来むしろ常態であった現象である。20世紀初頭、隔離形態の最盛期に、コミュニティ内のコロニーが、仮退所制度と結合してニューヨーク州ローム施設長のC.バーンスタインにより ...
著者
中村 満紀男
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.1-17, 1998-03 (Released:2013-12-18)

世紀転換期に、婚姻制限よりも有効な要保護者の発生防止策として登場するのが、去勢と断種(精管切除術)である。まず去勢が、性犯罪・累犯に対する懲罰と抑止、精神薄弱者等の生殖防止と性的抑制を目的として全国的に医師により提起され、少数ながら実施される。しかし、提唱者以外賛成はなかった。H.シャープは、精管切除術を生殖防止を目的として初めて非行者に実施した。去勢論者と類似したその目的は、コミュニティの保護および社会改良、性行動の抑制等の心身の改善、コミュニティでの結婚と家庭の維持であった。精管切除術は、第二次性徴の喪失がなく、簡便で安全であるゆえに、支持層は医師や矯正事業中心から社会事業へ、男性のみから男女両性へ、全国的に拡大し、施行もされる。その拡大は、精管切除術の対象を精神薄弱者とし、精神薄弱者の種族と国家に対する脅威説の支持に対応していた。20世紀初頭のアメリカでは精管切除術に対しては、法手続き論と感情論以外に強い反対論はなかった。
著者
中村 満紀男
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.49-65, 2001-03

障害者の教育と生活は、諸科学の知見により規定される側面がある。歴史上、諸科学によりその生活と教育が最も翻弄されたのは精神薄弱の範疇に位置づけられた人々であった。本研究では、1910年代のアメリカ合衆国における優生学運動を発展させた諸科学のうち、自然科学的知見に依拠した新興諸科学であり、精神薄弱者の生活の在り方に関係した領域である社会学・社会事業、心理学、精神医学が提起した社会的不適論およびその典型としての精神薄弱の範疇化と優生学との関係について、その理由と動機、精神薄弱と対極にあった理想的人間像、社会的認識を中心に検討した。1910年代のアメリカの精神薄弱学説は基本的には家系説と社会的脅威論から構成されたが、生活実態としてはそれに反する事実が明示され始める時期であった。新興諸科学は、20世紀初頭には精神薄弱問題の社会的重要性を高めることに貢献したが、同時に、相互には共存・拮抗関係をもちつつ、科学としての自律性の確立と社会的認知を緊要な課題としてもいた。それゆえ、新しい技術を開発し、それを実地化して、各領域の社会的存在意義をアピールした。また、諸科学は、アメリカの国家としての国際的競争という社会的現実を意識して、それに勝利するためのアメリカ民主制社会の理想的市民像とそれを阻害する対極として精神薄弱を設定したのである。かくして精神薄弱は発生を防止されるべき存在となった。この時期に展開しはじめた新しい人間観や専門技術は普遍化されず、社会的効用の違いによって二元的に利用され、精神薄弱はその適用から除外されることになった。
著者
中村 満紀男
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.1-14, 2004-03

本論文は、アメリカ合衆国におけるインクルージョンの成立と展開を支えた社会的文脈を解明する研究の一環として、M.C.ウィル(Will,Madeleine C.1945-現在)の特殊教育に関する評価とその鍵となる概念を究明することを目的とする。ウィルは、1983年、アメリカ合衆国教育省特殊教育・リハビリテーション局(OSERS)担当の長官補佐に就任し、後に通常教育主導(REI)の主導者と評価されるようになる。ウィルの構想では、権利擁護や差別解消からの発想・立論と、教育改革に対する政策当事者としての現実的必要性がモザイク的に構成されていた。彼女のREI提唱は、前者の実現という目標と後者の実効的な方法とを両立させるものとして構想された。しかし彼女が直面した現実的課題は、学習困難問題にせよ、古典的かつ喫緊性ある移行問題にせよ、社会的・経済的な複合性をもっていた。また、これらの問題発生の源泉も単純ではなかった。
著者
中村 満紀男 岡 典子 米田 宏樹 安藤 隆男
巻号頁・発行日
pp.i-333, 2010-03

平成18-21年度科学研究費補助金(基盤研究(A))研究成果報告書
著者
中村 満紀男
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.63-80, 2002-03 (Released:2013-12-12)

