- 著者
-
生野 公貴
- 出版者
- 日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
- 雑誌
- 理学療法学Supplement Vol.48 Suppl. No.1 (第55回日本理学療法学術大会 抄録集)
- 巻号頁・発行日
- pp.C-74, 2021 (Released:2021-12-24)
神経リハビリテーション分野における物理療法は,近年その適応の幅を大きく拡大させている。脳卒中における運動障害に対する神経筋電気刺激,歩行障害に対する機能的電気刺激(Functional electrical stimulation:FES),亜脱臼に対するFES,痙縮に対する振動刺激,感覚障害に対する経皮的電気神経刺激,脊髄損傷における上肢に対するFES,下肢に対するFESサイクリング,多発性硬化症におけるFESなど,神経疾患に対する物理療法はすでに各国の診療ガイドラインでも取り上げられているほか,数多くのシステマティックレビューが報告されている。しかしながら,研究間の異質性が高いためにその詳細な適応と方法論,効果については未だ不明な点が多く,臨床意思決定を不十分なものにしている。さらに異なる水準の問題として,病態メカニズムに基づく治療戦略の整合性が担保されているかという問題がある。そこで,本シンポジウムでは神経疾患における運動障害に対する物理療法を取り上げ,10年後の臨床意思決定をより有益なものに改変すべく,物理療法における臨床エビデンスと病態に基づく治療戦略の双方から考えていきたい。 運動障害においては,下肢Fugl-Meyer Assessmentスコア21以上が良好な移動能力のカットオフ値とされており(Kwong, et al., 2019),その機能障害の改善は我々理学療法士にとって重要な役割の一つである。運動障害は,脳損傷,とりわけ皮質脊髄路の損傷による一次的な影響のほかに,ICU-acquired weaknessや廃用症候群やサルコペニアなど二次的な影響によって結果として随意運動能力は障害されるため,いわゆる上位運動ニューロン障害としての運動麻痺として結論づけることなく,多角的な評価によって運動障害の病態を把握する必要がある。特に急性期においては,中枢神経系の不活性化のみならず重度運動麻痺による不動によって生じる二次的な筋萎縮や低栄養によって生じる筋消耗が問題となる。この時期には,筋萎縮の予防(Nozoe, et al., 2018)や感覚入力としての電気刺激が二次的障害を軽減させるうえで合理的な方法であろう。回復期では,運動機能の底上げと活動レベルの向上が必要となる。電気刺激による介入では,随意性の改善には有効とされるものの活動レベルまで汎化する報告は少なく(Sharififar, et al., 2018),臨床的には症例の問題点に沿って動作練習と併用した介入が重要となる。この時期には,詳細な病態評価により,物理療法によって改善可能性の有無を見極めることが重要である。生活期では,欧州における5年の追跡調査にて発症後2年後には6か月後よりもADL,上肢,下肢,体幹機能全てに機能低下が生じるという報告があるように(Meyer, et al., 2015),いかにして機能低下を防ぎつつ,さらなる生活範囲の拡大につなげるかが重要な課題である。その中の一つの取り組みとして,短期入院での高強度集中プログラムによる機能改善の可能性が示唆されており(Ward, et al., 2019),物理療法は重度麻痺者の運動を援助するツールとして重要な役割を担っている。このように,すべての病期において物理療法が効果的に作用できる場面は多く,さらなるエビデンスが蓄積されればより効果的な意思決定に結びつくものと期待される。 物理療法は決して徒手では生み出せない物理的エネルギーを治療に応用する治療法であり,物理療法にしか出せないメリットを存分に生かすことが重要である。そのため,この10年では神経疾患で生じる種々の障害・症状の病態理解とそれに基づく最も効果的な手段としての物理療法の適応の是非に関するエビデンスの構築が何より重要であろう。また,それらを実臨床の環境に落とし込んだ実務的な研究によって得られる臨床エビデンスの蓄積も重要な課題といえる。