1930年代アメリカ合衆国における選択断種論の提唱とその形骸化について、ウェスタン・ペンシルベニア州立精神薄弱者施設長、Harvey Middleton Watkinsと他の施設長・精神薄弱専門家を中心に検討した。彼の選択断種論は、出生・養育を除いて、精神薄弱夫婦のコミュニティにおけるノーマルな生活と市民としての地位を認めるという近代社会の原理、そして生活および養育困難の防止と社会適応の促進という社会防衛の矛盾した要素を備えていたが、1928年の発表後に、それまでの優生断種論に代わって他の施設長や精神薄弱専門家に迅速に受け入れられていった。しかしその過程において、ワトキンズの選択断種論の近代的な原理は継承されず、むしろ優生断種論の後継者によって彼の新しい特徴が失われる過程と社会的・歴史的背景を明らかにした。優生断種論を促進する施設長とその支持勢力が存在した南部州では、選択断種論のもう一つの根拠である精神薄弱夫婦の養育困難と生活困難を主たる支持理由に変えたが、この根拠によって、元来、断種導入に保守的だった北東部州でも、大不況期には選択断種の実施が期待されていくようになる。
著者
四日市 章 河内 清彦 園山 繁樹 長崎 勤 中村 満紀男 岩崎 信明 宮本 信也 安藤 隆男 安藤 隆男 前川 久男 宮本 信也 竹田 一則 柿澤 敏文 藤田 晃之 結城 俊哉 野呂 文行 大六 一志 米田 宏樹 岡崎 慎治 東原 文子 坂尻 千恵
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2005

研究成果の概要 : インクルーシブ教育を理論的・実践的両側面から捉え、国内外の障害に関する理念・教育制度の展開等について歴史的に解明するとともに、特定地域の幼児・親・教師を対象として、障害のある子どもたちのスクリーニング評価の方法の開発とその後の支援について、長期的な研究による成果を得た。
著者
中村 満紀男 二文字 理明 窪田 眞二 鳥山 由子 岡 典子 米田 宏樹 河合 康 石田 祥代
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2002

本研究では、インクルーシブ教育の社会的背景と理論的基盤について、アメリカ合衆国・英国・北欧について検討した。インクルーシブ教育(インクルージョン)は、先進風・途上国を間わず、国際機関や各国の中央政府が支持している現代における世界的な教育改革運動であるが、その真の意味は必ずしも正確に把握されていない。同時に、インクルーシブ教育運動が世界的に拡大してきた背景とそれを支えている理論についても、共通的基盤と多元的部分に整理して解明されていない。この複雑さが整理されないまま、インクルーシブ教育が差異ではなく、障害のみに焦点化して捉えられる場合、日本における特別支援教育に例示されるようにインクルーシブ教育のモザイク的理解に陥ることになる。こうして、インクルーシブ教育とは、社会的・経済的・教育的格差、文化的・宗教的差異、エスニシティの相違によって生じる社会からの排除を解消し、社会への完全な参加を促進し、民主制社会を充実・実現するために、通学者が生活する近隣コミュニティに立地する通常の学校において共通の教育課程に基づき、すべての青少年を同年齢集団において教育することである。またインクルーシブ教育は、これらの目的を達成するための方法開発も併せて追求している点にも特徴がある。このように、教育改革運動としてのインクルーシブ教育は、差異やそれに基づく排除を解消するための、政治・経済・宗教・文化等、広範囲に及ぶ社会改革運動であり、画期的な理念を提起していて成果もみられるが、既成の枠組みを打破するまでに至っていない。同時に、理念の普遍化が実現方法の画一化に陥っていて、理念とは裏腹の排除を生んでいる例など、今後の課題も多い。
著者
青柳 まゆみ 中村 満紀男
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.89-99, 2001-03

本研究では、政府が視覚障害児・者の教育や処遇問題の改善に取り組み始めた19世紀末のイギリスに焦点を当て、当時の視覚障害者の生活実態と社会の期待との関係を究明することを目的とした。主たる資料として、1889年盲・聾等王命委員会報告書の公聴会議事録を用いた。116回の公聴会における150余名の証言のうち、視覚障害者本人と視覚障害者の教育および救済関係者94名の証言を分析の対象とした。19世紀末イギリスにおいて、「経済的自立」は、人が社会の一員として認められるための基本的な条件であった。王命委員会は、視覚障害者の自活を目指した教育の重要性を指摘した。その新しい政策は、救貧費削減という国の利益につながっただけでなく、視覚障害者の生活改善にも大きな影響を与える可能性を含んでいた。一方、完全な自活が困難あるいは不可能であった視覚障害者に対しても、彼らが一定条件を満たしていれば、関係者たちは必ずしも彼らの救済に否定的ではなかった。